everlasting 1
田畑が干上がる程の猛暑をどうにか乗り越えて迎えた秋、ほっとしたのも束の間、山間の村にはすぐに厳しい冬がやってきた。
それでも細々となら僅かな蓄えで冬を越せると村人が安心していた矢先に、今度は病に倒れるものが相次いだ。
体力の無い子供や年寄りが病魔に蝕まれ、手の施しようもなく帰らぬ人となる。
今年は春から気候が異常をきたし、春だというのに雪が降ったと思えば翌日には夏のように暑い日々が続いた。
梅雨には一滴の雨も降らず、そのまま夏を迎え、川も井戸も枯れた。
いつしか人々の口に北の山に住む魔物の話が上るようになった。
遥か昔から北の山に住み着いている魔物は、普段は大人しく害を為す事もないが、千年に一度だけ山を降りてきて災厄を落としていくという。
「今年がその千年目なのじゃないか?」
「ではこの病も天候の不順も魔物の災厄だと?」
「魔物だなんて・・・いったいどうすればいいんだ」
村長を中心に主だった者が集まり事態の対処を相談する。
今は老人や子供だけだが、このまま病魔が蔓延ればいずれ1人残らず病に倒れてしまうだろう。
その原因が魔物にあるならば、その魔物をどうにかしなくては。
「魔物を退治しに行くか?」
「相手は魔物だぞ?誰が倒せるというのだ」
「倒すのは無理だろう・・・となれば、やはり生け贄を捧げるしか・・・」
生け贄の言葉に場がどよりとざわめき、そしてそれぞれ顔を見合わせて頷く。
「生け贄を捧げれば魔物も鎮まるかもしれない」
「他に方法はない。・・・やってみよう」
「・・・で、誰にするんだ?」
生け贄は村の中から出さなくてはならない。
だが、好き好んで魔物に食われたい者など誰もいない。
選別の方法はすぐに決まり、決まると同時に決行された。
古来からの作法に則った
”白羽の矢” である。
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朝日がほんの少しだけ山の端から顔を覗かせている。
ここ数日続いた雪が止み、今日は珍しく雲も切れて気持ちのいい晴れた1日になるはずだった。
起きたら雪かきをして、それが終わったら母親の作った貧しいが暖かいご飯を食べて、姉と一緒に繕い物をしたり、父を手伝って薪を割ったりする、いつもの1日であるはずだった。
草葺の屋根に深々と刺さった白い尾羽の矢を英二は一心に睨む。
英二の背後ではすぐ上の姉と母が抱き合うようにして泣き崩れていた。
英二の隣で村長と話をしている父の手が、英二の肩に置かれたまま細かに震えているのがわかる。
「・・・どうしても娘か息子を差し出せというのか」
「村の為だ。堪えてくれ」
「・・・俺では駄目なのか」
「生け贄は無垢な者と決められている。・・・辛いだろうが、夜までにどちらにするか決めて欲しい」
「・・・・・・・・・」
肩に置かれた父の手にぐっと力が篭り、英二は白羽の矢から父へと視線を転じた。
俯き、じっと足元を睨んでいる父は今にも泣き出しそうに見える。
黙った父が納得したものと判断した村長が、「夜に迎えに来る」
そう言って一礼すると背を向けた。
**
普段ならパチパチと音を立てて赤々と火が焚かれている囲炉裏も今は暗い煤色のまま沈黙している。
そこへ押し黙った父が俯いたまま座っていた。
母と姉は寄り添うようにして時折袖で涙を拭う。
暗く重い沈黙が充満する部屋の中、英二が口を開いた。
「・・・オレが行くよ」
ハッと顔を上げたのは姉だった。
「馬鹿!何言ってるのよ、英二!」
「だって、姉ちゃんは来年の春に結婚するんだから、生け贄になんてなれないじゃん」
「だからって・・・!」
「オレか姉ちゃんのどっちかが行かなきゃならないならオレが行く。・・・だって、姉ちゃんが食われるのイヤだもん」
「・・・馬鹿っ!!」
駆け寄ってきた姉が英二を抱きしめ、そして声を上げて泣き出した。
いつの間にか姉より大きくなっていた英二は宥めるように姉の頭を撫でる。
「父ちゃん・・・・・・いいよね?」
俯いたままの父からは返事は無い。
ただ、握り締めた拳で、やり場の無い怒りをぶつけるかのように床を打った。
**
母は夕飯に出来る限りのご馳走を用意してくれた。
喉にも胸にも何か詰まったようで、せっかくのご馳走が味もわからず食欲も無かったが、英二はできるだけ楽しそうに笑って食べた。
一緒に過ごせるのは迎えが来るまでの間だから、父や母や姉にも笑っていて欲しかった。
最後に思い出すみんなの顔が笑顔ならいいなと思ったけれど、無理な相談だとわかっていたからせめて自分だけでも笑っていようと思った。
泣くことだけはしたくなかった。
自分が泣けば父も母も姉もみんな辛くなることがわかっていたから。
最後の最後、魔物と対面して食われる寸前まで笑っててやる、英二はそう心に決める。
夕食が終わり、英二を両脇から挟むようにして座っていた姉と母は、夜半になってドンドンと叩かれた戸にびくりと身を震わせた。
**
北の山に張られている結界のしめ縄をくぐり村長が先頭をきって登っていく。
山にあるという魔物の棲家は代々の村長しか場所を知らない。
村長の後に英二と父が、そしてその後には村長の長男が続いた。
夜のせいなのか、まるで生き物の気配がしない鬱蒼とした木々の間を松明の灯りのみで登って行く。
夜半を過ぎて降りだした雪が松明の炎に炙られて消えていった。
そうして歩いていくうちに、木々の間から唐突に石造りの洋館が姿を見せた。
「あそこだ」
足を止めた村長が、英二達に向き直って洋館を指差す。
山を登っている間中、英二の手を握っていた父の手に痛いほどの力が篭った。
「ここからは英二君1人で行ってもらうことになる」
英二の父と同世代の村長の息子が痛ましげに顔を歪める。
しっかりと握ったまま手を離そうとしない父に英二は
「父ちゃん」 と呼びかけて笑う。
「送ってきてくれてありがと。母ちゃんと姉ちゃんに元気でねって言っといて」
「・・・英二」
「父ちゃんも元気でね。うんと長生きするんだぞー」
ずっと堪えていた父の目から涙がひとつ落ちた。
笑っていられるのもそろそろ限界で、英二は父の手を振りほどくようにして数歩駆け出す。
いったん立ち止まって振り返り、その場に立ち竦んだままでいる父と村長とその息子に大きく手を振った。
「そんじゃ、行ってくんね!みんな、バイバーイ!!」
別れの挨拶をして背を向ける直前に父が崩れ落ちるように膝をついたのが目の端に映った。
だけどもう振り向くことはせずに、館を目指して一目散に走る。
堪える必要の無くなった涙が次から次へと溢れ出た。
さよなら、父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん。それから町へ行ってる兄ちゃん達と村のみんな。
大丈夫だよ、オレ、魔物に食われる前に、ちゃんと災厄を鎮めるよう約束させるからさ。
みんながこの先も笑って暮らせるように、幸せに暮らせるように。
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