fish 4




知らなかった。大石って鈍い。
オレが魚だった時はすんごいキメ細やかな、痒い所に手が届く〜みたいな世話してくれてたから、てっきりもっといろんなことに敏感なんだろうって思ってたのに。

水槽のガラスを爪でカツンと弾くと、泳いでた魚達が慌てたようにわらわらと散った。
大石の魚達。オレの元仲間、そして魚のまんまの元オレ。

オレが人間になってからもう3日も経つのに、大石ってば全然気づく気配なし。
まぁね、オレも人間になってみて、人間社会のことをいろいろ学んだりしてさ、魚が人間になるなんてあるわけないってのが常識だってことも知ったけど。
でも!でもさ。大石はオレがまだ水槽の中で泳いでた時に、形が人間っぽく変わったの見てるよね?
あれだって充分に普通じゃないわけじゃん?
なのに、なんでちょっとくらい、もしかしたらとか思いつかないんだよーっ!

「英二?なに水槽に向かってぶつぶつ言ってるんだ?」
「・・・ブツブツなんか言ってないよーっだ」
「なにを怒ってるんだ・・・」

大石の困った顔がガラスに写ってる。
相変わらずガラスも、中の水もキレイにしてある。
ちょっとでも長く大石と一緒にいたくて、学校の帰りに毎日大石んちに押しかけて来てるけど、部屋も水槽も汚かったことなんて1度も無い。
こういうの綺麗好きっていうんだよね。
大石がちゃんと掃除して水換えてくれるから、オレはいっつも気持ちよーく泳げたんだよなぁ。
・・・って、思い出してうっとりしてる場合じゃなーい!
早くなんとかしなくっちゃ。・・・って言ってもなぁ。
もうこの3日で思いつく限りのことはやってみたんだよな。全滅したけど。
このまんまじゃあと1週間で条件をクリアなんてできないぞ。

「英二・・・」
「怒ってないよ。ちょっと考え中なだけ」
「なにか悩みでもあるのか?俺にできることがあれば・・・」
「じゃー早く気づけ!」
「気づけって、なにをだ?」

例えばオレが魚のエージだってわからせるのが無理だとして。
最初から人間の菊丸英二だったってことにするじゃん?
そーするともっと難しいことになっちゃうんじゃないかって思うんだよなぁ。
だってさ、オレ、オスなんだよね。でもって大石もオスだ。
人間はオス同士でつがわない。魚だってそうだけど。

「ごめん、英二。わからないんだけど」
「あのさ、人間のメス・・・じゃなくて女の子になる方法ってある?」
「え?女の子にって・・・ええええっ!?」

オレか大石がメスになる方法があればなーなんて、まぁそんなのは無いだろって思ったけど、聞くだけ聞いてみたら大石がおかしくなった。
なんかアワアワしたり考え込んだり、1人で百面相して忙しそう。

「おーいし?」
「その、なんていうか、気を悪くしないで欲しいんだけど、つまり、英二は、その・・・女性になりたい願望っていうか、・・・そういうのがあるのか?」
「へ?」
「ごめん、話に聞いたことはあるけど、実際目の前にすると、なんていうか。いや、英二なら女の子になってもすごく可愛いとは思うけど!」

あれれ?なんか変なことになってるっぽいぞ。
オレはただ単に、どっちかメスなら簡単なのにって思っただけで。
それにしても、大石のこの反応。もしや人間ってオスがメスになったり、メスがオスになったりすんの?

「別に女の子になりたいってワケじゃないんだけど」
「・・・なんだ、脅かすなよ・・・」

はーっ、と大きく息を吐いた大石がおかしくて笑っちゃう。
そうだよね、女の子になった大石なんて想像がつかないし、オレもこのまんまがいい。
だいじょーぶ、オレが魚だった時は大石とラブラブだったんだし、オス同士でもなんとかなるって。

水槽の前から離れて、大石の横へくっついて座る。
人間になってよかったと思うのはこんな時だ。
魚だった時はなかなか直に大石に触ることができなくてもどかしかった。
大石は最初のうち、こうやってくっつかれるのに慣れなくてモゾモゾしてたけど、今は笑って迎えてくれるようになった。
オレね、大石がそうやって笑ってんの好き。
嬉しくなって頭をコテンと大石の肩にのっけると大石がまた笑う。

「なぁ、英二」
「なーに?」
「本当に悩んでることや困ってることがあったら言ってくれよ」
「・・・うん。ありがと」
「俺にできることなんて、たいして無いとは思うけど。少しでも英二の力になりたいから」

『だいじょーぶだよ。だって大石にしかできないもん』
本当のことは言えないから、心の中だけで答えた。
オレ、やっぱり大石が好き。大好きだよ。
ちょっとくらい鈍くったって、オレのこと全然気づいてくれなくたって、そんなのどーってことないくらい。
だからもっと頑張ろう。
ちゃんと人間になって、これからもずっと大石と一緒にいられるように。

隣にある大石の腕をぎゅっと抱きしめて目を閉じた。
かすかに揺れた空気で大石が笑ったのがわかる。

「・・・英二は甘えん坊だよな」

そう言って、優しい手がオレの頭をなでた。




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