everlasting 11




大石は最上階の部屋で英二が館から出て行くのを見ていた。
先程まで煩く騒いでいた魔の血も、英二の姿が見えなくなって諦めがついたのかおとなしくなった。

これで良かったんだ。

大石は右手を目の前にかざす。
夕べ醜い爪の生えていた醜悪な魔物の手は人間の手に戻っている。
だがいつまでも魔物に打ち勝てるとは思わない。
騒ぐ魔物は大石自身の心でもあるからだ。

一緒にいたいと思った。
英二を魔物にしてしまえばずっと共にいることも可能だと知っていた。
同時に、それは英二を不幸にするということも。
魔物の血は負の感情を増幅する。
だからどれほど一緒にいたいと思っても、英二を傍に置いておくことはできなかった。

人であったなら。
なんの憂いもなく笑い合って過ごせたなら。
叶わぬ願いが胸を過ぎる。
大石は緩く頭を振った。
永い時を独りで生きて行く為に、英二のことは思い出として片付けなければいけない。
光に恋焦がれたままでは闇の中で生きていけない。



ドーン・・・と館が揺るがす重い地響きがした。
物思いに耽っていた大石が顔をあげる。
窓の外はいつの間にか完全に夜が支配している。
耳を澄ませば遠くで何かを打ち壊すような煩い物音が鳴り、続いて何かを口々に喚く声がした。
「・・・なんだ・・・?」
1人、2人という数ではない、大勢の人間が館の中に入り込んだ気配がある。
大石は身を翻すと、部屋を出た。



**



「いってぇ・・・」
焦る余り雪道を踏み外し、転げ落ちた崖を見上げた。
それほど高さがなかったのは幸いだったが、下に生えていた木の幹に強か背中をぶつけた。
一瞬息が止まり目の前をちかちかしたものが過ぎたが、そんなものにかまっている暇はない。
英二は崖の土から突出している岩と木の根に縋って崖をよじ登る。
足に鋭い痛みが走ったが気にせず登った。
こんなところでぐずぐずしていたら村人が大石の所へ着いてしまう。
尋常じゃない村人達の様子が英二の心に警鐘を鳴らす。
雪が止んでいたから災厄も収まったと思っていたが、もし、あの後も続いていたとしたら。

早く大石に報せないと。

かじかんだ手が岩を掴み切れず途中まで登った所から滑り落ちる。
滑った勢いで今度は肩を強打し激痛に気が遠くなりかけたが、必死で歯を食いしばった。
諦めるわけにはいかない。
大石を助けるんだ。



**



玄関へ向けて早足で歩いていた大石は、鼻をついた何かが焦げるような匂いに顔をしかめた。
辺りを見れば薄く細く煙が漂っている。
侵入者がどこかに火を放ったようだ。
大石はさらに足を急がせる。
石造りの洋館だから瞬時に館全てが火に包まれることはない。
だが、木製の各部屋のドアや階段を燃やされると面倒なことになる。
なんの断りもなくいきなり入り込んできて、あげく館に火を放つ侵入者なら、多少手荒な手段を取っても文句は言えないだろう。
即刻排除してしまおう。



**



どうにか崖を上りきり、激痛を訴える足や肩を無視して走り続け、英二はやっと館まで戻ることができた。
時すでに遅く、館は玄関の大扉が無残に破られ、所々の窓からは赤い炎が見えていた。
英二も急いで館の中に駆け込む。
村人がすでに館の中に入り込んでいてもまだ望みはある。
複雑な内部の構造を知らなければ、そう簡単には最奥にいる大石のところまで辿り着けない。
英二は火の手の上がる階段を駆け上り、大石の部屋へと急ぐ。
煙の充満する廊下を走り、奥から2つ目の扉を目指した。
あの部屋の奥にある階段を上れば大石の部屋へ続く回廊に出る。
煙に巻かれて咳き込みながら扉に手をかけようとした時、激しい勢いで扉が壊れ、扉の破片と共に人が吹き飛んできた。
吹き飛ばされた人は廊下の壁に体を叩きつけられ、そのまま廊下に落ちて動かなくなる。
突然のことに驚き竦んでいた英二は、村人が出てきた部屋の中に視線を向けた。
「・・・オーイシ!!」
漆黒の闇を纏う金の瞳が強い光を放つ。
「よかった、オーイシ、無事だったんだね!」
駆け寄ると恐いほどの光を放っていた瞳が揺らぐように和らいだ。
「・・・エージ・・・どうしてここに・・・」
「村へ帰る途中で館に向かう村の人達が見えて」
「とにかく、ここは危険だ。どこか安全な所へ、」
そう言った大石が英二の腕を取ろうとした、その瞬間、廊下に倒れていたはずの村人が叫びをあげた。
なんと言ったのかは英二にはわからない。
ただ危険を感じて体が動いた。

銃声が響き渡る。
いつの間にか自分を庇うように抱きついていた英二が顔を上げた。
「・・・オーイシ、」
掠れた声で名前を呼び、英二が笑う。
大石は腕の中で力を失って崩れ落ちていく英二をただ呆然と見ていた。




→12