Enchantment Xmas




「ヨーホホ!メリークリスマース、イーブ!」
妙な掛け声と共にしっかり施錠してあるはずの部屋の窓が開き、寝ようとベッドに足を乗り上げていた大石は仰天してひっくり返りそうになった。
「やぁ、良い子の大石くん、もうお休みかな?それじゃ寒い夜にぴったりのクリスマスプレゼントをあげよう!」
驚きのあまり固まっている大石を気にも留めず、赤い上下を着た侵入者は、担いでいた自分の体の5倍はありそうな大きな袋をがさがさと漁り出した。
「・・・・・・あの、・・・?」
「はい、素敵な抱き枕だよ!」
真っ白な袋から腕を引かれて出てきたのは、ダブルスのパートナーであり、親友でもある菊丸英二だ。
「・・・、え、英二?!」
「やっほー、大石!あ、パジャマだ。もう寝んの?じゃ、オレも寝る〜」
言うなり菊丸は大石の腕を掴んでベッドに入り込む。
何が起こっているのか分からない大石は、侵入者と菊丸を交互に見ながら口をぱくばくさせる。
「それじゃ大石くん、良い夜を〜ぐふふふ」
嫌な笑いを残して顔半分を白い口ヒゲで覆った人物が去って行く。
パニックを通り越して現実逃避を始めた頭が、今のはもしかしてサンタクロースなんだろうか、そうかクリスマスだしな、と妙な結論を出している。
ぼんやりとサンタらしき人物が去っていったのを見ていた大石を菊丸がベッドに引っ張り込む。
「さ、邪魔者はいなくなったし!めくるめく素敵タイム・スタート!」
楽しげに笑った菊丸が大石のパジャマに手を伸ばす。
呆けている間に上着のボタンが2つ外された。
「わ、な、なにする気だ、英二?!」
清純な乙女のごとく菊丸の魔の手を振り払い、前をかき合わせた大石を菊丸がきょとんと見遣る。
「なにって・・・ナニ?ベッドで2人でやるっつたらさぁ、ね?」
パチンとウィンクして妖しく笑う菊丸に大石の心がぐらりと傾くが、こんなことがあるはずないと理性は必死で警鐘を鳴らす。
そうだ、ありえない。
確かに自分は菊丸のことが、そういう意味で好きだ。
だけど、当然告白などする訳もなく、つまり菊丸はそんなことは知らないし夢にも思ってないだろう。
したがってこんな展開になるはずがないのだ。
混乱している大石をよそに菊丸がポン!と手を叩いた。
「あ、わかった!大石は脱がされるより脱がす方がいいんだ。実はむっつりなんだなー。でも、いーよ大石なら。好きにして」
ん、と顎を上げ目を閉じた菊丸がどうにでもしろ、と言うようにだらりと手を下げた。
とんでもないことを言いだす菊丸に大石の心臓が跳ね上がる。
こんな美味しい話が、もとい、おかしな話があるはずがない。
俺は夢を見ているんだろうかと大石は悩む。
もし夢なら、何をしてもいいんじゃないか?と思い、目の前の菊丸を凝視した。
閉じた瞳を縁取るカールした睫、ツヤツヤと光るピンクの唇。
思わず誘惑に陥りそうになって、大石は激しくかぶりを振った。
駄目だ、夢とはいえ、そんな不埒なことをしたら、明日菊丸に合わせる顔が無い。
「おーいし?んもう、早くぅ〜」
取り戻しかけた理性が菊丸の甘ったるい声でまた大きく揺らぐ。
このままではやばい。
「ちょっと待ってくれ・・・君は、その・・・」
「俺がなに?」
「その・・・どちら様で?」
「はぁ?!」
何言ってるんだとばかりに菊丸の目が見開かれた。
「英二だよ、さっき自分でもそう呼んだじゃん。大石くんの大好きな英二くんでーす」
「いや、それはありえないんだ。だって英二がそんなことを知ってるはずは、」
「ちっちっ!甘いな、大石は。オレが気付かない訳ないっしょ?ってことで、これで問題解決〜!ね?」
知ってると言われて驚愕した大石は、腕を取られて菊丸に多いかぶさるように倒れこんだ。
「おーいしぃ・・・」
するりと首に腕を回してきた菊丸が潤んだ瞳で誘う。
大石の心臓は今にも壊れそうなほど早鐘を打ち、自分を見つめる菊丸の大きな瞳に吸い寄せられるように顔を近づけた。
もうすぐ唇が触れる、そこまできて、大石はガバっと体を起こした。
「おーいし?」
「だっ、駄目だ!」
