fish 3




担任の竜崎先生の後について歩きながら小さく溜息をつく。
ずっとこんな調子でいるから、人に会うごとにどうかしたのかと聞かれてしまう。
これじゃいけないと思うけれど、こぼれる溜息がどうにも抑えられない。

エージの姿が魚に戻ってしまった。
それどころか名前を呼んでも知らん顔で、他の魚達に混じってひらひらと平和そうに泳ぐだけ。
もちろん、それだけでもエージは充分に綺麗なのだけれど。

生徒が溢れかえった賑やかな廊下を抜ける。
しばらくして生徒の数が少なくなった辺りに職員室の扉が見えてくる。

昨日寝る前まではあの愛らしい姿で泳いでたんだよな。
そう、夕べは一緒に満月を眺めてたんだ。
一心に月を見てる英二が可愛くて、そのまま見ていられるようにカーテンを開けたままにしておいたんだ。
あの時はエージって呼んだらいつもみたいにクルクルはしゃいでたのに。
いったいどうしたんだろう。夜のうちになにかあったんだろうか。
それとも一時的に元の姿に戻ってるだけで・・・

「ほれ、ボーっとしとらんで早く入らんか」

中へ入るよう促されてひとまず考え事をしまいこんだ。
朝から職員室に呼ばれた理由は、今日から来る転校生のことだ。
学級委員をやっている俺が、責任持って慣れるまで面倒をみるように言われた。
もちろんそれに異論はない。
先生に頼まれるまでもなく、転校生が1日も早くクラスに解け込めるよう喜んで協力する・・・・・・いつもなら。
だけど今の俺はなにをしていてもエージのことが頭から離れないでいる。
朝練でも部員達にずいぶん迷惑をかけてしまった。
・・・こんな余裕の無い時に、転校生の面倒なんて充分にみれるんだろうか。

「ああ、来たね」

竜崎先生の視線の先、職員室の入り口で、中をきょろきょろと見回している生徒がいた。
入っていいものかどうか逡巡している様子に、戸口まで迎えに行こうと足を踏み出した瞬間、目が合った。



***



大石だ!大石がいた!!

ごちゃごちゃと並んでいる机や人をよけながら、オレは大石を目指して走った。
見て見て!オレ、人間になったんだよ!もうガラスに邪魔されずに大石と一緒にいられるんだ!

「おー・・・」
「こらっ!待たんか!このバカもんがっ!」
「ぐえっ」

もうちょっとで大石に手が届きそうってところで、いきなり後から襟首を引っ張られた。

「げほっ・・・な、なにすんだよーっ!」
「なにじゃない!職員室の中を走ってくるやつがあるかい!まったく・・・」
「え?走っちゃいけないの?オレ、誰にもぶつかんなかったよ?」
「・・・やれやれ。大石、これが転校生の菊丸だ。見てのとおりだけどよろしく頼んだよ」

そうだ、大石だ!

「おーいし・・・」
「俺は学級委員をやってる大石。よろしくな、菊丸」

なんか笑いを堪えてるみたいな大石に疑問がわいてくる。だって、オレのこと菊丸って。
あ、もしかして、オレのことわかんない?

「大石、オレ、エージだよ。オレ、・・・・・・」

人間になったんだよ、って言おうとしたら声が出なくなった。
そうか、魚だったことは言えないんだって不二に聞いてたけど、喋れなくなっちゃうんだ。

「どうした?菊丸」
「え?あ、えっと・・・。オレね、エージっていうんだ」
「ああ、先生に聞いてるよ。菊丸英二だろ?」
「うん。だからさ、エージって呼んでよ」
「え?」
「エージ。エージだよ」

気がついてよ。
エージって大石がつけてくれたんだよ?

「わかった。これからは英二って呼ぶよ」

うー、だめだ、全然気づいてくんない。
いきなり人間になっちゃったからわかんないのかな。
でも、水槽のガラスに写って見えた顔と今の顔、おんなじなんだけどなぁ。
ま、いいや。ずっと一緒にいればそのうち気づくよね。
大石がオレのことわかんないわけないもん。

スピーカーから聞こえたチャイムの音と同時に、大石が先生に会釈した。
「それじゃ先に教室に戻ります」
「えっ?じゃオレも行く!」

職員室を出ようとする大石を慌てて追いかけようとして、また襟首を引っ張られた。

「お前さんはアタシと一緒に行くんだよ」
「えー・・・」
「また後でな、英二」

オレが先生に捕まってる間に大石は笑って行ってしまった。
人間になったらずっと大石と一緒にいられるって思ってたんだけど、これはちょっと難しそうだぞ・・・。
あー!そういえばせっかく大石に会ったのに、触ることもできなかったじゃん!!
おーし、がんばろっと。