どこにいても、きっと 5
食事の後片付けを終えた俺達は英二の部屋へ移動した。
布団に横になっていつでも寝れるようにしておいた方が楽だし、テーブルで向かい合うより英二もリラックスできるだろうと思った。
今英二は、部屋の真ん中に置いていたスーツケースや、散らかしたものを部屋の隅に追いやって、俺の布団が敷けるスペースを作ってくれている。
大きなスーツケース、ダンボール、100均のビニール袋からのぞくガムテープやビニール紐。
こちら側の俺は法事で帰ってくるのが明日の夜。
これらが意味するところはひとつしかない。
もし俺がこちら側へ迷い込んで来ていなければ、今頃英二はここで荷物をまとめていたんじゃないだろうか。
・・・この部屋から出て行くために。
「お待たせ、おーいし。暑いからタオルケットでいーよね」
「ああ、ありがとう」
英二が貸してくれたジャージに着替えて、布団の上に座った。
すぐ隣のベッドに座っている英二は、抱え込んだ大きな熊のぬいぐるみを落ち着かない様子で撫でたり叩いたりしている。
どうしようか迷っている、そんな感じだ。
「なぁ、英二。英二はもう二十歳になったんだっけ?」
「うん」
「それじゃ、少し飲まないか?冷蔵庫にビールがあったよな」
「オレ、ビール好きじゃないんだけど・・・苦いし」
「大丈夫。レモンがあったろ」
「レモン?どーすんの?」
不思議そうな顔をしている英二に笑ってキッチンへビールを取りに行く。
グラスを2つと切ったレモンを持って部屋へ戻った。
興味津々で見守る英二の前でグラスに注いだビールにレモンを絞り入れる。
渡したグラスに口をつけた英二が「あ!」と小さく声を上げた。
「美味しい!なんで!?レモン入れたから?」
「苦くなくなっただろ?」
「うん!これならオレも飲めるよ」
全然ビールの味がしない、炭酸ジュースみたいだと言って、英二が喜んでグラスを空ける。
2杯目も同じようにして作ってやりながら、俺は英二が話しをするのを待った。
飲ませて口を軽くさせようなんて少し卑怯だけれど、なんとなくこのままにしておいてはいけない気がする。
2杯目を飲み終わる頃には、もう英二の目元がほんのりと朱に染まっていた。
俺の世界の英二もすぐに酔うから、こちら側の英二も強くはないんだろう。
とろんとした眼でグラスを弄んでいる英二に俺の方から話を切り出してみる。
「英二はこちら側の俺と暮らしていて楽しいか?」
「・・・うん、楽しいよ。・・・でも」
「でも?」
「・・・・・・。あのさ、おーいしは向こうで俺と一緒にいるんだよね?」
「そうだよ。お互い仕事をしてるから、朝から晩までずっと一緒ってわけにはいかないけどね」
「いつかさ、・・・いつか、一緒にいられなくなる日が来るって・・・考えたことない?」
英二が口にした不安、俺はそれに聞き覚えがあった。
それは俺の世界の英二と一緒に暮らし始めて1年が経った頃。今とまったく同じことを英二に言われた。
『こんなふうに毎日楽しくって幸せだと逆に心配になるんだよ。いつまでこうしていられるのかな、きっといつか一緒にいられなくなるんだろうな、って』
少し前から様子がおかしかった英二とやっぱりこうして飲んでた時に出た言葉だった。
幸せでいればいるほど未来が恐くなる。
俺達は周りとは少し形が異なる恋愛をしているから。
「確かに、いつか離れる日が来るかもしれない。極端なことを言えば、明日どちらかが事故に合って、そのまま帰らぬ人となる可能性だってゼロじゃない」
「・・・・・・・・・」
「お互いの力ではどうにもならないことだってある。だから軽々しく、いつまでもずっと一緒にいるなんて約束はできない。でもな、英二」
「・・・・・・・・・」
「それは俺達に限った話じゃないだろ?先のことは誰にもわからない。だけど、俺は英二と一緒にいられる為の努力をいつでも最大限にしているよ」
「一緒にいられる努力・・・」
「うん。そして英二も俺と同じように頑張ってくれてる」
英二が考え込むようにうつむく。
「お互いに努力しないと一緒にいられないような、・・・そんなんでも幸せっていえるのかな」
