everlasting 8
数日経っても雪は降らなかった。
山間の冬には珍しいほど晴天の日が続く。
深夜、大石は最上階の部屋で青く光る月を眺め、雪の予兆と思われる雲がないかを確認する。
明るい月を翳らせるものは何も無い。
明日もいい天気になるだろう。
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本を読むなら静かにしていると言ってなかったろうか。
大石は手にしていた本を机に置き、目の前で身振り手振りを加えながら笑って話している英二に内心で苦笑する。
もっとも、大石にとっても暗記するほどに読んだ本は暇潰しでしかなく、人間と同じ部屋で過ごす緊張にも慣れた今は、確かに本より会話の方が有意義な過ごし方だと納得できた。
いなくなった時の苦痛さえ覚悟してしまえば、久しぶりに現れた話し相手との時間は楽しい。
食料を調達する為、夜に町まで降りる以外は館から出ることがない大石に、外界の話は新鮮で面白かった。
家族や村の人々の話、季節ごとの祭りや遊びと、まるで大石に人間のことを知ってもらおうとするかのように英二は話す。
「それで、夏に雨が降らなかった時は、町から雨乞い師が来てお祈りをすんの」
「呪い師は昔もいたな。今でも存在するのか」
「うん、いるよ。こないだの雨乞いは失敗だったけど」
時折大石が質問を挟み、そしてそれに英二が答え、会話は発展していく。
今では英二の家族構成からそれぞれの人柄、村の行事までも大石は把握することができた。
食事は毎回厨房まで2人で行って、作ったその場で食べる。
後片付けを終えたらまっすぐ部屋へは帰らずに、英二に付き合って館の中を探索する。
永く住んでいる館だから部屋の数から構造まで知り尽くしているが、英二にしてみれば洋館自体が珍しく好奇心をそそられるようだ。
「あ、こんなとこにも階段があった!この先も部屋?」
「そうだよ。この時間だと俺は部屋に入れないから1人で行ってくるといい」
「入れないって、なんで?」
「鎧戸がないから陽が当たるんだ」
「そういえば、館中真っ暗なのは陽の光に弱いからって言ってたよね。・・・あのさ、陽に当たるとどうなんの?溶けちゃうとか?」
「燃えるんじゃないか?前に手を日差しに当てて火傷したことがある」
「ふぇぇ・・・燃えるんだぁ・・・魔物も結構大変なんだね」
想像したのか恐ろしげにふるふると体を震わせた英二は、大石の腕を引いて来た道を逆戻りし始めた。
「部屋は見て行かなくていいのか?」
「うん、今はいい。夜になったらまた来ようよ」
「・・・そうだな。ちょうど今夜は満月だ。綺麗な月が見れるだろう」
「そんじゃ、お団子作ってお月見しよ!」
お団子、お団子と節をつけて歌うようにしながら歩く英二の後姿を見つつ、大石は左手をさする。
今はもう消えているが、かつて左手の甲には陽の光で焼けた跡があった。
自分が異形の者になり陽の下に出られなくなったということを受け入れられず、細く開けた窓から差した陽光に手を伸ばした。
陽が当たった箇所はジュッと嫌な音を立てて、瞬く間に皮膚が焦げ黒く炭化した。
あの衝撃と恐怖は今でも忘れない。
ここへ来たばかりの英二にどうして館中の鎧戸を下ろしているのかと聞かれた時、陽の光に弱いとだけ答えた。
本当のことを教えて、眠りについている時に鎧戸を開けられればそれで終わりだ。
魔物となった日から自分の命への執着は無いが、焼け焦げて消滅するのは恐かった。
だが、今ならそんな心配は無用だったとわかる。
鎧戸のないあの部屋へ夜に行こうと言った英二の言葉は大石をひどく感動させた。
**
夜になり、月が昇る時間になってから、作ったお団子を持って大石と最上階の部屋へ向かった。
何も無い部屋だから寒いだろうと言って大石が渡してくれた厚手のコートに礼を言って受け取りながら、英二は不思議な気分で大石を見る。
一緒に暮らしていると、何かにつけ大石はこういった細かな気配りをしてくれる。
魔物ならではの怪異を起こしたりしないこともあって、英二はしばしば大石が魔物であるということを忘れそうになってしまうくらいだ。
長い間仕舞ったままだったというコートに袖を通すと、少しだけ古い匂いがして暖かい。
「・・・うわぁ・・・」
部屋へ入るなり英二の口から感嘆の溜息が洩れた。
壁と天井を全てガラス窓で覆った円形の部屋は、青い月の光が眩しい程に満ちている。
部屋の中央に立ち、上を見上げれば、真円の月が浮かんでいた。
「すごい、こんな部屋、初めて見た」
「気に入ったか?」
「うん!こんだけ窓があるなら、お天気の日に昼寝したら気持ちよさそー」
「冬は暖かくていいだろうな。下の階に長椅子がある。運んでくるか?」
「んーん、いらない。ここなら床で寝っ転がっても暖かそうだもん。それよりさ、前から思ってたんだけど・・・」
英二は大石をじっと見つめる。
金色の瞳を除けば人と姿形の変わらない魔物。
「オーイシって時々人間みたいなこと言うよね。見た目も人間っぽいし、・・・もしかして、前は人間だったりする?」
英二の質問に大石が瞳を伏せ、逡巡するように口を閉ざした。
少しして溜息と共に小さく呟く。
「・・・・・・そうだよ」
「えっ!?ホントに?ホントに人間から魔物になっちゃったの?どーして!?」
もしかしたらとは思っていたが、真実そうだったと聞かされて英二は驚愕する。
「・・・立ったままだと疲れるだろう。座らないか」
大石が小脇に抱えていたラグを床に広げ座るように促す。
英二が座ったのを見届けて大石も腰を下ろし、驚いた顔のまま話の続きを待っている英二に微笑んだ。
「俺は公爵家に仕えていた学者だった・・・もう千年以上昔になる」
青い月灯りの中、大石は深い記憶を辿るようにして魔物になるまでの経緯を話し始めた。
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