fish 5
委員会の会議が終わってやっと昼休みに入ることができた。
今日はわりとスムーズに話し合いが進んだから、ちゃんと昼食を摂る時間はありそうだ。
ひどい時は5分しかなかったり、食べれるだけマシなんてこともある。
教室に戻ると楽しそうに笑う賑やかな声が聞こえてくる。
数人の声に混じってもちゃんとわかる、英二の少し高い声。
見れば机を椅子代わりに腰掛けた英二の周りに、クラスの連中が集まっている。
明るくて人懐っこい英二はすっかりクラスに馴染んだみたいだ。
とても5日前に転校してきたなんて思えない。
男女問わず楽しそうに騒ぐその中心には、いつも英二の姿がある。
「あっ!大石、帰ってきた!おーいしー」
輪の中から飛び出してくる英二に片手を上げて答えながら、突き刺さる名残惜しげな級友の視線を受けて苦笑いがこみ上げた。
英二は初日からこんな調子で、俺の姿を見かけると話をしていようが遊びの最中だろうが飛んでくる。
最初はあれこれ引き止め工作に走っていた級友達も、今ではすっかり諦めたようだ。
「もうオレ、腹減って死んじゃいそうだよ〜」
「遅くなるかもしれないから、みんなと先に食べてって言っただろ」
「やーだよーん。オレは大石と食べるんだもん。さ、メシメシ〜」
言うなり俺の前の席から椅子だけ陣取って、机の上に弁当を広げ始めた。
早く早くとせかされて俺も急いで弁当を取り出す。
「あ!大石のおかず、エビフライだっ!オレの玉子焼きと交換しよ?」
「いいよ」
「やったー!プリプリエビフライ〜♪オレ、エビがこんなに美味いなんて知らなかったよ。今度どっかで泳いでる時に見つけたら、噛りついちゃうかも」
「英二、エビフライは泳いでないぞ?」
「ぶっ!あったりまえじゃん!こんなの泳いでたら笑うって」
だってこんなふうに泳ぐんだよ?って言いながら、英二は噛りかけのエビフライを箸でつまんだまま、ぴょこぴょこ動かして大笑いしている。
英二の発想は面白くて、なんでもない話をしているはずがいつのまにか腹を抱えて笑ってることも多い。
好奇心が旺盛で、面白いものを見つけるのが上手な英二はいつも楽しそうだ。
ただ少し気になるのは、そんな英二が時折ひどく深刻そうな、もの言いたげな眼差しでじっと俺を見つめている時があることだ。
なにか俺に言いたいことがあるんだろうと思って聞くと、困ったような顔をしてはぐらかす。
知り合って5日やそこらでなんでも話して欲しいなんて傲慢かもしれない。
でも、俺は英二が望むことなら、できるだけ叶えてやりたいと思ってるのに。
「大石は玉子焼きって好き?」
「え?ああ、好きだよ。弁当のおかずの定番だよな」
「そっか。それじゃオレ、今度作ってみよっかな」
「英二、料理するのか?」
「したことないけど。でも料理って面白そうじゃん?」
玉子焼きを食べながら、入ってるのは玉子と砂糖だな、なんて味の検討をしてる。
英二がまたひとつ、興味のあるものを見つけたようだ。
いつもこうして笑っていてくれれば俺も安心できるんだけど。
なにかを伝えたがっているような英二の瞳は、今はいないエージを思い起こさせる。
正確に言えばいなくなったわけじゃなくて、普通の魚に戻ってうちの水槽でのんびり泳いでるけれど。
それでも俺はあれがエージだとは思えない。
だって、エージはショップの水槽にいた時から他の魚とは少し違っていた。
とても綺麗で優雅な姿をしているのに、やんちゃで活発でユニークで。
なんていうか、変な言い方だけど、今の状態は『エージ』の部分だけがすっぽり抜け落ちてしまったみたいな感じなんだ。
「あっ!お昼休み、あと6分しかないよ!」
「食べるだけで終わっちゃったな」
「大石と遊ぶ時間が無い〜!また今日も学校の帰りに行っていい?」
「いいけど、毎日寄り道しておうちの人に叱られないか?」
「だいじょーブイ!」
満面の笑顔でVサインを掲げた英二に、俺も笑ってVサインを返した。
転校初日から毎日、英二は学校の帰りにうちへ来る。
学校にいる時はそれほどでもないけど、部屋で2人になると英二は必ずくっついて甘えてくる。
なんだか照れくさいような、くすぐったい雰囲気だけど、悪い気はしない。
そういえはエージも俺にくっついていたがったよな。
いつも水槽のガラスに張り付くようにして。
エージと英二。
名前だけじゃなく、その行動も姿形もなにかと共通点があるけれど。
・・・まさか、な。
いくら入れ替わるように現れたからって、そんなことあるはずない。
英二はどこをどうみても普通の人間じゃないか。
我ながらあまりに馬鹿馬鹿しい想像に苦笑いが漏れた。
「なに、どーしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「思い出し笑いする人ってエロいんだって。大石はエロい?」
「おいおい」
おかしなことを言い出す英二を軽く小突くと、笑って腕にじゃれついてきた。
無邪気な仕草が可愛くて、つい頭をなでてしまう。
転校してきた英二が俺のクラスに入ってくれてよかった。
青学は高等部もあるから、何事も無ければこれからもずっとこんな風に過ごしていけるだろう。
英二と一緒に。
→6