からくり猫の見る夢は 5
翌日、不動産屋へ行こうとしていた大石は、菊丸の家を出ていくらもしないうちにまたもや旧型レプリカントの襲撃を受けた。
2人組のレプリカントを撃退すると次は3人組、その次はまた2人、次は4人と、間髪を入れず襲ってくる。
力の強さだけが取り得の旧型レプリカントたちはたいした脅威でもないが、倒しても倒しても終わりがないかのように湧いて出てこられるとさすがに堪えた。
圧縮電子銃の残量を気にしながら戦い続け、昼過ぎに家を出たというのに気づけば時刻は21時を回っている。
その頃になってようやくレプリカントたちの襲撃も途絶えた。
「・・・冗談じゃないぞ、次から次へと」
疲れきってへたり込むように地面に腰を下ろした大石の隣で、まだ元気な菊丸が2ブロック先の屋台で買ってきたタピオカ入りのミルクティを「はい」、と大石の目の前に差し出した。
「あいつらも焦ってるんじゃん?もうあんまり時間無いし」
「時間が無い?」
「だってもうすぐ動力炉が停止・・・って、大石、社長からもらった資料、読んでないの?」
呆れた顔の菊丸に、そういえばと大石はコートのポケットを探る。
なんだかんだでバタバタしていて、肝心の資料は写真と名前くらいしか見ていなかった。
「・・・火星の開発の為弊社からレンタル、期間は5年間・・・期間終了と共に動力炉は停止、回収は弊社より担当を火星へ派遣・・・。なるほどな。このリミットまでどのくらいあるんだ?」
「うちからレンタルされたのが4年と11ヵ月前。つまり、脱走レプリカントたちの寿命はあと1ヶ月弱ってわけ」
「それならわざわざハンターを差し向ける必要なんてないんじゃないか?放っておいても停止するんだろう?」
「どこで停止するかわからないんじゃ回収できないじゃん。うちが欲しいのは火星で労働してきたレプリカントのデータなんだってば」
「ああ、そういうことか」
資料にざっと目を通し、またポケットに入れてから大石は渡されたミルクティに口を付ける。
濃厚な甘さは舌が痺れるほどだったが、疲れた体に染み込んで心なしか体力も回復した気がした。
「まいったな、この時間じゃ不動産屋はもう閉まってる」
コートを軽く叩きながら立ち上がり、大石がやれやれと溜息をつく。
「そだね。またうちに泊まんなよ。もう、いっそのこと、仕事終わるまでうちに住めば?」
「そういう訳にもいかないだろ」
「いいじゃん、どうせオレは脱走レプリカント回収まで大石のサポートするんだし。でもってさ、ちょっと相談なんだけど」
菊丸が上目遣いで大石を見る。
「オレんち提供するから、会社から出る大石の宿泊費、オレと山分けしない?実はオレ、新作のブーツで欲しいのがあるんだよねー」
なるほど、そういう下心があったか、と大石が苦笑う。
だが、物欲という単純明快な下心は警戒する必要もなく、ギブアンドテイクなら気兼ねもしなくていい。
「確かに、この調子だと明日も同じように1日中敵に襲われそうだな。菊丸がいいなら部屋を1つ貸してもらえるとありがたい。もしも修復が必要な事態が起きた時の保険に、宿代は全額渡すよ」
「マジで?!じゃ、シャツも買っちゃおうかなぁ・・・いや、その前に帽子も欲しいのがあったんだっけ」
臨時収入の使い道に真剣に悩みだした菊丸を大石が笑う。
この分じゃ給料の半分は洋服代に消えていることだろう。
「あ、うちにいる間はご飯の心配はいらないからね。それと食べたいものあったらリクエストして。オレ、料理は得意だから、大抵のものは作れるよん」
上機嫌の菊丸はさっそく深夜までやっているマーケットへ行こうと大石を誘う。
あまり食べ物にこだわりはない大石だったが、美味いにこしたことはないとマーケット行きを了承した。
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ひと仕事終えて柳は住処にしている廃墟ビルの階段を登る。
途中にあるドアの無い広々とした2Fフロアにちらりと目を遣ると、真田が集めてきた旧型レプリカントたちが多数転がっていた。
ざっと見てその数30体前後だろうか。
明日はこのレプリカントたちを使って伝説のハンターの腕試しをすることになる。
およそ、今日の1.5倍だが、柳の計算ではぎりぎりハンターが勝ち抜ける数だ。
住居にしている4Fのドアを開けると中に灯りは無く、真田はまだ帰っていないことがわかった。
柳が市のレプリカント管理データベースからハッキングで手に入れたリストを元に、旧型レプリカントを探しに行っているのだろう。
部屋の灯りを点けて柳はキッチンへ向かう。
グラス一杯の水を体に流し込み、キッチンを出ると机の上に置いてある小型端末の前に座った。
今日1日で確認できた伝説のハンターについてのデータ入力を始める。
複数の敵を前にした時の戦闘方法、反応速度、動きの癖、おおよその体力値。
昨日に比べて戦闘時の動きは格段に良くなっている。
しばらくブランクがあったというから、勘を取り戻す時間が必要なのだと推測できた。
今のうちなら倒せる確立は80%以上、日が経つごとに確率は反比例。
柳はキーボードを打つ手を止めて考える。
邪魔者を排除するだけなら早い方がいい。
だが、地球へ来た当初の目的がほぼ潰えた今となっては、急ぐことにあまり意味は無かった。
柳は入力していたファイルを保存して閉じると別のフォルダを開く。
数十枚の画像データから1枚を選び出し、端末の画面に表示させる。
火星の重く赤黒い空を背景に3人の男が映っている写真。
柳と真田、そして1ヶ月半前に強制回収されていった幸村。
端末の画面に映る笑顔の幸村に柳はそっと指先で触れる。
「・・・もうお前は俺に会っても誰だかわからないだろうな・・・」
締めつけられるような胸の痛みに、柳は何度も考えを巡らせた疑問を再び呼び起こす。
なぜ人はレプリカントに心を持たせたりしたのだろうか。
今まで誰も柳が納得するような答えをくれなかった。
彼なら知っているだろうか。
「伝説のハンター、その伝説たる所以か・・・」
呟きと同時に部屋のドアが開く音がした。
真田が戻ってきたのだろう。
柳は写真を閉じて端末の電源を落とす。
1日中レプリカント探しをした真田を労ってやらなくては。
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