邂逅 (everlasting 番外編)
人に戻るための秘術を探して世界各地を廻り、大石と英二はとある王国へ辿りついた。
広大な領地を持つ王国はそこかしこに人の手が加わっていない未知の領域が残されており、魔物や精霊の伝承も数多く残っている。
闇の翼で夜空を移動していた英二が眼下の森に眼を留めた。
「オーイシ、なんかいる」
「・・・人じゃないな。行ってみるか」
「うん」
体から力を抜くと翼になっていた闇が夜の中に還っていく。
人から魔物になって200年余り経ち、今では英二も自在に闇を操れるようになっていた。
森へ降り、しばらく歩くと月に照らされた小さな湖に出た。
月の湖はなにか大きなものが泳いでいるようで、金の光が長く尾を引くようにさざめいている。
人とは違う気配を発するそれは間違いなく魔物だ。
「どんな魔物かわからないから油断するなよ、エージ」
「だいじょぶ、危なそうだったらすぐに飛んで逃げるから」
2人で湖を注視しながらそっと近づいていく。
「動くな」
低い声と殺気は、注視していた湖ではなく英二たちの背後、森側から突然現れた。
ぴたりと動きを止めた英二と同時に歩みを止めた大石の腕が、庇うように英二の背中に回される。
湖の魔物の気配にばかり気を取られて、他の気配を見逃した。
「お前たちは何者だ?なぜここへ来た」
背後の気配は湖の魔物と違い、明らかに人のものだ。
発する気は鋭く、敵意に満ちている。
視線で英二が、どうしよう?と聞くのに大石は僅かに微笑むことで大丈夫だと伝える。
この領域に無断で踏み込んだ自分たちに非がある。
いきなり攻撃したりせず、誰何する声をかけてきたのは良心的だ。
もしかしたら背後の人間は湖の魔物を守っているのかもしれない。
「俺たちは秘術を求めて世界を旅している。魔物の気配を感じてこの森に降りた」
「・・・魔物の気配、だと?」
背後の殺気がいっそう強くなったことに英二が慌てる。
「違うよ!オレたちは魔物に話を聞こうと思っただけで、どうこうしようって訳じゃ、」
振り返った英二を見て背後に立っていた人間が驚きに目を瞠る。
「金の、瞳・・・お前たちは、」
人ではないのか、と言いかけたところに別の、静かな声が重なった。
「異種族の魔物と会うのは初めてだな」
英二と大石は声の主に振り返る。
湖から上がって来たのか、艶やかな黒髪から水を滴らせた白い裸身の妖魔がそこにいた。
**
「人に戻るための秘術?」
絹の織物を纏った水妖は名を蓮二と名乗った。
小さな焚火を囲み、蓮二の隣に座しているのは正真正銘の人間で真田というのだそうだ。
魔物が3人、人が1人。
だが、遠目に見れば人間が4人いるとしか見えないだろうことが英二には面白い。
大石といい蓮二といい、人型の魔物というのは案外多いのかもしれない。
「人に戻る、ということは、お前たちは人だったということか?」
訝しげに真田が聞く。
「うん、そう。オレもオーイシも元は人間だよ。人が魔物になれるなら、逆だってありそうじゃん?」
「なるほど、一理あるな」
蓮二が頷き、そういえば、と続ける。
「これは伝承というよりは寓話の類に近いが、人間に恋をした水妖が、自分の声と引き換えに人の姿を手に入れた、という話があった」
それなら知っているが、と真田が口を挟む。
「だが、あれは子供に聞かせるお伽噺だろう?作り話ではないのか?」
「古い史実が人から人へと語り継がれ、いつの間にかお伽噺となる、ということもある。全くの出まかせとは限らないぞ?」
笑う蓮二に真田がなるほど、と感心する。
「お伽噺なの?でもオレ、その話聞いたことないよ」
「俺もないな。この国の中でだけ語り継がれてる話かもしれない」
英二と大石が言うのに、真田が頷く。
「物語の舞台はここから南に行った所にある離宮と、その傍の海岸だ。我が国独自の話であっても不思議はない」
「その話、詳しく教えてもらえないか?」
大石の依頼に蓮二が快く承諾する。
静かな森の湖で澄んだ蓮二の声が昔語りを紡ぐ。
元の話を知っている真田ですら、いつの間にか人に恋をした哀れな水妖の話に引き込まれていった。
**
炎が小さくなってきた焚火を消さないよう、蓮二が小枝で燃え残った薪を寄せる。
そこに英二が辺りから拾い集めた枯れ葉を足した。
大石と真田は森の中に枯枝を集めに行っている。
「率直なところを言わせてもらうと、魔物が人になるのはかなり難しいと思う。世界中を廻っても方法は見つからないかもしれない。それでもお前たちは人に戻りたいのか?」
「んー、オレはね、このままでもいっかなー、って思うんだけどさ。でもオーイシが気にしてるから」
「気にしている?」
「うん。オレを魔物にしたのはオーイシだから。っていっても仕方なかったんだよ。オレ、魔物になってなかったら死んでたから」
「なるほど、そういうことか」
時折吹く風が森の木々を揺らし、枯れた葉が微かに音を立てて落ちる。
「レンジは人になりたいって思ったことない?」
「俺は生まれた時から妖魔だからな」
「でもサナダは人間じゃん?人だったら一緒に暮らせるのに、とか考えない?」
英二の疑問に蓮二がくすりと笑う。
「それを言うなら逆だな。俺が人になるのではなく、弦一郎を魔物にしてしまった方が長く一緒にいられる」
「あ、そっか。・・・もしかして魔物にしちゃおうとか、考えてる?」
「残念ながら、俺にそんな能力は無い。あったところで使おうとは思わないだろうが」
「・・・なんかちょっと安心した」
英二の胸を撫で下ろす仕草に蓮二が笑う。
そこへ枯枝を両手に抱えた大石と真田が戻って来た。
「置き場所はこの辺でいいか?」
「ああ。すまんな、手伝ってもらって」
「いや、いい話を聞かせてもらったお礼だよ」
焚火から少し離れた所に持ってきた枯枝を積んだ大石が、「エージ」と声をかけた。
「あと2時間ほどで夜が明ける。それまでにどこかへ移動しよう」
「ん、そだね」
英二が立ち上がり、枯れ葉のついた服を軽く叩いた。
「お伽噺がただの作り話ではないことを祈っている」
「うん、ありがと」
蓮二と英二が笑みを交わす。
楽しそうにしていた蓮二の為に客人の滞在を引き留めたい真田だったが、陽の光に当たれないという2人が日中過ごせる場所はこの森には無い。
「しばらくこの国にいるようならまた顔を出していけ。なんのもてなしもできんが」
「ありがとう。また寄らせてもらうよ」
真田の言葉に大石が微笑む。
「じゃーね。また遊びにくるから!」
英二が大きく手を振って空に舞い上がる。
軽く会釈をした大石がそれに続いた。
気流をうまく操りながら夜空を飛ぶ英二が、だいぶ小さくなった湖とその傍で赤く光る焚火を眺める。
長く旅をして人にも魔物にも何度か会ったが、ちゃんと話ができたのは初めてだった。
「ね、オーイシ。本当に、また来ようね?」
「ああ、わかってる」
大石が笑いながら英二の頭を撫でる。
南の海岸なら空を飛べばここからさほど距離は無い。
お伽噺の真相を探しながら滞在する間、寂しがり屋の英二にはいい話相手だろう。
長い長い時を2人きりで過ごしてきた。
たまにはこんな邂逅もいいだろう。
→end (09・5・11)