Color World 5



口元の辺りがくすぐったくて目が覚めた。
開こうとしない目を無理矢理こじ開けると、視界に入るのは赤い髪。
なんだ、英二か。
正体がわかるのと同時に腕の中からゆっくりとした呼吸が伝わってくる。
幸せな気分でもう1度眠りにつこうとして、わずかに覚醒した頭が疑問符を打ち出した。

英二は昨日泊まっていったんだっけ?

うとうとしながら昨日のことを思い出してみる。
昨日はバイトで・・・その帰りに英二がうちへ・・・いや、英二は用事があるからって・・・

え?

そうだ、英二は昨日来てなかったはずだ。それで神尾と飲みに行ったんだから。
それじゃなんでここに英二がいるんだ?

一気に目が覚めた。
寝てるのを起こさないようにそっと顔を覗き込む。間違いなく英二だ。
最近は泊まっていくこともなくなってたから、こうして寝顔を見るのも久々だ・・・、いや、喜んでる場合じゃない。

昨日は飲みに行ったんだよな。
英二のことを聞きたくて、どうやって切り出そうか考えながら他愛のない話をしてて、それから。
それから?
・・・・・・覚えてない。どうやって帰ってきたのかすらわからない。

すーっと血の気が引いていく。こんなことは初めてだ。
飲みすぎて記憶が飛ぶって話は聞いたことがあるけど、まさか自分がそんなことになるとは。
そこまで飲んだかな。いくら日本酒とはいえ。
それに英二。
思い出せる限りでは飲んでた席に英二はいなかった。
なのにここにいるってことは後から来たのか?用事があるって言ってたのに?
もしかして俺が電話でもして無理矢理呼びつけたのか?
・・・いや、たぶんそれはないな。
そんなことをすれば英二は怒るだろうし、怒ったらこんなふうに一緒に寝てなんかくれないだろうし。
全く状況はわからないけれど、とりあえず英二に嫌われるようなまねだけはしてないんだろう。

こっそり安堵の溜息をもらすと腕の中の英二がもぞもぞと身動きした。
眠そうに俺の顔を見て、すぐにまた腕の中へ戻ってくる。
たったそれだけの仕草に心が満たされて思わず腕に力がこもった。

「ん・・・。ん?」

しまった。起こしたかな。

「あれぇ・・・大石??」
「ごめん、起こしちゃったな。まだ寝てていいよ」
「んん?んー??」

半分しか開いてない眠そうな目でじーっと俺を見ていた英二は「・・・あ、そっか」と呟くとまた目を閉じた。
寝るのかなと思って見てると、そのままでクスクスと笑い出す。

「大石、昨日のこと覚えてる?」
「あー・・・いや、全然」
「やーっぱね。そうだと思った」
「その・・・英二は俺が呼び出したのかな?」

閉じたままだった目がぱちりと開いた。

「ホントに覚えてないんだ」
「・・・ごめん」
「オレのこと好きだって言ったのに」

顔に血が上る。
それは確かに本当のことだけど、でも酔った勢いでそんなことを言ったなんて。
赤くなってる俺を見て英二が笑う。

「しゃーない、昨日のこと教えてやる。起きて話そっか」
「あー・・・このままじゃだめかな・・・」

腕の中にある英二の体温を手放したくなくて悪あがきしてみる。
どうやらすでに恥ずかしいことを昨日さんざんやってるみたいだし。

「大石って甘ったれなんだ」
おかしそうに笑う英二は、それでも起こしかけてた体をまた俺の腕の中へと戻してくれる。
そして俺の背中にするりと腕を回して「昨日は・・・」と話し始めた。



*****
*****



「英二さーん!こっちです、こっち」

駅前の居酒屋に辿り着くと時間帯のせいかけっこう賑わっていた。
オレを呼ぶ声が聞こえたから、声のしたほうを見れば、衝立の陰から神尾が手を振っている。
早く早くと急かされて、酔っ払いをよけながらそっちの方へ行くと、見覚えのある後頭部がテーブルにつっぷしているのが見えた。

「あれ?この潰れてんのって大石?」
「そーなんですよ。大石さん、叩こうが殴ろうがが起きやしなくって」
「・・・殴るなよ」
「もののたとえですよ!」

ホントかぁ?と神尾を睨めば「してませんって!」と慌てたように首を振ってる。
それにしても。
大石って酒強いんだけどなぁ。こんなんなってるの初めて見た。

「どんだけ飲ませたんだよ」
「俺が飲ませたわけじゃないですよ!気がついたらポン酒飲んでて」
「え、日本酒飲んでたの?めっずらしー。いっつもビールなのに」
「そーなんですよ・・・って、のん気に話してる場合じゃなかった!じゃ、俺、帰るんで!」
「はぁ!?なんだよ、それ」
「11時から見たいテレビがあるんですよ。俺、この為にWOWWOW加入したくらいで」

オレがあっけに取られてる間にも神尾はさっさと帰り支度をしてしまう。
なになに?なんでオレは呼ばれたわけ?え?大石はどーすんの?

