everlasting 9
大石が仕えていた公爵は時の権力者だった。
望む全ての物を手にした公爵は今の権力が未来永劫継続することを夢見た。
老いることもなく、病や怪我で死ぬことのない体があればそれは可能だと考え、行き着いた先は不老不死だった。
その話を聞いた大石達学者は、神の摂理に反すると公爵を説得したが聞き入れられなかった。
命令に従い古い書物や伝承を紐解き、大石達が東の国に不老不死の秘薬があることをつき止めたその日、公爵が不治の病に侵されていることが発覚した。
余命は幾許も無く、もはや1日の猶予もならない大石達は秘薬を手に入れる為急ぎ東へと旅立った。
秘薬があると記された洞窟は、人の寄り付かない聖域の山最深部にあり、辿り着くと中にはひっそりと石造りの棺だけが置かれていた。
公爵の残り時間にもっと余裕があれば、あるいは途中で立ち寄った村で聖域の真相を聞かされていれば、封印の施された蓋など開けようとはしなかっただろう。
だが大石達は棺を開けてしまった。
開けた後に何が起こったのかは覚えていない。
気を失った大石が目を覚ました時、辺りには仲間の骸が転がっていた。
洞窟内を狂喜に満ちた不気味な笑い声がこだまし、正体不明な金色の瞳を持つ者によって大石は自身の身に起こったことを知った。
「・・・オーイシだけが助かったの?」
「助かったと言っていいものかわからないけどな」
正直に言えば、なぜあの時に仲間達と共に死ななかったのかと、運命を呪ったことも一度や二度じゃない。
「元に戻る方法ってないの?」
「いろいろ調べてはみたけれど」
魔物となった身でどうにか国に帰り着いてみれば、すでに公爵は病によって亡くなっていた。
望みもしない不老不死を手に入れたせいで人としての生活ができなくなった大石は、それからの永い時を人目から隠れるようにして生きている。
「元が人間なら人間を食べたりしないよね・・・ごめん、オレ知らないで酷いコト言った・・・」
「気にしなくていい。俺も自分がこうなるまでは、魔物は人を襲って食うと思っていたから」
自分が魔物になったとわかってから、しばらくは恐怖と緊張の日々を送った。
いつ人の姿を失うか、人としての意識がなくなるかと、己の変化に細心の注意を払い、飢えを訴える魔物の血に抗って、今日まで人の心を保ってきた。
「・・・ずっと1人でいたの?千年以上も?」
「最初の数年は母と暮らして、母が亡くなった後は人里から離れた。俺は歳を取らないから人の中では長く暮らせない。洞窟で同族らしき魔物に会って以来、魔物とは出会わなかったし、魔物の仲間を探そうとは思わなかった」
魔物となら同じ時を生きていけたかもしれない。
だがそれは魔物としてなら、だ。
沈痛な面持ちで黙り込んだ英二を青い月が照らす。
大石も同じように口を噤んでそれを見ていた。
英二には月の灯よりも陽の光の方が似合う、そんな場にそぐわないことを考えながら。
どれほど心を痛めてくれても、これはどうすることもできない現実だ。
それなら悲しそうな顔をしないで笑っていて欲しい。
その大石の想いが通じたように英二が顔を上げる。
「お団子忘れてたね。食べよっか」
吹っ切るように笑った英二に、つられるように大石も笑う。
「そうだな」
**
その日を境に英二はますます饒舌になった。
まるで大石の孤独を埋めようとするかのように片時も傍を離れず、話したり笑ったりと忙しい。
そして、その気持ちは確実に大石の心に届き、闇しかなかった世界を光で満ち溢れたものに変えた。
今までもやむを得ず数日間だけ人間が館に滞在したことはあった。
誰もが魔物である大石を恐れ厭う。
英二のように話かけ、心を砕いてくれる者は皆無だった。
魔物になってから初めて幸福だと思える時間。
深夜、大石はこの部屋で一緒に暮らすようになってからの習慣で、英二の寝顔を眺め、安らかなその顔に自然と笑みを零した。
無意識に触れようとしていた手に驚き、伸ばしたそのままで宙に止める。
2週間近く一緒に暮らしたがまだ大石から触れたことはない。
触れてもかまわないかしばし逡巡し、髪くらいなら許されるかと手を伸ばす。
癖のある髪が指の間を通り抜ける感触に、無性に愛しさが込み上げた。
この時がずっと続けばいい。
大石の心に強く沸き起こる、願望。
だが、この小さな幸せの欠片を手にし、更なる願いを持ってしまったことが、皮肉にも魔物の血を呼び起こす結果となった。
押し込め固く蓋を閉ざしていたはずの、身の内の魔物が目覚める。
(仲間にしてしまえ)
魔が囁く。
嫌悪を催すようないやらしい誘惑の囁きは、恐ろしいことに自分の声なのだ。
(独りは寂しいだろう?)
(英二を永久に傍に置いておきたいだろう?)
(悪いことなんか何も無いじゃないか)
(永遠に少年の姿のまま老いることも病む事も無く)
(永久に永久に)
「・・・やめろ、・・・・・・やめてくれ・・・」
喉の奥で声にならない叫びを上げ、堪らず耳を塞ぐ。
ピリリとした痛みが耳に走り、何が、と手を見た大石の瞳が驚愕で見開かれた。
魔の心に呼応したのか、弧を描く鋭利な爪が長く伸びている。
背筋をぞっとしたものが駆け上がり、咄嗟に大石は英二の傍から離れた。
(英二を好きだろう?)
(英二も俺を好きなんだ)
(英二もずっと一緒にいたいと思ってる)
(永遠に一緒に生きていける)
(素晴らしいじゃないか)
(なにを戸惑うことが)
強く頭を振って大石は部屋を飛び出す。
だが、どこへ行こうとも魔からは逃れられない。
(あの笑顔を傍でずっと見ていたいだろう?)
「・・・いやだ、やめろ・・・!!」
そんなことを望んだ訳じゃない。
英二が明るい陽の下で笑うことができなくなる、そんなことは。
(仲間にしてしまおう)
「やめてくれ、それだけは・・・」
身の内の魔を切り裂こうとでもするように、長い鉤爪で自分の胸を切り刻む。
僅かな血が流れた後、傷は跡形も無く消えた。
光ひとつ無い館の中で荒い息をつきながら、歯を食いしばって必死に己の魔と戦う。
鎧戸のない最上階の部屋に入り、内側から鍵をかけた。
英二を仲間に、魔物にしてしまうくらいなら、陽に焼かれてでも魔を消滅させる。
だから、英二だけは。
身の内の魔を押さえ込もうと、死に物狂いで戦い続ける大石の目の端を白いものがふわりと落ちていった。
流れ落ちる汗もそのままに、まだ暗い窓の外を見る。
大石の悲痛な声が天に届いたのか。
夜明け前の暗い空からひとひら、またひとひらと、白い花びらのような雪が舞い落ちてきた。
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