どこにいても、きっと 2
駅までいったん戻って、もう1度大学への道を慎重に確認しながら歩いた。
少し前になるけれど、自分が通ってた大学でもあるんだ。
だから道なんて間違いようがないのに、やっぱり学校は無かった。
・・・これは乾助教授の実験に強制的に参加させられたってことなんだろうか。
あれほど気をつけろって言ったのに、という英二の声が聞こえる気がする。
まずいな、明日は英二と映画を見に行く約束をしているのに。
すっぽかしたりしたら、しばらくクチをきいてもらえないかもしれないぞ。
まいった、どうすればいいのか本当にわからない。
向こう側の英二が俺の世界に迷い込んだ時のことを思い出す。
似ているようで違う世界。誰一人として俺を知っている人のいない世界。
予備知識がある俺でさえこんなにも心細いんだから、何も知らなかった英二はどれだけ不安だっただろう。
それにしても。どうやって帰ればいいんだ?
英二の時はカバンと時間だったよな。
俺はどうすればいいんだろう?
どこから違う世界へ足を踏み込んだのか、皆目見当もつかない。
この世界にも乾助教授みたいな人がいるんだろうか。
もしいたとして、探し出すのにいったいどれだけ時間がかかるんだ。
いろんなことが頭の中を目まぐるしく駆け回るのに、何ひとつまとまらない。答えが出てこない。
少し落ち着いた方がいい、そう思えば思うほど混乱してきて、混乱してることに気づいてまた焦る。
・・・とりあえず、自分の状況だけでも把握しておこう。
ポケットを探ると財布と携帯電話、家の鍵があった。
これは家を出た時そのままだ。
試しに英二の携帯にかけてみるけれどコール音ばかりで誰も出ない。
他にも何人かの友達にかけたけれど、使われていない番号だったり違う人が出たりした。
・・・お金は使えるのかな。
すぐそばにあった自販機に小銭を入れてみると、ガコンと音がしてアイスコーヒーが出てきた。
よかった、お金が使えれば少なくとも電車や車で移動はできるし、どこかに泊まることもできる。
財布の中身は4万ちょっと。
なんの解決にもなってないけど、無一文よりはまだマシだ。
町を歩いてみても知った顔はいない。
知り合いがいたところで向こうは俺を知らないかもしれないんだよな。
・・・いや、待てよ。もしかしたらこの世界の大石秀一郎を知ってる人に会えるかもしれないぞ。
それどころか運が良ければこの世界の英二に会えるかもしれない。
ここにも菊丸英二がいるかもしれない、そう考えただけでなんだか希望が見えてきた気がした。
我ながら単純だとは思うけれど。
さて、そうと決まればとにかく移動だ。
英二に会える可能性が高そうなところ、それは向こう側の英二に会った場所。
俺の住んでいたところの駅へ行ってみよう。
***
100均でガムテープとビニール紐を買った。
ダンボールはよく行く酒屋のおっちゃんにもらった。
・・・これであとは家に帰って荷造りするだけだ。
早く行動に移さないと決心が鈍りそうで、もたつく足を叱咤して買い物に出てきた。
こうして準備を整えてみても、やっぱ気は重い。
そりゃそうか。だって、オレは本当は、そんなこと望んじゃいないんだから。
・・・大石、びっくりすんだろうな。
でもって、すっごい怒るんだろうな。
想像したらちょっとおかしくて笑いそうになる。
でもそれ以上に泣きたくなって、ぐっと堪えた。
おっちゃんからもらったダンボールは小さいのが2個と中くらいのが3個。
たいした量じゃ無いはずなのに、ずっしりと手に重くて投げ出したくなる。
ガムテープもダンボールも、全部全部投げ捨てて、手ぶらでうちに帰りたい。
そうすればいつもどおり、何も変わらない毎日で。
・・・ダメだ、それじゃダメなんだ。
溜息が出た。
オレには溜息が似合わないなんて失礼なコトをいった奴は誰だっけ。
オレだっていっつも能天気にヘラヘラしてるばっかじゃないんだ。悩みだってするんだよ。
大石のこととなれば特に。
ずり落ちてきたダンボールを抱えなおして、やけに遠く感じる家までの道を歩く。
じりじり照りつける強い夏の日差しに、どこもかしこも汗ばんで気持ち悪い。
汗かぁ。
学校で毎日テニスしてた時はこんなもんじゃなかったよな。
こう、滝のような、っていうの?もう、ダーッと流れてくる感じ。
でも、あれが気持ちよかったんだよね。
めいっぱい汗かいて、クタクタのドロドロで、うちに帰ればバタン!それで終わり。
よけいなこと考えてるヒマなんてなかった。
・・・あの時間がずっと続けばよかったのに。
立ち止まって流れる汗を拭いた。
足元に置いたダンボールをもう1度持ち上げる気がしなくて、炎天下だっていうのにそのままボーッと突っ立ってた。
暑さのせいで陽炎がたってる。
道も、通り過ぎる人も、ゆらゆらして輪郭がぼける。
・・・暑いなぁ。
仕方なくまた歩き出そうとして、グラリと大きく傾いた地面にぎょっとした。
踏ん張ろうとした足に力が入らない。
ヤバイ、倒れる。
「英二!」
聞きなれた声。
地面すれすれで宙に止まる体。
「しっかりしろ、英二!」
ブラックアウトする視界につかの間大石の顔が見えたような気がしたけど、それが現実なのか願望なのか、オレにはわからなかった。
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