どこにいても、きっと 4
なんの約束もしていないのに急に行っても大丈夫なのかと英二に聞くと、「だーいじょーぶだって」
という軽い答えが返ってきた。
英二の話によると、こちらの世界の乾くんは夏休み中もずっと大学にいるらしい。
「ずいぶん勉強熱心なんだな。やっぱり将来は大学の教授を目指してるのかな」
「んー、どうだろ。教授が夏休み取ってるのをいいことに、勝手に研究室を占拠してるだけっぽいけど」
「占拠って・・・。大丈夫なのか?それ」
「誰もいないからへーきって言ってたよ」
誰もいないからとかそういう問題でもない気がするけれど、なんにせよ居場所が掴めてるのは助かる。
俺が帰るための手がかりになるかどうかわからないが、今はこちらの乾助教授くらいしか当てがないのも事実だ。
行きの道中で英二が乾くんに携帯で連絡を取り、今から行くから出かけるなと念を押し、大学へ着いたのがそれから10分後。
「ああ、本当に大石に似てるな。実に興味深い」
度の強い眼鏡を逆光で光らせたこちらの乾助教授は、会うなり開口一番にそう言った。
「似てる、じゃなくて、ホンモノなんだって」
「話を聞いたときは半信半疑だったが、こうして実物を目にすると信じないわけにはいかないようだ」
頭のてっぺんから爪先まで遠慮の無い視線を受けて、少し居心地が悪い。
それを察したのか、ただの偶然なのか、英二が俺の目の前に立ちはだかるようにずいっと乾くんに詰め寄った。
「で、乾。大石はどーしたら帰れると思う?」
「まぁ待て、菊丸。少し、この大石と話をさせてくれないか」
「もー、もったいつけてないで、知ってるコトとっとと話せー!」
「何も知ってることがないから言ってるんだ。話してみればその中に何かヒントがある確率が高い」
「・・・しょ−がないなぁ。大石、ちょっとだけ乾と話してくれる?ちょっとだけでいいよ、もったいないから」
好き勝手に言いたい放題の英二と、それを全然気に留めてない乾くんが微笑ましい。
中学高校と同じ学校に通っていたと聞いていたけど、大学に入った今でもこうして話せるくらいだから、仲がいいんだろうな。
渋々といった感じで振り返った英二に笑って、乾くんに簡単な自己紹介をする。
それから聞かれるままに俺の世界の話や、乾助教授の実験の話をした。
一通り話し終えたあと、しばらく考え込むようにしていた乾くんが、なにか思いついたように顔を上げる。
「その買い物メモはまだ持ってますか」
「ああ、たぶんポケットに・・・」
乾助教授に渡された
『500ml炭酸水3本』 のメモ。
貰ってすぐにパンツのポケットにしまったままだから、どこかで落としていなければあるはずだ。
ポケットを探ると、ガサガサと音を立ててメモが出てきた。
こんなものが何かヒントになるのかと不思議に思ったけれど、乾くんが手を差し出しているからそのまま渡す。
4つ折にしてあるメモを開いた乾くんが、かすかに満足そうな笑みを浮かべた。
「なんだよ、乾。気持ち悪い笑い方して。なんか書いてあんの、それ」
「向こう側の俺が渡したのなら、きっとそういうことなんだろうと思ったよ」
「だーかーらー。何が書いてあるんだって聞いてんの、っと!」
焦れて乾くんからメモを取り上げた英二が読み始め、大きな目がみるみるまん丸に見開いていく。
どうしたのだろうと思う間もなく、慌てたように俺の顔の前にメモを突き出した。
「おーいしっ!これ!見て見て!!」
英二に渡されたメモを受け取って、目を落とした瞬間に驚いた。
『500ml炭酸水3本』
と書かれているはずのメモには、びっしりと細かな字が書き連ねられている。
その内容は今回の実験についてと俺が帰るための方法。
「これは・・・」
「強制的に実験に参加させたのなら、必ず何か帰るための手段を託している確率90%以上。いくら研究の為といえど、そこまで非道でもないだろうからね」
「強制してるだけでもじゅーぶん酷い話じゃん」
「そこで科学の未来の為という大義名分が出てくる」
「オーボーだぞ、乾っ!鬼!人でなし!変態!ストーカー!汁っ!!」
「・・・俺が実験をしたわけではないんだがな」
乾助教授のせいでとんだとばっちりを受けている乾くんが、眉を八の字に下げて助けを求めるように俺を見る。
無茶苦茶なことを言って責め立てている英二を宥めて、改めて3人でメモを読み返した。
俺が帰るためのキーワードは
『時間』、そして 『ガラス瓶に入った炭酸水3本』。
