からくり猫の見る夢は 4




カタンと小さく鍵が開く音がした。
テーブルの上に用意した夕飯を並べていた真田が振り返ると、ちょうど柳が入口のドアを開けたところだった。
「ただいま」
柳が玄関先で着ていたコートを脱ぎ、すぐ脇にあるフックにかける。
「ちょうどいい、夕飯ができたところだ」
笑顔で迎え入れる真田の、用意した夕飯を見て柳は軽く吹き出した。
直に置かれた長いままのバケット、トマトの缶詰、ビニール袋の中には1kgはありそうな固まりのチーズ、冷凍ライチは果物屋の紙袋に入ったままで溶けだした水がテーブルを濡らしている。
「弦一郎、これは夕飯ができたとは言わない。正確に言えば夕飯の材料を買ってきた、というところだ」
「調理しなくても食えるものばかりだぞ?」
「だからと言って、パンもチーズも丸かじりでは芸が無いだろう?」
憮然とする真田に笑って柳はキッチンへ向かう。
廃墟のビルではあったが、崩れそうな外見ほど中は酷くない。
実際、少し手を入れてみれば充分に暮らせる空間になった。
キッチンから大皿とナイフ、缶切りを持ってきた柳は、テーブルの上にそれを置くとバケットを皿に乗せて切り分け始めた。
真田がその向かいでトマトの缶詰を開ける。
柳の手によってバケットとチーズ、トマトはあっという間にサンドイッチへと姿を変えた。
「うむ、確かに、この方が食事という感じはするな」
「見た目も大事だ、ということだ」
再びキッチンへ行った柳がミネラルウオーターの瓶とグラスを2つ持って戻ってくる。
テーブルを挟んで向かい合わせに座り、その日の夕食が始まった。
「どうだった、伝説のハンターとやらは。手強そうか?」
真田がサンドイッチを手に取る。
「一見するとそれほど強いとも思えない。どこにでもいる普通のハンターといったところだ」
だが、と柳が続ける。
「伝説と謳われるからには何かあるだろう。判断するにはまだデータが足りない」
「噂が独り歩きしているということもありえるぞ」
柳が2つ目のサンドイッチを食べ終える頃、すでに真田は5つ目に手を伸ばしている。
「いずれにしろ、もう少し観察してから対処を決めよう。弦一郎の方はどうだ?」
「タイレル社を見てきたが警備は厳重そうだ。常に数人のガードマンが巡回している。他にも警備システムがあるかもしれんが、俺にはよくわからん。写真を撮ってきたからあとで確認してくれ」
レプリカントという人間そっくりのアンドロイドを造る企業だ。
警備システムの構築などその技術力を持ってすれば片手間でもできるだろうと柳も同意する。
「やはりタイレル社への侵入は困難か。すでにあれから日も経っているし」
もうサンドイッチはいらないのか、柳がライチを手に取る。
物憂げに考え事をしながらライチを剥く細い指を果汁が伝い、テーブルの上に滴り落ちるのを見て真田は思わず目を逸らす。
「もういらんのなら俺が全部食うぞ」
脳裏に浮かんだ邪な想像を打ち払おうと、真田は皿に残ったサンドイッチを勢いよく頬張り始めた。



**



予想外に早かったレプリカントの奇襲と、後始末をしに来たタイレル社からの回収班到着を待ったせいで、すでに時刻は22時を回っていた。
フラットを借りに不動産屋へ行き、できれば今日中に寝床を確保したいと思っていた大石だったが、どう考えてももう無理だった。
「これからホテルにチェックインしても一泊でしょ?だったら、今日はオレんちに泊まれば?そうすれば明日不動産屋に行くのも便利じゃん?」
「そうだな・・・」
菊丸の提案はありがたかったが、大石には懸念があった。
レプリカントたちは大石がどこにいようとかまわず攻撃をしかけてくる。
とばっちりで菊丸の家が壊されても大石には責任が持てない。
だが、それを言うと菊丸は全然大丈夫だと笑った。
「だって、自慢じゃないけどオレんちデカイよ?身長100Mクラスの巨人レプリカントでもなけりゃ全壊なんてしないって」
「気に入ってずっと住んでるんだろう?全壊までいかなくても、部屋が壊されたら困るんじゃないのか?」
「壊れたところも味になっていいじゃん。っていうか、すでにかなりボロっちいし」
遠慮はいらないという菊丸に半ば強引に連れ込まれる形で大石の本日の宿泊先は決まった。
菊丸の住処は3階建てのアパルトマンがまるまる一棟で、なるほど、古風なレンガ造りとは聞いていたが、廃墟一歩手前のアンティークさだった。
確かにこれを全壊させるのは例え怪力なレプリカントであっても手間だろうと大石は思う。
「大石の部屋はどこがいいかなー、眺めは3階の部屋が一番いいんだけど床板がちょっと腐ってるんだよね」
大石の腕を取って楽しそうにあちこちの部屋を見せて回る菊丸に大石も笑みがこぼれる。
まるで初めて友達が泊まりに来た子供みたいだ。
「やっぱ2階の部屋にしよ。他の部屋はあんまり使ってないから埃がすごいし」
そう言って最終的に案内されたのは2階のリビングとして使っている部屋だった。
赤や黄の原色ソファやテーブルが並ぶリビングは、お世辞にもきちんと片付いているとは言えなかったが、それが逆に奇妙な温かみとなって居心地がいい。
「これ、ソファベッドだから、背凭れ倒せば寝れるよ。毛布もあるし」
壁の傍に置かれた大きな緑のソファを指した菊丸は、パタパタと隣の部屋に行くと毛布を持って戻ってきた。
毛布はショッキングピンクのゼブラ柄だ。
「あ、お腹空いてる?なんか食べる?」
簡単なものならすぐに作れると言う菊丸に大石は首を振って断る。
「長旅と久々の戦闘で少し疲れた。もう休ませてもらってもいいかな」
「オッケー。シャワーも洗面所も好きに使っていいからね。あ、あと寝酒が欲しけりゃそこの棚にワインがあるから。そんじゃオヤスミ」
パチンとウインクして見せた菊丸は、部屋の主電灯を消して自分の部屋へ戻って行く。
途端に静かになった薄明かりの灯る部屋に、大石は大きく息を吐いてソファベッドへ横になった。
これからの戦いや、レプリカントを暴走させる手段にどう対抗していくか等、考えることは山ほどあるはずが、鈍った体は冗談抜きで限界だったようで、横になるなり大石は眠りの淵に落ちていた。





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