身を寄せてくる菊丸から逃れるように大石がベッドから飛び出す。
そのまま部屋の隅まで走り、座り込むと頭を抱えた。
「傷つくなぁ、なに、その態度。おーいしってオレのこと好きなんでしょ?」
「そうだよ!俺は英二が好きだ!だからって、まだ告白もしてないのに、」
「いーじゃん、そんなの。オレも好きなんだし、相思相愛じゃん?」
「物事には順序ってものがあって、」
言いかけて目を瞠る。
ベッドから降りた菊丸が近づいてくる。
いま初めて気づいたが、菊丸は白い大きなふわふわのボタンが付いたノースリーブの赤い上着に、丈の短い赤いスパッツを履いていた。
まるでこの時期のTVで見かけるサンタ・ガールのような恰好が大石を冷静にさせた。
菊丸は確かに女の子顔負けのルックスをしているが、だからと言ってこんな恰好をする訳がない。
そもそも、真夜中に菊丸が部屋にいること自体がおかしいのだ。
怪しいサンタクロースに連れられて来た、菊丸そっくりの、コレは一体何者なのか。
「順序なんてすっ飛ばしちゃってさー、楽しくやろ?」
傍らに膝をついた菊丸が大石の肩に手を置き、顔を覗きこんで笑う。
「君は誰なんだ・・・?確かに顔は英二とそっくりだけど、・・・でも英二が俺の部屋にいるはずない」
「・・・顔は同じなんでしょ?ならいいじゃん。ちなみに体も同じだよん、見てみたくない?」
笑いながら擦り寄ってくる菊丸を大石は毅然と押し返す。
「俺が好きなのは英二だ。君じゃない」
正面からニセ菊丸を見据えてきっぱりと言い放つ。
途端にぶうっと膨れた菊丸が、仕返しとばかりに大石のおでこを思いっきり平手で叩いた。
「・・・ちぇっ、大石の石頭。頑固ジジイ。・・・つまんなーい。サンタさーん!!」
「ヨーホホ!呼んだかーい?」
またもや窓から入ってきた怪しいサンタクロースに大石が身構える。
「おーいしがオレのこといらないって!返品だよ、返品!」
「返品かぁ、気に入ってもらえると思ったのに残念だなぁ。ま、しょうがない、それじゃ引き取るよ」
サンタが背負っていた大きな白い袋の口を開けると、菊丸が自ら中へ入っていく。
途中、あ!と思い出したように声を上げた菊丸は、顔だけ大石に振り返った。
「オレは完全な英二じゃないけど、英二の一部だから!それだけは覚えとけよー!」
「え、それはどういう、」
聞き返した大石に、ニッと笑っただけで答えず、菊丸は袋の中に姿を消した。
「それじゃ大石くん、また来年のクリスマスにね〜。ヨーホホー!」
陽気な笑い声だけを残してサンタが去っていく。
元通り静かになった部屋で、あれはいったいなんだったんだろうかと、部屋の隅に座り込んだまま、しばらく大石は考え込んだ。


どんなに寝不足でも学校を休む訳には行かず、眠い目を擦りながら翌朝大石は登校した。
部室で着替えていると 「おはよ」 とやはり眠そうな顔をした菊丸に声をかけられ、いつもと変わらぬ様子に大石は心の中でほっと胸を撫で下ろす。
「おはよう、英二。・・・どうした?いつにも増して眠そうだな。夜更かしでもしたのか?」
「それがさー、なんだか変な夢見ちゃって」
「・・・変な夢?」
大石の背中を冷たい汗が流れる。
「んー。変っていうかなんていうか・・・」
思い出すように着替える手を止めた菊丸の、頬がうっすらと赤く染まる。
「・・・英二?」
「あー、無し無し、今の無し。忘れて。やべ、早く行かないと手塚に走らされる!」
誤魔化すように突然猛スピードで着替えだした菊丸は、大石が制止するのを振り切って部室の外へ飛び出して行った。
「・・・嘘だろ。まさか、・・・」
部室のドアを見ながら、大石の頭に夕べのニセ菊丸の最後のセリフが過ぎる。
『オレは完全な英二じゃないけど、英二の一部だから!』




→end                                                                                                                      (08・12・14)