つまり、今日の昼に買い物をした時の状態を再現すること。
「それにしても、これって大石は知らなかったわけじゃん?もし捨ててたら、帰れなくなってたってことでしょ?」
「確かに菊丸なら捨ててただろうな。だが大石さんは捨てなかった。助教授の俺はそこまで予測していたんだろう」
「それじゃ、買い物に行った時に俺がメモを開かないことも予測してたって訳か」
「もしかしたら、非常事態が起きない限り開かないよう暗示をかけていたかもしれない。ああ、俺ならそうするかな。その方が実験の成功率は高くなる。・・・なるほど、面白い」
「いーぬーいーぃぃぃ!!」
地の底を這うような低い声で唸った英二が乾くんをギロリと睨みつけた。
また怒り出す前に慌てて止める。
「とにかく!帰る手がかりがつかめて助かったよ、乾くん。明日この方法で試してみよう。もしうまくいかなかったら、その時はまた相談に乗ってもらえるかな」
「わかりました。それまでに俺も少し調べておきます」
「ありがとう。それじゃ英二、帰ろうか」
「ん、そだね。乾ぃー、ちゃんと調べとけよー!」
「ああ、まかせてくれ」
俺がこちら側の乾くんに会うことも助教授の計算のうちだったのか、とにかく帰る手がかりを掴むことができた。
どういう法則でかはわからないけれど、こちら側へ俺を送り込むことに成功した乾助教授が、わざわざ戻る方法を記してくれたぐらいだ。きっと俺は明日帰れるんだろう。
ほっとして気持ちが軽くなった俺は、晩御飯を作ってくれるという英二と一緒に、買い物をしながら帰路についた。
***
大石が自慢の梅しそパスタを作り、オレはオムレツと最近凝ってるシーザーサラダを作った。
溢れんばかりの料理が並ぶ小さいテーブルを囲んで大石とご飯を食べる。
なんだか高校生の時の、あの夏に戻ったみたいな気がする。
知らない世界に行っちゃって不安は一杯だったけど、楽しいことも一杯だったあの夏。
「これ、梅しそパスタ、すっごい美味いじゃん、大石!」
「そうだろ?これが今の俺の一番得意な料理なんだ。何回も失敗したけどその甲斐あってここまで上達したよ」
「うひゃひゃ、やっぱ失敗はしたんだ」
「そりゃあね。俺の料理のセンスは英二もよく知ってるだろ?」
そうそう、大石はお湯に大量の味噌が入ったお味噌汁とか、ルーが溶けずに具になっちゃってるカレーとか作る人だった。
大石の料理失敗談は腹がよじれちゃうほどおかしくって、今でも思い出すと笑いが堪えられない。
「でも、英二は相変わらず料理が上手なんだな。このシーザーサラダも店で食べるのより美味いよ」
「これはねー、ドレッシングがポイントなんだよ。決め手はやっぱチーズだね!」
「へー、ドレッシングにチーズを使うのか。よくそんなこと考えつくなぁ」
妙なことで感心してる大石に、試行錯誤してできた菊丸英二秘伝のドレッシングレシピを特別に伝授する。
ぶつぶつと口の中で数回レシピを繰り返していた大石が、「よし、覚えたぞ!」と、それはそれは嬉しそうに笑った。
「向こうのオレにシーザーサラダ作ったげてよ」
「英二は美味いものが大好きだからきっと喜ぶよ。ありがとう」
「大石、大石。顔がニヤけてるって。もー、ラブラブじゃん」
「そ、そうか?いや・・・まいったな」
照れて頭をかく大石が本当に幸せそうで、嬉しくなると同時にちょっと羨ましいような、胸がつまるような、変な気分になった。
それが顔に出たのか、大石がとたんに心配そうな顔になる。
「なぁ、英二」
「・・・ん?」
「その、久しぶりに会ったのに急にこんなこと聞いていいのかわからないけど、・・・もしかして、こちら側の俺とうまくいってないのか?」
「んーん。そんなことないよ」
「なにか悩みがあるなら、俺に話してみないか?話すだけ話したらすっきりするかもしれないよ」
「・・・・・・・・・うん、そだね」
笑う大石の優しい顔は、いつもオレと一緒にいてくれる大石とおんなじだ。
オレ、その顔に弱いんだよ。
もうさ、頭の中にあることとか、胸の奥底にしまったこととか、全部ぜーんぶ、ぶちまけちゃいたくなるくらい。
「とりあえず、テーブルの上を片付けてからゆっくり話そうか」
笑って立ち上がった大石が、食べ終わった食器を重ねて台所へ持っていく。
残った食器を集めて大石の後に続きながら、オレは話してしまおうかどうしようかとまだ少しだけ迷っていた。
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