everlasting 2




闇の中で目を覚ました。
灯など無いはずの空間にふいに甦る鮮明な光景。
青い空と、きらきら零れ落ちる陽を弾く緑の葉、眩しく光に溢れる世界。
その真下で笑っている、自分。
風の匂いまで感じられるやけにリアルな光景に、永い時を経てもなお記憶というのはこうも残るものかと苦笑う。
・・・これはただの夢だ。
夢でしかない。
緩く頭を振って、夢の残骸を断ち切った。
眼前に見慣れた闇が戻る。
そうだ、これが俺の世界だ。
無限に続く闇だけの、他には何も無い、虚無の世界。

人であった頃の夢など、あまり良い兆候ではなさそうだ。
大石は寝台から体を起こすと立上がり部屋を出た。
微かに人間の匂いがする。
夢はそれにつられたものだろう。
この館に人が入り込むのは珍しいが、今まで一度もなかったわけでもない。
なんであれ、侵入者は歓迎できない。
自分はここで誰にも邪魔されず、独りでひっそりと朽ち果てたいのだから。

闇の中を迷いのない足取りで滑るように歩く。
夜目が利くようになってから灯はいらなくなった。
廊下を進み、階下への階段を降りる。
人の匂いが濃くなった。
どこか甘く誘うような匂いに顔をしかめて進む。
呼応するように魔物の性が強い飢餓を訴えるが、意志の力で押さえ込んだ。

侵入者は扉の前にいた。
怯え引きつらせた顔で左右を見回している。
招かれた訳でもないのに、わざわざ魔物の領域に自ら入り込み、そして恐がっている。
大石は呆れ、溜め息を零した。
とにかく、よけいな侵入者は早く排除してしまおう。



**



館に辿り着き入口を探した英二は、すぐに正面扉を見つけた。
それは英二の背丈のゆうに2倍はある高さで、幅は両手を広げても届かない程大きい。
こんなに重そうな扉をどうやって開けるのだろう、そう考え、何気なく扉に手を着くと、それは音もなく開いた。
外から入り込む光以外に光源はない。
中はただ闇があるばかりだ。
魔物というくらいだから暗闇を好むのかもしれない。
闇に潜む姿を想像したら背筋に悪寒が走った。

躊躇する足をそおっと中に進める。
体が完全に館の中に入った途端、扉が音も無く閉まった。
いきなり暗闇に取り残され、英二は恐怖で息を飲む。
足も手も震え、金縛りにあったように動けない。
気配を探ろうにも耳につくのは早鐘のように鳴る自分の心臓の音のみ。
いつ闇から魔物が飛び出すかと目を凝らす以外にできることもなく、そうして何時間にも感じる時を恐怖に包まれたまま立ち尽くしていた英二の目の前に、金色に輝く二つの小さな光の玉がゆっくりと滑るように近付いてきた。

「ここで何をしている」

色濃い闇を纏う金色の光は、その周囲だけを微かに照らし、かろうじて顔らしきものが見て取れた。
語りかけられたことに驚いた英二は、返事も忘れて相手の顔を見つめた。
魔物というからには、人とは全く異なる姿をしているのだと思っていた。
それなのに今、目の前に立つ者は人の顔を持ち、人の言葉で話しかけてくる。

「・・・ここで何をしている、と聞いているんだ」
返事が無いことに焦れたのか、声が硬く尖った。
「ま、魔物・・・?」

これが本当に魔物なんだろうか、その疑問が口をついて出た。
目の前に浮かんでいた金の光が僅かに真円だった形を変える。
目を細めたのだとわかり、それでようやく金色の光が相手の瞳なのだと気付いた。
闇の中で金に光る瞳など持つ人間はいない。

「・・・確かに人ではないな。・・・それで、その魔物の住む館に何をしに来た」
「む、村の、災厄を、・・・祓え。オレは・・・、オレはその為の・・・生け贄だ」
「生け贄?・・・くっ、あっはっは・・・」

たまらなくおかしいとでも言うように魔物が笑い出す。
死を覚悟して来た。
村の人々や、大好きな家族を守ることができるなら、と。

「何がおかしいんだよ!!」
それなのに嘲るように笑われて、英二は悔しさと腹立たしさで思わず声を張り上げた。
笑い声が止み、金の光が真円となってまっすぐに英二を見つめる。
「期待に沿えなくて悪いが、人を食べるほど悪食じゃない。わかったら帰ってくれ」
「それじゃ、村の災厄はどうすれば・・・。このままじゃ村が滅んじゃうんだぞ!」
「何を勘違いしているのか知らないが、お前の村の災厄など俺は知らない。そんな力も無いし、あったところで人間が苦しむのを見て楽しむような趣味も持ち合わせていない」
「・・・そんなの信じられるわけないだろ」
「お前が信じようが信じまいが俺には関係ない」

金の光がすうっと水平に流れ、英二の目の前から消える。
魔物が背を向けたのだとわかった。
唯一の灯りだった魔物の目が消えると、周囲はまた暗闇に包まれる。

「ここにいても無駄だ。帰れ」

離れた所から声がする。
凛と響く声は微かに反響して消えた。
辺りはただの闇に返りもう何の気配も残っていない。
「・・・帰るもんか。絶対に災厄を祓わせてやる」
英二は手探りで最後に声が聞こえたほうへと足を進めた。




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