everlasting 12




力を失い、糸の切れた人形のよう崩れ落ちていく英二を見ていた。
ただ呆然と、まるで時が止まったように。
抱き留めることすら忘れて。

英二の体が大石の腕をすり抜けて静かに床へと落ちて横たわる。
着ていた白いコートが血に染まる様は雪の中で赤い花が咲いたようだ。
「・・・エージ、・・・・・・エ・・・」
さらに銃声が響き、大石の肩が何者かに突き飛ばさたかのように跳ねた。
撃たれた肩をちらりと見るが視線はまた床の英二に戻る。
膝を付き、震える手でそっと英二の頬に触れた。
蒼白な顔は触れても微笑むことは無く、瞼すら動かない。
「・・・エージ、エージ」
呼び掛けに答える声の代わりにまた銃声が鳴った。
今度は大石のこめかみを掠る。
「・・・エージ」
目の前で起きていることが信じられずひたすら名前を呼んだ。
大石のこめかみから流れた血が英二の口許に落ち、蒼白な顔の唇だけを鮮やかに染める。
薄く開いた赤い唇は今にも喋りだしそうに見えるのに、言葉どころか呼吸すら感じられない。


村の為に生け贄になったんじゃなかったのか
村の人々を救おうとした英二をなぜ


腹の底から渦巻くようなどす黒い熱が沸き上がる。
(許さない)
(英二をこんな目に合わせて)
(殺してしまえ)
(1人残らず)
魔の血が騒ぐ。
止める必要も理由もどこにもなかった。
目を閉じて体中を魔の血が巡るに任せる。
魔の力を解放すれば凶暴で破壊的な高揚感が体を支配した。

大石はゆらりと立ち上った。
銃を構える村人を見据える。
一歩近付く。
手には鉤状の爪が、そして口からは毒蛇のような牙が生えた。
禍々しい気を放つ異形の姿に村人は悲鳴を上げ、残りの銃弾を乱射した。
カッと見開いた目が金から血のような真紅へ変わる。
発射された弾丸は全て大石に届く寸前ででたらめな方向へ弾け飛んだ。
弾の無くなった銃をなおも打ち続けながら村人が悲鳴を上げ逃げをうつ。
歩み寄り喉に手を伸ばせば、あっけない程簡単に村人は動かなくなった。

まだいる。
他にもまだ。
浮遊感に任せて力を抜くと体が浮いた。
館を彷徨う人の気配に意識を集中するとさらに体が軽くなり、そのまま闇に溶けて宙を飛んだ。
1人、2人と侵入者を手に掛ける。
がらんとした館の中に狂気に満ちた笑い声が響く。
恐怖で狂った村人かと思ったが誰もいない。

・・・ああ、笑っているのは俺か。
とうとう正真正銘の魔物になったか。
それもいい。
愚かな侵入者に代償を払わせることができるなら。
2度と人の心を持てなくなっても。

『・・・オーイシ』

頭の中に消えそうにか細い小さな声が響いた。
はっとして周囲を見るが声の主はいない。
「・・・エージ」
この声は英二の声だ。
でも、英二は、もう。

『・・・オーイシ、・・・どこ?』

体を支配していた凶暴な高揚感が抜け落ちて行く感覚。
怒りと悲しみで我を失っていた大石を英二の声が呼び戻す。
英二が生きてる。
俺を呼んでる。

大石は走った。
英二が倒れた部屋に戻ると、先程の姿勢のまま床に横たわる姿があった。
静かに歩み寄って抱き上げると英二の瞼が微かに動く。
「エージ」
大石の呼び掛ける声に答えようと、英二の唇が声にならない言葉を紡ぐ。

1度は完全に尽きたはずの命が蘇っている。
なぜ、と英二を見つめた大石の目が、口元にこびりつき乾いた血に止まった。
俺の血か。
・・・そうか、だから。

英二を助ける方法がひとつだけあった。
それは大石にとって苦渋の選択だったが、迷っている時間はなかった。
腕の中の英二の呼吸は弱々しく、もういくらも持ちそうに無い。