「ち・・・ちょっと待てっ!」
「もー時間ないんだよー。それに大石さんが潰れたのは英二さんのせいだからな!」
「なんでオレのせいなんだよ!」

オレのせいでこんなんなってる、なんて言われて黙ってられない。
神尾を捕まえて洗いざらい吐かせようと伸ばした手を、ヤツはするりとよけやがった。

「詳しくは大石さんに聞いてくれ!じゃ!あ、勘定も大石さん持ちなんで!」

大石を置いて追いかけるわけにもいかず、そうこうしてるうちに神尾は店から出てってしまった。
・・・なんて逃げ足が早いんだ、あいつは。

大石はどーすんだよ・・・って、オレが送ってくしかないんじゃん。もしやそれで呼ばれたのか?
ベロベロに酔っ払ってる大石は完全に寝るとこまではいってないのが救いだった。
立てって言えば立ち上がろうとするし、歩けって言えばフラフラと歩き出す。・・・歩いてく方向はともかくとして。
仕方ないから飲み代は立て替えて、大石に肩を貸して外へ出る。
途中何度か電柱に激突しそうになったけど、どうにか無事に大石の家へ辿り着いた。

大石のポケットに入ってた鍵でドアを開けて、やっとのことでベッドまで来る。
あとは大石をベッドへ転がして、・・・今日は帰るか。
こんなんじゃとても話とかできそうにないし。
神尾の言ってたことは気になるけど、心当たりがあるっちゃあるし。

「・・・英二?」

布団をかけてやろうとしたら大石がむくりと起き上がった。

「寝てろ、酔っ払いめ。立て替えた勘定は今度返せよ」
「英二!」
「おわっ!?」

酔っ払い大石に体当たりみたいに抱きつかれて勢いよくベッドにひっくり返った。
ベッドでよかった。床だったら絶対たんこぶできてたよ、これ。

「こらー!なにすんだよっ!」
「英二。英二・・・」

力任せに抱きしめてくる大石の堅い腕の感触は、初対面の抱擁を思い出させる。
また誰かと間違えてんのかって思うと胸が痛い。
こんなのはいやだ。切なすぎる。

「バーカ。誰と間違えてんだよ。オレは菊丸英二だぞ」

大石の腕の力が緩む。鼻先が触れるほど近くからオレの顔を覗きこんできた。

「間違ってないよ。英二じゃないか」
「ちゃんとよく見ろっての。・・・オレはお前が言ってるエイジってやつじゃないだろ」
「英二は英二だよ。高校生でも、俺と同い年でも、両方とも菊丸英二だ。俺の好きな英二だよ・・・」

なんだ?高校生?両方って、それじゃまるでオレが2人いるみたいじゃん。
やっぱすげー酔ってるよ、こいつ。
・・・でも、もしかしたら、こんな時しか聞けない話があるかもしれない。
人のこと抱き枕みたいに全身で抱えちゃってる大石から逃げるのも無理っぽいし、わけわかんないけど好きだと言われたのは嬉しいから、オレはもう少しこうやってここで話をしてみることに決めた。



*****
*****



英二の話によると、どうやら俺は向こう側の英二の話をしていたらしい。
高校生の英二のことは隠してた訳じゃない。
ただ、信じてもらうのは難しそうだと思ったし、その・・・変なヤツだと思われたくなかったっていうのが正直なところだ。

「オレも最初は酔っ払いの戯言だと思ったんだけどさ。でも途中から戯言にしちゃやけにホントっぽく聞こえるなーって」
「本当にあったことなんだ。不思議なことだけど」
「もう酔いも醒めてる大石が言うんならホントなんだろうなー。やっぱ信じらんないけど」

高校生の英二がいたって証拠はなにもない。
乾助教授や裕太くんは向こう側の英二に会っているけど、なにかの証拠になるわけでもない。

「それが実話だとして。大石が好きなのはどっちの菊丸英二?」
「どっちって言われても・・・俺には両方とも英二だし」
「バッカだなー。そういう時は今ここにいる英二だよ、くらい言えっつーの。ガキんちょのオレにはもう会えないんだろ?」
「そうだけど・・・。でも俺にはやっぱり英二は英二なんだ」

喜ぶとわかっていても嘘はつきたくない。嘘はどうやっても嘘でしかないから。英二相手なら特に。

「ホントにどーしよーもないなー、大石は。ま、そこがいいトコか」
「ごめん。でも今ここにいる英二のことが好きで一緒にいたいっていうのも本当なんだ。それは信じて欲しい」
「わかってるよ。昨日もさんざん聞いたしね。もーすごかったんだからな、まじで」
「あーっと、それは・・・ご迷惑をおかけしました・・・」

腕の中で笑う英二の振動がそのまま伝わってくる。
同じように伝わればいい、俺の想いも全て。言葉だけじゃ伝えきれない全部を。

「いいよ、一緒にいてやる。もう1人のオレといたのって1週間だったよね。そんなの忘れるくらいずーっと一緒にいてやるから」
「英二・・・」
「だからちゃんとオレのこと見て。他のヤツとだぶらせたりすんな」

どこか茶化すように笑いながらも、真摯な瞳が不安そうに揺れる。
だから気がついた。高校生の英二と重ねることで、今まで英二を傷つけていたんだってことに。

「大石にとっては同じでも、オレはオレだから」

小さく呟いた英二を抱きしめて「ごめん」と繰り返した。
本当にすまないと思いつつも、英二の想いがわかるから心はどこか浮き立ってしまって。
俺は英二の1番になれたって、そう思っていいんだよな?


「・・・なに嬉しそうな顔してんだよ」
「え?そうかな。ごめん」
「そんな嬉しそうな顔で謝ってもらっても説得力ないんだけど」
「ああ、そうだ。英二、一緒に住まないか?ここじゃ狭いからもう少し広い所を借りて・・・」
「はぁ!?なんなんだ突然・・・」
「ずっと一緒にいてくれるんだろ?朝も夜も英二の顔が見たいんだ」
「なっ・・・なに言ってんだよ!」

真っ赤な顔で暴れだす英二を押さえ込んで、最後には「うん」と言わせた。

そして半年後、俺達は駅近くの2DKの部屋を借りた。
これからもずっと一緒にいようと約束して。



→back