きつく抱きしめたぬいぐるみに顔を埋めるようにして英二がぽつりと呟いた。
**
オレと大石は中学で知り合って、最初は友達で相棒で、それがいつの間にか恋人になってここまできた。
高校生くらいまで、ううん、大学に入って1,2年くらいまではなにも考えてなかった。
もう一緒にいるのが当たり前で、毎日そんなふうに過ごしてたけど。
最近になって、これから先のことを考えるようになって、そしたら急に不安になった。
もう、イヤっていうほど一緒にいるのに、オレときたらいまだに大石のことがすっごく好きで、ホント自分でも呆れるくらい大好きで。
それなのにオレが想像する未来では、大石の横にオレはいない。
「努力してでも一緒にいたいと思うのは、それが幸せだと思うからじゃないか?」
「・・・大石ってさ、頭もいいし、将来もすっごく有望だって期待されてんの。あの性格だから女の子にももてるしさ。だから、ホントだったら、いい会社入って美人なお嫁さんもらって、どんどん出世して、可愛い子供もたくさんできて幸せな人生を歩みましたーめでたしめでたし、ってなれるんだ」
「英二、それは、」
「オレがいたら、そういうふうになれないじゃん。オレ大石にはいっぱい幸せになって欲しいって思ってるのに」
「英二」
「幸せになって欲しいって思ってるオレ自身が大石の足引っ張るんだよ。そんなのってアリかよって」
泣きたくないと思うけど涙ってのはいつも勝手に出てくる。
大五郎で顔を隠してたけど大石にはバレバレで、傍へやってきた大石に宥めるように頭を撫でられた。
こっちの大石も向こうの大石も、こういう時はオレが落ち着くまで黙って傍にいてくれる。
しばらくして落ち着いたから、大五郎で顔を拭いて、カラ元気で勢いよく顔を上げた。
「それで出て行こうとしてたのか」
「やっぱ気がついてた?そ−いうこと。大石は怒るだろうけどさ、そうした方がいいって思ったから」
大石は少し怒ったような困ったような顔をして、「勝手に決めちゃだめだろ」
と小さく溜息をついた。
「あのな、英二。俺は幸せの形って人の数だけあるんだと思う。だからさっき英二が言ってたみたいに、綺麗な奥さんと可愛い子供がいて会社で出世するのもひとつの形だと思う。でも俺は英二と一緒にいる幸せを選んだんだ」
「他にも選べたのに?」
「そうだよ。そして同じだけ選択肢を持ってた英二も俺の傍にいることを選んでくれた。これが俺の幸せの形だよ」
「大石の幸せの形・・・」
人並みの平々凡々な幸せが1番ってよく大人は言う。
だけど、そうじゃないこともあるのかな。
どんなに大変でもオレと一緒にいることが大石の幸せの形だったら、それはすっごく嬉しいコトだけど。
「英二がこちら側の俺のことを考えてくれたのはわかるよ。でも1人で考えても正しい答えは出ない。2人のことなんだから、2人で考えないとだめだろ?」
「・・・でも、大石って優しいからさ。本心とか言わないかもしれない」
「そういうのは優しいとは言わないよ。それともこちら側の俺は、こんな大事なことでも誤魔化したりするような人間なのか?」
「!!」
ああ、こういうのを目からウロコって言うんだよ。
ホント、まさに今のオレはその状態。
そうだ、そうだよ。大石はその場限りの適当に優しい言葉なんて絶対言わない。
相手をできるだけ傷つけないよう言葉は選んでも、いつも真面目に本心を話してくれる。
1人でぐるぐる考えてたオレは、そんな当たり前なことも見えなくなっちゃってたのか。
「ありがと、大石。オレ間違ってたって、やっとわかった」
「よかった。あとはじっくり話し合えばいいよ。時間はたくさんあるんだから、2人で納得のいく未来を選べばいい」
「うん。そだね。そうする」
ずっと鬱々じめじめしてた気分がパーッと晴れ上がって軽くなった。
そんなオレを見て大石も嬉しそうに笑う。
良かった、大石が来てくれて。
オレはまた大石に助けてもらったんだね。
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