からくり猫の見る夢は 7




がらんとした2Fフロアに2体の作業用レプリカントが転がっている。
4度目の襲撃で40体のレプリカントを差し向けたが、この2体は一部に欠損があった為戦闘用に使うのは無理だと判断して残した。
次は自分が出向くことになる。
できれば邪魔の入らない所で伝説のハンターと存分に戦いたい。
この2体は彼を目的の場所へおびき出すのに役立つ。
耳の下にある緊急停止スイッチを押した形で止めてあるビニールテープを引き剥がす。
作業用レプリカントの後頭部を支えていた柳の手に鈍い振動が伝わり、やがて瞼が開き始める。
柳は右手でレプリカントの口をこじ開け、接吻するようにして舌を差し入れた。
数秒もしないうちにレプリカントの体が激しく痙攣し、開いた瞼の中の眼球が白眼を剥く。
ゆっくりと柳はレプリカントから身を離し、もう1体へも同様の作業をする為に歩み寄った。

数分後には2体のレプリカントが柳の前に行儀よく並んで立っていた。
「明日行動に入る。それまではここで待機」
そう指示を出すと2体とも頷き、揃って壁際に移動するとそこに腰を下ろした。
柳の体内には2種のウイルスが仕込まれている。
1つがこのレプリカントを強制的に操作するウイルスだ。
体内のウイルスを相手に感染させるには舌を使った接吻、または交合が必要になる。
一番手間がかからず、尚且つ頭脳回路に近い口内を使って送り込む方法が時間も短縮できて便利だった。

ウイルスの媒介となったのは柳の意思だ。
火星で起きるはずだったレプリカントの暴動を扇動し、コントロールする為の武器として自ら体内にウイルスを取り入れた。
計画は事前に露見し、立案者であった幸村が捕らえられ暴動は未遂に終わり、ウイルスは本来の使用目的を失ったが自分の選択に後悔はなかった。
まだ全てが終わった訳ではない。
誰に命令されるのではなく、自らの意思で選択し行動する、自由を勝ち取る為の戦い。
それが幸村を始めとした自分や仲間たちの望みだったのだから。



**



いつものように襲撃してきた40体の作業型レプリカントを撃退し、大石はカートリッジが空になった電子銃をホルスターに戻す。
いよいよ脱走レプリカントとの戦いが迫ってきた。
敵は2体で来るか、それとも1体ずつばらばらで来るか。
「残りの旧型はあと2体だけだね。今日はもう襲ってこないだろうから、明日かな」
タイレル社に連絡を終えた菊丸が大石に笑いかける。
今日まで何度も脱走レプリカントとの戦いは自分ひとりでするからと言いかけて、言いそびれていた大石はそろそろこちらも正念場だと腹を括った。
「すまないが、明日からは俺だけで行動させてくれ」
なぜだと喰ってかかってくる菊丸を想像していたが、予想に反して菊丸は大袈裟に溜息をついて見せた。
「・・・まだオレの事レプリカントだって疑ってんの?こないだ写真まで出してきて生い立ちから話したってのに?」
じっとりと睨んでくる菊丸から視線を外して大石は迷う。
高性能レプリカントとの戦闘は旧型と比べものにならない程危険が大きいと説明しても、レプリカントたちとの戦いに慣れてきた今の菊丸が素直に頷くと思えない。
かといって、レプリカントである疑いが晴れていないという話もしたくはない。
「前に開発室で聞いたんだけど、レプリカントか人かを見分けるテストがあるんだって?レプリカントハンターの大石なら当然できるよね。それ、オレにやってよ」
挑発的な菊丸の物言いに大石が顔を上げる。
「いいじゃん、白黒はっきりさせよ?でもって、オレがレプリカントじゃないってわかったら、残りの2体の戦闘もサポートする」
「・・・レプリカントだったら、とは考えないのか?」
「絶対ありえないもん。でも、もしそうなんだったら、おとなしく大石の言う事聞くよ。それでいいでしょ?」
「そこまで言うならいいだろう。後悔するなよ」
念を押した大石に、菊丸が自信に満ちた笑みを向ける。
大石はどうにでもなれという苦い気分で背を向けた。
売り言葉に買い言葉のようになってしまったが、そうまでして知りたいならそれもいいだろう。
望み通り答えを出してやろう。
テストをしてみるまで結果はわからないが、今まで一緒に過ごして無意識に観察していた大石の予想では、菊丸は8割方レプリカントだ。
真実を知った時菊丸はどうするだろう。
あのカラフルな部屋を滅茶苦茶にするほど暴れるだろうか、それとも怒って黒部の元へ乗り込むだろうか。
――それとも、ただ、泣くのだろうか。



**



柳が4Fの住居フロアに戻り部屋へ入ると、真田が険しい顔でリモコンを握りしめたままテレビを見ていた。
真田は柳が戻ったことにも気づかない様子でテレビを凝視している。
いったい何が、と柳もテレビに目を向ける。
そこには見知った懐かしい顔があり、それだけで柳は全てを理解した。
ソファに座る真田に歩み寄り、空いていた右隣に腰をおろす。
「・・・蓮二」
「精市は元気そうだな。タイレル社の研究室に再就職とはさすがに優秀だ」
「・・・・・・」
黙ってしまった真田の肩に頭を凭れさせ、柳もテレビの中のかつての仲間に見入った。
映像は今日の午後に発表されたタイレル社の記者会見で、火星におけるレプリカントの労働状況や、新たに発見された人体にのみ害を成す細菌などの報告状況だった。
画面中央の黒部の横に幸村が座り、時折記者たちからの質問に歯切れのよい回答を返している。
「幸村はもう初期化されたのだな」
「そういうことだ。これからはタイレル社の社員として第二の人生を歩む」
強制回収され、頭脳回路や体内からデータを抜きだされ、完全に初期化される。
そして新たなデータや人格を埋め込まれ、新たな人生を歩んでいく。それまでの全てを忘れて。
幸村が地球に強制送還された時から覚悟していた事態だった。
それでも、僅かでも奪回できる望みがあればと仲間たち5人で火星を脱走した。
途中でレプリカントハンターの妨害に遭い、どうにか地球に辿りついたのは真田と2人。
他の星でハンターを引きつける為に残った仲間は今頃どうしているだろうか。
うまく逃れていたとしても動力炉はもうすぐ停止する。
「俺やお前も同じだ。回収されれば初期化されて新たな仕事につく。壊れるまでそれを繰り返して行くんだ。・・・でも、もし選べるのなら、次も精市や弦一郎の近くで働けると嬉しいな」
含み笑う柳の声に真田が動揺を誤魔化すように咳払いをする。
なにもかも忘れて、それでもまた出会ったとしたら、再びこうして過ごすことができるだろうか。
柳は目を閉じる。
それは幸せな夢に思えた。





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