everlasting 7
勝手に館への滞在を延長すると決めてしまった人間を大石は諦めに近い気持ちで認めた。
正確には帰れ帰らないの押し問答の末に大石が折れたのだったが、心の底に帰って欲しくないという思いがあったからこそ強く拒否できなかったのは事実だ。
雪が降ったら帰る、そういう約束になった。
冬に晴天の日が続くほうが珍しく、雪はいつ降ってもおかしくはない。
大石は、少しでも長く晴れの日が続くようにと祈る。
共に過ごす時間が長ければ長いほど、相手のことを知れば知るほど、そして言葉を交わせば交わした分だけ後の苦しみは大きくなる。
それでも、共にいることを望んでしまった。
魔物である自分を恐れずに接してくる人間。
それは人から魔物になり、永い時を1人で過ごしてきた大石にとって、抗い難い甘い誘惑だった。
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バタンと部屋のドアが開く音がして、「見つけた!」
と楽しそうな声がした。
自分が過ごしていた部屋を彼に使わせている間、大石は他の空き部屋を移動している。
積極的に深く人と関わることにまだ恐れや躊躇がある為だが、なにか用があると彼はこうして大石を探し出してしまう。
1度出口まで案内した時にこの館の大体の構造を理解したようだった。
「・・・今度はなんだ?」
「ご飯作りたいんだけど、台所ってどこ?」
読んでいた本を閉じて長椅子から起き上がった大石を案内してくれと彼が手招く。
どこから見つけてきたのか手には小さなランプを持っている。
「ここって真っ暗じゃん?これがあればオレでも迷ったりぶつかったりしないで歩けるからさ」
ランプに照らされた顔が笑う。
先に立って館の中を案内している間も、彼はあれこれと大石に話しかけてくる。
人と話すのは久しぶりであるせいか、返す答えは無愛想なものになったが、彼は気にしていないようだった。
「ねぇ、魔物ってさ、ちょっと呼びにくいんだけど、名前無いの?無いなら適当に名前付けていい?」
「・・・大石」
「オーイシ?ふんふん、魔物、ってより言いやすくっていいじゃん。そんじゃこれからオーイシって呼ぶね。あ、オレは英二だよ」
「・・・・・・」
「英二。言ってみて。ほら」
立ち止まった彼に腕を引かれて大石も足を止め振り返る。
「・・・エージ」
「うん、そう。これからはオレのこと、英二って呼んで」
頷いた大石に笑って彼が歩き出す。
また先を歩きながら、背後を付いてくる彼の、たった今見た笑顔を脳が反芻する。
小さなランプの灯りよりも、よほど陽の光の方が似合うだろう。
燦然と輝く明るい陽の下で英二が笑うところを見てみたい。
・・・叶わぬ願いがまたひとつ増えたな。
大石は自嘲するように小さく笑う。
台所というよりは厨房といった体裁の部屋に着き、英二がその広さに感嘆の声を上げた。
「うわー、オレんちがそのまま入りそう!さすがに大きな館だと台所も広いんだぁ」
ランプをかざしながら忙しくあちこちへ視線を走らせる英二に、大石が食料貯蔵庫や調理台、水場と教えて歩く。
「こんだけ広いならここで食べれるね。作るからそこで座って待ってて」
人と同じ食事を取るのかどうかも聞かず、頭から食べると決めてかかっている英二に大石は半ば呆れながら、指し示された広い調理台の隅に椅子を寄せて腰掛ける。
確かここに来たばかりの頃は、魔物は人を食べると思っていたようだが、と内心苦笑しながら調理している後姿を眺めた。
人であった時の習慣で朝昼晩と規則正しく三食取ってはいたが、本来は人が食すような物は必要ない。
味覚は残っているので食べれば味も感じるが、食事を楽しむというよりは人であった頃を忘れない為の儀式に近かった。
大石が1番恐れているのは心までが魔物となって人であった時の記憶を失くし、本能のままに人を襲い殺戮を繰り返す存在になってしまうことだ。
人の感覚を持ち続けるが故の孤独は苦しく辛かったが、完全な魔物になってしまうよりは遥かにましだと思えた。
「できたよー」
英二に声をかけられて大石は深い思考の淵から帰還する。
いつの間にか台所には馥郁とした香りが充満し、鍋からは白い湯気が立ち昇る。
「はい、どーぞ。あ、おかわりもあるからね」
目の前に差し出された皿を受け取り、すぐ隣に英二が座るのを待ってからスプーンを手に取る。
口にしたスープの豊かな香りと舌に広がる深いコクを大石は美味いと感じた。
「んー、我ながらいい出来!どう?美味しい?」
「・・・ああ」
満足そうに笑って英二が食事を続けるのを見遣りながら、食べ物を美味いと感じたのは一体いつ以来だろうと大石は思う。
日に三食取っていても美味いとも不味いとも感じていなかった。
それはつまり、ただ機械的に体内に食物を取り込んでいただけだと気づいて大石は落胆する。
魔物となってからも続けている人としての生活習慣、朝に起きて夜に眠り、食事を取る、湯を使い体や顔を洗うこと、そして部屋を清掃し整えること、それらを行うことで人であった自分を忘れないようにしているつもりだった。
だが根本を無視しているなら、それは全てただ人間の生活を模倣をしているに過ぎない。
食事を美味しいと感じる、たったそれだけのことさえ1人では叶わないのだと思い知る。
「あのさ、オーイシはどうして他の部屋にいんの?」
スープを2杯平らげて、さらに3杯目を注ごうとしている英二が大石に聞く。
咄嗟にいい言い訳を思いつかず大石が返答に窮していると、「1人でいると退屈なんだけど」
と英二が続けた。
「本読みたいんなら静かにしてるからさ、あの部屋で読んでよ」
ね?と顔を覗きこまれて思わず頷いてしまい、嬉しそうに笑った顔を見たら大石はもう撤回できなかった。
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