everlasting 10
静かな朝だった。
まるで世界中が眠りについているみたいに。
朝までもが寝入ってしまい、明けるのを忘れたみたいに、音ひとつない静かな朝だった。
目覚めるとすぐ近くに大石が座っていた。
寝起きのぼんやりした視界に大石の静かな笑顔が映る。
「・・・おはよ、オーイシ」
厚い毛布に包まったまま言うと、おはよう、と静かな声が返ってきた。
毛布が気持ちよくて、このままもう一度寝入ってしまいたい気分だったが、ずっと自分を見ている大石が気になったのと、お腹が空いたのとで英二は眠い体を無理やり起こした。
「朝ご飯作りに行こっか」
目を擦りながらそう言うと、大石は部屋のテーブルを指す。
見れば、テーブルの上には朝食が並び、洗顔用の水まで用意されていた。
「1人で作りに行ったの?起こしてくれれば良かったのに」
「早く目が覚めたから」
そう言って大石はまた静かに笑う、その顔に英二は小さな違和感を覚えた。
「オーイシ、なんかあった?」
寝台を出て、大石のすぐ横の椅子に腰掛ける。
「雪が降ったよ」
口許に浮かべた笑みを崩さないまま大石が言った。
「え・・・、・・・」
言葉が出なかった。
心のどこかで、自分がここにいれば雪が降ることはない、と思い込んでいた。
雪が降った、つまりそれは、ここにいる意味が無くなったということ。
自分から雪が降るまでと言い出したのに、いつしかずっとこのままここに、大石と一緒にいられるつもりになっていた。
まだ帰りたくない、大石を1人にしたくない。
英二は焦ったように大石の腕を掴んだ。
「オーイシ、オレ、・・・」
「やっぱりただの偶然だったな」
言いかけた言葉を遮るようにした大石の声はとても静かだ。
静かで穏やかで何の感情も伺い知ることができない。
別れを惜しむ気持ちさえも。
1人でいるのは寂しいだろうと思った。
だから自分がいることでほんの少しでも寂しさが癒せたらいいと思った。
だけどそれは全て英二の独りよがりで、本当は初めて会った時に言っていたように、大石はただ1人で静かに暮らしたいのだとしたら。
鎧戸の下りたこの部屋では見えるはずのない白い雪が、降り積もる情景が浮かんだ。
音も無く静かに降る雪は辺りの音も全て吸い込み、封じ込めるように積もる。
大石の心も雪の中に埋まってしまったのだろうか。
「吹雪くと山を降りられなくなる。食事が済んだら仕度を始めたほうがいい」
「・・・、・・・そだね」
離れたくない気持ちはあっても、英二にはもう留まる理由が無い。
大石が必要ないと言うならここにいる意味も無かった。
**
最上階の部屋、持ち出した毛布に包まって、英二は1人、降る雪を眺めていた。
あまり風が無いのか、空から落ちてくる雪はひらり、ひらりと花びらのような軽やかさで舞っている。
ここにいる必要は無いのだとわかっていても、離れ難い気持ちが消せなくて、雪が止むのを待つようにただひたすらに窓の外を眺めた。
吹雪くこともなく止むこともなく雪は降り続け、そうしていつしか陽が落ち始めた。
部屋のドアが開き、静かな靴音が近づいてくる。
「エージ、もう日が暮れる。山を降りられなくなるよ」
「・・・そしたら今日はここへ泊まって、明日帰る」
「・・・エージ」
「そんで、明日も帰れなかったら泊まって、明後日もその後もずっとここに泊めてもらう」
「・・・・・・・・・」
大石の沈黙に困惑を感じ取って英二は座ったまま傍らに立つ大石を見上げた。
「なーんて、嘘だよん。・・・ちゃんと帰るよ」
立ち上がり、大石の顔を覗きこんでニッと笑えば、ほんの一瞬だけ大石の眉が寄せられ、またすぐに静かな笑みに戻った。
包まっていた毛布をたたんで大石に渡し、代わりに手渡されたコートに袖を通す。
「帰るね。お世話になりました。・・・元気でっていうのはおかしいのかもしんないけど、でも、元気でね」
「・・・ありがとう。エージも元気で」
玄関まで送るというのを断って英二は大石に背を向けた。
1人で静かに暮らすことが大石の望みなら、それで大石が幸せなら自分の未練は断ち切らないといけない、そう思ったから。
**
館を出ると相変らず雪が降り続けていた。
すでに陽は落ちていたが、白く積もった雪のおかげで視界は仄明るい。
大石に教えられたとおりに館を出て右へ進み、緩やかな下りの道を歩いた。
歩いていると大石と一緒に暮らした日々が思い出され、楽しかったことばかり浮かんで切なくなった。
ずっと一緒にいることが無理だということはわかっていた。
大石は千年以上の時を生き、これからもずっとそうして生きていく。
人である英二はそんなに長くは生きられない。
それでも、大石が望んでくれるなら、あの館で一生を終えてもいいと思っていた。
サクサクという自分が踏みしめる雪の音以外は、シンと静まり返って何も聞こえない山道を歩く。
しばらくして、人の声が聞こえた気がして英二は足を止めた。
風の音ひとつしない山を見回し、気のせいだったかとまた歩き出そうとして目を瞠った。
英二が歩いている道からかなり離れた位置に、連なる赤い光が見えた。
じっと目を凝らすと、赤い光は松明の火で、かなりの数があることがわかる。
松明の火は英二とは逆に山を登るように移動していく。
「なんであんなにたくさんの人が・・・まさか」
英二の恐ろしい想像を裏付けるかのように、松明を持った人々が雄叫びが風に乗って耳に届いた。
「魔物の住む館はもうすぐだぞ!いいか、油断するな!」
英二は踵を返すと猛然と来た道を走って戻り始めた。
なぜかはわからないが村人達が大勢で大石の所へ行こうとしている。
大石に報せないと。
逃げてって言わないと。
雪に足を取られて何度も転んでは立ち上がり、いつの間にか強くなってきた風で吹雪く中、英二は必死に館を目指して走った。
→11