everlasting 3




「うー、なんでこんなにいっぱい部屋があるんだよぅ・・・おまけにどこもかしこも真っ暗だし!」
英二はぶつぶつ言いながら、館の部屋のドアを片っ端から開けていく。
もう一度魔物と交渉したいのだが、最初に会ったきり、魔物は全く姿を見せない。
仕方なく端から屋敷を探索しているが、あまりに広すぎていくら扉を開けても目当ての魔物に辿り着けない。
灯り1つない館は暗闇が内部を迷路にしていて、自分が本当に順に部屋を調べていけてるのかすら疑問だった。
「くっそー、魔物!出てこーい!」
部屋の中を手探りしているとさらにドアがあり、そのドアを開けようとして足下にあった何かに躓いて転びそうになった英二は、頭に来て怒鳴るように何度目かの呼び掛けをするが返事は無い。
広い屋敷だから声が届かないのか、それとも無視されているのか。
「あ、そうだ!窓だよ、窓!普通はあるよね」
手探りで壁をつたって行くと鎧戸が見つかった。
力任せに取っ手をガタガタ動かしていると、ギギッと錆びついた音がして鎧戸が開いた。
途端に部屋に朝陽が差し込み、闇に慣れた目を眩しく射る。
「やった!これで探しやすくなるぞ」
部屋に入った時に鎧戸を開ければ室内がよく見えるし、すでに確認済みとの目印にもなる。
陽が照らす室内は永い間使われていなかったのか、床に埃が積り家具などの生活用品は全くなかった。
ぐるりと辺りを見回し、探すべきものはないと確認した英二は、次の部屋へと移動した。



**



館の一番奥の部屋で本を読んでいた大石は、当然のごとく侵入者が中で騒いでいる様子に気付いていた。
だが、放って置けばそのうち諦めるだろうと無視を決め込む。
災厄を祓うことなどできないし、できたところでする気もなかった。
何ごとにも関わりたくない。
特に人間には。

闇の中で本のページを捲る。
物語は後半の佳境に入り、主人公がその生の最終章を迎えようとしている。

魔物になっても人としての感情は無くなっていない。
だから、人に関わり、相手に対して憎しみではない感情を持ってしまうと後が辛かった。
人の寿命は短い。
魔物の自分と比べれば、それはまさに一瞬の命でしかない。
そんな瞬きの間のような存在でも、大石の心に失った大きなダメージを残していく。
ただでさえ癒してくれるものなど何も存在しない闇の中で、これから先も朽ちていくまで長い時を過ごさなければならないのに、悲しい記憶など作りたくはなかった。

幾度となく繰り返し読み、すでにあちこち破れて壊れかけた本のページを慎重に捲りながら、書かれた物語の世界に没頭する。
物語の登場人物達は自分と同じく、永い時を歳も取らず何も変わること無く生きている。
たとえ話の中で生を終えても最初のページに戻ればまた変わらぬ生をまっとうする為に現れるのだ。
魔物となった今では本が唯一の友だった。



**



部屋の中に部屋があったり、そこから別の回廊に出てしまったり、その先にまた部屋があったりと、いくら歩き回ってもきりがなく、そうしているうちに陽が暮れた。
部屋の位置によっては窓から月明りが入ったが、これ以上の探索は今日は無理と英二は見切りをつけた。
また明日続きを探すことにして床に腰を降ろす。

今英二がいる部屋は冷たく青い月明りが部屋を照らしている。
ここも他の部屋と同じで何もなく、ただガランとして広かった。
歩き回って疲れた足を揉みほぐしているうちに冬の寒気が身に染みて来る。
動いている時は感じなかったが、ただ座っているとかなり寒い。
来ていたコートの襟を合わせ、かじかんだ手をポケットに入れる。
思い出したように空腹を感じたが食べる物など何も持っていなかった。

「布団とかご飯なんて・・・ないよな、やっぱ。どこにもなんにも無かったもんなぁ」

広大な屋敷は裕福さを象徴するように、数多くある部屋は床を大理石で敷き詰め、鎧戸の取っ手ひとつ見ても細かな細工の施された凝ったつくりだった。
だが、1日かけて見て回った部屋はどこにも生活した痕跡はなく、埃が積もっている以外はゴミすら落ちていない。
いくら立派でもこんな広い屋敷に1人で住むなど英二にはとうてい考えられない。
魔物だから人のように寂しいとは感じないのだろうか。

仕方ないと諦めて床にごろんと横になった。
石の床は氷のような冷たさで、横になった先から英二の体温を奪っていく。
今がどのくらいの時間かはわからないが朝までの辛抱だ。
鎧戸を開けてあるから朝になって陽が当たれば暖かくなる。
芯から冷えていく体を丸めて英二は眠りにつく。
緊張し疲れた体は落ちるように眠りに入った。



**



「・・・出て行かなかったのか」
大石は床の上で体を小さく縮こまらせて眠っている侵入者を呆れて眺めた。
夜になり、屋敷の中が静かになったので、てっきり村へ帰っていったのだと思ったが、それにしては人の匂いがいつまでも残っていると様子を見にきたらこの有様だった。
魔物と同じ屋根の下で寝れる神経を疑い、こんなことなら少し脅しておけばよかったかと後悔する。
2、3日放っておけばいくらなんでも諦めるかと溜息をつき、早々に部屋へ戻ろうとした大石の足元で、眠っていた侵入者がもぞりと身動きした。
その動きは縮めた体をさらに小さくしようとしているように見え、大石は不思議に思ってつい目で動きを追う。
膝丈のコートの中に足を仕舞いこもうともがき、その傍らでは首から上もコートの中に入れようとしている。
なぜこんな奇妙な寝方をしているのかと考え、そしてすぐに気温に思い当たった。
魔物となり寒暖を感じなくなって久しいが、今は真冬のはずだ。
ということは、いくら屋敷の中とはいえ、火も何もない所で人が眠ったりしたら、凍死してもおかしくはない。
「・・・だから帰れと言ったんだ・・・」
この屋敷には人が寝泊りできるような設備はない。
かろうじて僅かながらの家具類があるのは大石がいる部屋だけだ。
大石は溜息をつきつつ、侵入者をどうしようかと悩む。
人には関わりたくない。だが、屋敷の中で死なれても困る。
床に膝を付き侵入者を見下ろしながら考え込んでいると、唐突に侵入者の手が大石の上着を掴んだ。
「・・・魔物・・・捕まえた」
はっとして立ち上がろうとした大石の目と侵入者の目が合う。
「・・・オレのこと、・・・食って、いいから・・・村を、・・・救って」
歯の根が合わず震えながらも必死に縋る侵入者は、切れ切れに訴えると糸が切れたように床へ落ちた。
上着にかかったままの指も大石の身動きひとつで床に落ちる。
眠りに戻ったのか、それとも気を失ったのか。
しばし逡巡したが、確かめるように大石は侵入者に触れる。
体は氷の冷たさだったが額は燃えるように熱い。
大石は溜息をつくと侵入者を抱えあげて自分の部屋へと運んだ。




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