どこにいても、きっと 6
明け方まで大石と色々話して、そのまま眠って、起きたのはもう昼をちょっと過ぎた頃だった。
布団でまだ寝てる大石をぼーっと眺めて、ふいに時間のことを思い出す。
大石が自分の世界に帰るために昨日のことを再現する、その条件の1つに時間があったはずだ。
飛び起きたオレは慌てて大石を揺り起こす。
「大石!起きて、おーいしっ!!」
「・・・ん?もう朝なのか・・・?」
「ね、大石がこっちに来たのって何時!?」
「ん・・・?時間?・・・確か、昼過ぎで・・・え!?」
時間のことを思い出したのか、大石がガバっと体を起こした。
大石の顔に覆いかぶさるようにしてたオレは危うく頭突きを喰らいそうになったけど、その辺は持ち前の反射神経の良さがモノを言う。
「英二、今何時だ!?」
「12時50分。・・・だいじょぶ?」
眠気を追い払うように頭を振った大石が、眉を寄せて考え込む。
もし時間が過ぎてたり移動する時間がなかったりしたら、今日はもう帰れないってことになる。
「確か大学についたのが1時頃で、それから助教授と話をして・・・。そうだ、買い物に行く時に部屋の時計が3回鳴ってたから、3時だ」
「よかったぁ、そんじゃ間に合うね」
2人してほっと胸を撫で下ろしたら、おかしくなって笑ってしまった。
あんまりのんびりしてるとまた間際にバタバタするからと大石が身支度を始める。
オレも着替えて顔を洗って、それからキッチンで朝ごはんを作った。
テーブルにトーストとスクランブルエッグ、ヨーグルトサラダを並べて大石と向かい合う。
そういえば、オレが大石と向こうの世界で最後に食べたのも朝ごはんだったっけ。
「なんか、こうしてると、あの時のこと思い出すな」
「あ、やっぱり?オレも今、そう思ってた」
「英二はすごく緊張してたよな」
「うん。帰れるかもしれないって思って、でもダメかもしんないとも思ってて。もうさ、じっと座ってんのも大変だった」
「ちゃんと帰れてよかったな」
「・・・うん」
あの夏の日が蘇る。
期待と不安でなかなか喉を通らなかった朝食、そんなオレを励ましてくれてた大石。
あの世界に大石がいてくれたからオレは今ここにこうしていられるんだ。
「オレさ、向こう側からこっちへ帰ってこれた時、すぐに大石に報告しようと思って店に戻ったんだよ。でも、もうこっちへ来ちゃってたから、大石はいなくって。お礼とかちゃんと言いたかったのに・・・」
「大丈夫だよ、英二。ちゃんと英二の気持ちは届いたから。ほら」
「あ!これ!!」
大石が腕から外して見せてくれた時計には『thank you S&E』の文字。
それはオレが大石から借りたまま持ってきちゃったモノで、そしてオレとこっちの大石でメッセージを彫った時計。
「すごい、ホントに大石のところに届いたんだ・・・」
「英二が元の世界に戻れたか心配だったけど、この時計のメッセージを見たときに、ああ、帰れたんだな、って思って安心したんだ」
「うん、ちゃんと帰ってこれたよ。大石がずっと一緒にいてくれて、オレが帰るためにいっぱいいろんなことしてくれたから、だからオレ、帰れたんだよ」
「英二と一緒にいられて、とても楽しかったよ」
「・・・うん、オレも楽しかった」
あの夏を思い出して、ちょっとだけしんみりしたオレの頭を大石がぽんぽんと軽く撫でる。
優しい大石の笑顔に誘われるようにオレも笑った。
すごいよね、また会えるなんて。
電車や飛行機でも行けない世界に住んでる大石とは、もう二度と会うこともできないって思ってたんだよ。
こういうのって奇跡っていうんだよね。
だからオレはずっと大石に言いたかったことが、やっと言える。
「ありがとう、大石。本当に、いっぱい、ありがとう」
オレの言葉に大石がうなずいて微笑む。
よかった。やっと、ちゃんと、お礼が言えた。
**
送ってくれるという英二と一緒に大学のある駅に行く。
3時までにはまだ30分程度の余裕があった。
コンビニの向かい、街路樹が木陰を作っている歩道のガードレールに腰掛けて、こちら側の英二と残りの時間を過ごす。
前回は、まさか英二が帰れると思っていなかったから、ろくに別れを惜しむこともできなかった。
でも今度は、心残りのないように伝えられることは伝えておきたい。
違う世界に住む俺達はこうして会えたことすら奇跡でしかないから。
「あー、なんかオレもドキドキしてきた」
