everlasting 5




手にした本を机に置き、大石は長椅子に横になった。
侵入してきた人間を自分の部屋に置き3日が経つ。
パンやスープも全て平らげていることから、そろそろ体は回復していると思われた。
明日、遅くても明後日にはこの館から出て行くよう告げて、それで終わりだ。
また変化の無い静かな日々が訪れる。

最初の頃は歯の根も噛み合わぬ程怯えていた侵入者は、危害を加えるどころか熱で倒れた身を看病してしまっている大石に安心したのか、最近は顔を合わせる度にあれこれ話しかけてくるようになった。
必要最低限しか答えることはしないが、それでも少しずつ着実に大石の中にその存在を刻み込んでいく。
心の奥底で芽生えそうになる人恋しい気持ちを戒めるのは骨が折れた。
こんなことが続けばいつか心の箍が外れ、誰かに傍にいて欲しいと願うようになってしまうかもしれない。
叶わない願いだと知っていながら願わずにいられない、それはどれほど辛いだろうか。

様子を見て、明日か明後日。
それ以上長引かせてはならない。
大石は自分に言い聞かせるように呟いた。



**



だるさも抜け、時々咳き込む以外ほとんど本調子に戻った英二は、部屋の中の物を物珍しげに眺めていた。
書架にきちんと並んだ本は古く、背表紙の金箔押の文字はほとんど掠れて読めない。
1冊取り出して中をパラパラと捲るが、古風な文体はとてもじゃないが読む気がしなかった。
本を戻し、また寝台に戻って腰掛ける。
魔物は食事を運ぶ時に姿を現すだけで、それ以外はどこかへ行ってしまい部屋にはいない。
はっきりとは覚えていないが、寝込んでいた時はなにかと面倒を見てくれたりもしたようだ。
魔物だからといって悪い奴というわけでもなさそうだと英二は思う。
元が無口なのかあまり話はしてくれないが、どうやら本当に災厄とは無関係らしく、それならここに居座っている意味も無い。
体も良くなったし、明日には礼を言ってここを退去しよう。

寝台にごろりと寝転がって天井を見上げる。
魔物に食われたはずの自分が元気に戻ってきたらみんなどんなに驚くだろう?
母ちゃんや姉ちゃんはきっと泣くんだろうな、そう思ったら早く帰りたくなった。
そうだ、魔物の話も教えてあげよう。
人の姿をした優しい魔物だと言ったらどんな顔をするだろうか。
みんなが信じてくれたら、時々は魔物を村へ呼んで一緒に過ごしたりできるかもしれない。
魔物といえどこんな所に1人で住んでいるのは、きっと寂しいだろうから。



**



かちゃかちゃという食器の鳴る音で目を覚ました。
横になっているうちにいつの間にか眠ってしまったようで、瞼を開ければトレイの食器をテーブルに乗せている魔物の後姿が見えた。
体を起こした弾みで寝台が軋み、魔物が振り返る。
だが、何を言うわけでもなく、運んできた食事を全てテーブルに乗せ終わると、そのまま部屋を出て行こうとした。
「あ、待って!」
英二は慌てて寝台から飛び出し魔物の傍へ走りよる。
ドアノブに手をかけたまま振り向いた魔物は視線だけで先を促した。
「えーっと、オレ、明日帰ろうかと思って。あの、看病してくれてありがとうございました。それから、魔物だっていうだけで、災厄の原因なんじゃないかとか、疑ってごめんなさい」
深々と下げた頭を上げると、魔物が驚いた顔をしているのが見えて、英二は少し笑う。
「村のみんなにもここの館に住んでる魔物は悪い奴じゃないって言っとくね」
「・・・余計なことは言わなくていい」
「なんで?ちゃんと言っとかないとみんなに誤解されたまんまになっちゃうよ?」
「それでいい。・・・俺はここで誰にも邪魔されず静かに暮らしたいんだ」
「・・・1人でいて寂しくない?」
「・・・・・・・・・」
魔物は何か言いたげに口を開きかけ、英二はその言葉を待ったが、結局何も言わずに魔物は部屋を出て行った。



**



部屋を出た後、大石は沸き起こる焦燥感にかられてじっとしていられず、広い館を闇雲に歩いた。
いつの間にか最上階の部屋まで来ていて、大石は詰めていた息を溜め息と共に吐く。
この部屋は窓に鎧戸が無く、陽の光に弱い大石はめったに足を踏み入れない。

青白い月が照らす中で立ち尽くし、大石は固く目を閉じる。
明日帰ると言われて、自分でも予想していなかったほど酷く動揺した。
こうなることが恐くて極力接しないように気をつけていたつもりだった。
大石は目を閉じたまま、片手を額に当てて必死に繰り返す。

駄目だ。
忘れろ。
人間と同じ時の中で生きることはできない。

駄目だ、駄目だと繰り返す頭の片隅には、先程の笑顔が浮かんで消すことができない。
まるで、いとも容易く手が届きそうに見える、決して叶わぬ願い。
たとえ手にできたとしても一瞬で消える、儚い夢。
大石は崩れるように膝をつく。
熱を持たない青い月だけが大石をそっと包むように照らしていた。




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