大石は英二を抱いたまま立ち上がり部屋を出る。
館の中にはまだ人間の気配があり、それは危険を意味する。
安全な場所へ移動する為、大石は回廊を進み最上階の部屋へ、そこからさらに上へと登り、屋根の上に出た。

まだ粉雪が降る空は重い雲が垂れ込めて月も見えない。
大石は腕の中の英二を悲しい思いで見つめる。
「・・・俺を恨んでいい。許してくれとは言わないから」
どんな手段を使っても、英二をこの世に繋ぎとめることができるなら。

深く息を吸い闇を集める。
まとった闇を翼の形に変えて大石は夜空へふわりと舞い上がった。





**





意識の覚醒と共にゆっくりと瞼を開けば見慣れない天井があった。
極彩色の絵に彩られた天井、その中央には豪華な金のシャンデリアが下がっている。
ここはどこだろう、と首を巡らせると、すぐ傍に大石の顔があった。
「おはよ、オーイシ。ね、館の中にこんな部屋あったっけ?」
「・・・ここは別の場所だよ。夜の内に移動したんだ。・・・エージ、気分は?」
「ん?気分?・・・別にいつもと変わらないと思うけど」
なぜいきなり気分がどうと聞かれたのかわからず、英二は寝台に上体を起こす。
ふと、自分がコートを着たまま寝ていたのに気づき、次いで胸元の変色した染みに気づいた。
「・・・あれ?これって・・・」
寝起きのぼんやりしていた頭が一瞬でクリアになる。
そうだ、昨日、館に来た村人達が大石を撃とうとして、それを庇って。
「・・・オレ、助かったんだ。なんかビックリ。だって、あれは絶対死んだなって思ったもん。オーイシが助けてくれたの?・・・オーイシ?」
見れば大石は両手で顔を覆い、肩を震わせている。
「どーしたの!?オーイシ?」
「・・・他に、方法が無かったんだ・・・」
「オーイシ?」
「・・・・・・・・・」
大石の手の隙間からくぐもった嗚咽が洩れる。
自分はちゃんと助かってこうして元気でいるのに、なにをそんなに嘆き悲しむことがあるのだろうと、大石に手を伸ばしてはっと気づいた。

窓は全て鎧戸が下ろされて部屋の中には灯りひとつ無い。
それなのに英二の目には大石の姿も、部屋に置いてある家具調度もはっきりと見てとれた。
暖炉に火は無いのに寒さを感じることも無い。
目の前に手を翳し、そのまま自分の顔を撫でてみる。
特に変わったところは見当たらないけれど。

「・・・オーイシ、もしかして、オレ、魔物になっちゃった?」
大石の体がびくりと動く。
その反応だけで答えは充分だった。
「・・・そっかー、オレ、魔物なんだ。全然いつもと変わらないから気づかなかった」
「・・・人のまま死なせたほうがいいことはわかってた。こんなふうにして生き延びさせても辛いだけだとわかってた。でも俺は・・・俺には耐えられなかった・・・、」
「・・・いーよ、魔物でも。だって、死んじゃうより生きてるほうがいいもん。そりゃ、千年も1人ぽっちだったらイヤだけど・・・オーイシはオレと一緒にいてくれるでしょ?」
顔を覆っていた手を外し、信じられないというように英二を見た大石に、金の瞳の英二が笑う。
「・・・エージ」
たまらず大石は腕を伸ばして英二を抱きしめた。
「ずっと一緒にいる。決して独りにはしないから」
強くかき抱くようにして誓う大石の背に腕を回す。
時間はいくらでもある、一緒に人間に戻れる方法を探そう、そう言うと大石が頷いた。
大丈夫、2人で探せば、きっといつかみつかるよ。





**





世界各地で目撃された2人組みの魔物は、青年の姿をしていた。
特に人に害を為すことはせず、一定期間するとその場所から姿を消すという噂だった。
数百年に渡って目撃されていた魔物は、ある日を境にその姿を見せなくなった。
それと同時期に、山間の小さな村にその魔物とよく似た2人組みが住み着いたが、彼らは正真正銘の人間だったという。




→end                                                (07・12・2〜08・02・25)