「ははは。今回は俺が帰るんだぞ」
「そーなんだけど!だって、なんか落ち着かないんだもん・・・」
英二が困った顔で見上げてくるから思わず笑ってしまった。
感情豊かで、いつも笑ったり怒ったり、泣いたり困ったりと忙しい英二を俺はとても愛しく思う。
それは目の前の英二も、そして俺の世界の英二も同じで。
たぶんどの世界の英二もみんな同じように俺は愛おしいと思うんだろう。
だけど俺の、この腕の中には、たった1人分のスペースしかない。
だから、この世界の英二のことは、この世界にいる俺に任せよう。
「こちら側の俺によろしく言っておいてくれよ」
「うん!今度は大石がこっちへ来たって話すね。きっとすごくビックリすんだろうなー」
「それから、英二が不安に思ってることもちゃんと話してやってくれ。俺はわりと単純で、自分が幸せなら英二も幸せなんだと思い込んでしまうところがあるから。言ってもらわないとわからない部分もあると思うんだ」
「あははは。オレ、おーいしのそういうとこ好きだよ。でも、そだね、オレの思ってることや考えてること、ちゃんと言わないとダメだよね」
いたずらしたみたいにちょっと舌を出して笑った英二の顔には、昨日の翳りはどこにも無い。
もう大丈夫だな、英二。
これからは何があっても2人でちゃんと話し合って乗り越えていってくれると信じてる。
「・・・もうすぐだね、時間」
「そうだな」
秒針が1つ進む度に俺達の別れの時間も近づいてくる。
腕時計の時刻は2時55分。
「乾助教授に頼んだら、大石はまたこっちに来れるかなぁ」
「助教授の研究結果次第では、好きな時に行き来できるようになるかもな」
「・・・でも、ずっと先の話だよね、きっと」
「そうだな・・・。でもな、英二」
「ん?」
わずかに見上げてくる英二の髪に手を伸ばして、梳くように撫で下ろす。
初めて会った時は高校生だった。
あの時に比べると少し背が伸びたかもしれない。
「俺はどこにいても、いつでも英二の幸せを願ってるよ」
「おーいし・・・」
「英二がいつでも笑っていられるように祈ってる」
英二の大きな瞳にみるみるうちに涙が膨れ上がる。
体ごとぶつかるように俺の胸に飛び込んでくるのをしっかりと抱きとめた。
もう2度と会うことはないかもしれない。
それでも、俺はずっと英二の幸せを願っているから。
セットしてあった時計のアラームが鳴る。
同時に英二の携帯電話のアラームも鳴って英二が顔を上げた。
3時だ。
「また英二に会えて本当に嬉しかった」
「うん、オレも。大石が来てくれてホントに良かった。ありがとう、大石」
「元気でな」
「大石もね。向こうのオレにもよろしくね」
離れがたい気持ちを抑えて背を向ける。
コンビニに入る直前に振り返ると英二が、俺の好きな満面の笑顔で大きく手を振っていた。
背後で自動ドアの閉まる音がする。
ガラス瓶の炭酸水3本を買って店を出る。
コンビニの向かい、街路樹の木陰には英二の姿は無い。
たぶん、俺は元の世界に帰って来れたんだろう。
カチャカチャと涼しげな音を立てる炭酸水の入ったコンビニ袋を持って、俺はそのまま大学への道を歩いた。
**
「本当に成功するとは思わなかったな。確率は10%以下だったんだが」
「こういう騙し討ちみたいなことは困ります」
「学生を使って行った実験は一度も成功しなかった。ということは、やはり思いや念といった部分が鍵になって・・・」
「・・・乾助教授。俺の話、聞いてますか?」
なにやらブツブツ言いながら助教授はパソコンに向かってデータを打ち込んでいる。
・・・きっとこの人には何を言っても無駄なんだろうな。
それにしても。
成功する確率が10%以下だったというのは驚きだ。
もしかしたら、俺が向こう側へ行けたのは、英二の心が放っていたSOSに呼ばれたからかもしれない。
ふとそんなことを思いついた。・・・乾助教授には言わないけれど。
「それじゃ、俺はこれで失礼します」
「また何かあったら連絡するよ。新しい実験を思いついたらぜひ協力してくれ」
「・・・遠慮します」
パソコンに向かったままの助教授に一礼して部屋を出る。
なんだか無性に俺の世界の英二に会いたくなった。
今、すぐに、会いたい。
そう思ったらもう止まらなくて、駆け出す足を止めずに、そのまま駅へと向かった。
−end
(06・08・28−06・10・21)