fish 7




目覚めて部屋のカーテンを開けるとまっすぐに差し込む朝日。
眩しさに目を細めて、ひとつ溜息をついた。

昨日の夜、英二とケンカをした。いや、正確にはケンカと言わないだろうけれど。
日曜日で朝からうちへ遊びに来ていた英二と、いつものように話をしたりして楽しく過ごしていたのに、なぜか突然怒り出した英二はそのまま帰ってしまった。

どうして怒っているのかわからなかった俺は、とにかく宥めようとしたけれど、それも逆効果だったらしい。
連絡を取ろうにも英二は携帯電話を持っていなかったし、俺は英二の自宅の電話番号も、それどころか住所すら知らなかった。
どうすることもできなかった俺は1人になってからずっと、英二が怒るまでにしていた会話を繰り返し反芻したけれど、全く原因がわからない。
同じクラスだから学校に行けば英二には会える。
でも、ちゃんと話をしてくれるだろうか。

重い気持ちは溜息に変わる。
こんなことで英二と仲違いしたままにしたくない。
それにはちゃんと話をしないといけない。俺が悪いところはきちんと謝らないと。
まだ英二の怒りがおさまっていないようなら、ゆっくり、何日でもかけて。
仲直りする為にはそのくらいなんでもない。英二は俺にとって、なんていうか特別で、大切なんだ、とても。
玄関で靴を履きながら、心の中で気合を入れる。
いってきますと家族に声をかけてドアを開けた。

「おっはよー、大石」
「え、英二!?」

ドアを開けたすぐ目の前、黒い鉄製の門を背にした英二が手を振っている。
あっけにとられている俺の前につかつかと歩み寄ってきた英二は、突然「ゴメン!」と頭を下げた。
・・・どうなってるんだ。なんで英二が謝ってるんだ?

「ごめん、英二。えーっとつまり・・・」
「あのさ、昨日のあれって八つ当たりなんだ。だから、ゴメンナサイ」
「八つ当たり・・・」
「うん。大石は悪くないよ。・・・オレが勝手に怒っただけ。ほんっとゴメン!」
「俺がなにかしたから怒ったんじゃないのか?」
「・・・違うよ。ね、もう八つ当たりなんかしないって約束する!だから、許してくんないかなー。ダメ?」

本当にそれだけなんだろうか。
夕べの英二を思い出す。
怒って出て行く前に一瞬見せた悲しそうに歪む顔。

「英二、」
「あー、やっぱダメ?許せない?」
「いや、許すもなにも俺は怒ってないよ。それより、」
「ホント!?はぁー、よかった。大石に嫌われたらどうしようかと思っちゃった」
「嫌うなんて、そんな訳ないだろ」
「・・・うん、ありがと。さーて、そんじゃ気分もすっきりしたとこで!学校行こ!遅刻するよ」

遅刻するほど長話なんて・・・と時計を確認してぎょっとした。
これじゃ全力疾走しないと間に合わない。

「英二、走るぞ!」
「まかせとけって!おーし、学校まで競争だっ!」

言い終わる前にもう走り出してた英二に遅れないように俺も全速力で走り出す。
本当のところは結局わからないままだけれど、話すチャンスならこの後いくらでもある。
とにかく今は遅刻せずに済むことを祈って、ひたすら走り続けた。



***



オレも大石も間一髪ギリギリセーフで教室に飛び込んだ。
ぜーぜー言いながら席に座り大石にVサインを送ると、笑った大石からもVサインが返ってきた。
よかった、大石はいつもどおりだ。
オレが人間でいられる最終日にクチもきいてもらえないなんて最悪だもんね。

佐伯なんかに言われなくたって、オレの中ではずっと不安と期待がぐるぐる渦巻いてたんだ。
タイムリミットが近づくにつれてだんだん焦ってきて、昨日はそれがピークに達した。
だからダメだってわかったとたん、大石にすっごい文句言って飛び出して。
めちゃくちゃ後悔した。
大石がオレのことを友達だって言うなら、オレが大石と一緒にいられる時間は今日の23:59までだ。
・・・怒ってるヒマなんか無い。

大石はオレをとっても大事な友達だって言ってくれた。親友だと思ってるって。
へへっ、すごいよね。オレ、あんなに慎重な大石相手にたった10日で親友になっちゃった。
あーあ、やっぱ、敗因は時間だよなー。や、負け惜しみじゃなくってさ。
だってオレ、すっげー頑張ったし。
この調子でいけば大石はもっともっと、もーっとオレのこと好きになったのになぁ、残念。

退屈な授業が始まる。
真剣な顔で勉強してる大石をオレはこっそり盗み見る。
キリっとしててさ、カッコいいんだよね。
真面目な顔も、優しく笑う顔も、ちょっと困ったみたいな顔も、どれも全部好き。
こうやってここで大石のこと見てられるのもこれで最後かぁ。

・・・・・・。やっぱダメ。諦めらんないよ、大石。
もっと一緒にいたい。もっとずっと、ずーっと大石の側にいたい。
ダメなのかな。もうホントに間に合わないのかな。
黒板の上にある時計は9時38分を指してる。
まだ時間はある。まだ、あるんだ。
・・・諦めたくない。
よーし、こうなったら最後の最後まで、とことんやってやる。



***



「ね、今日さ、大石んち泊まりにいきたい。いいよね?」
「え、明日は休みじゃないぞ?」
「わかってるって。ねー、いいよね?ね?」

弁当を食べてる箸を離さないまま、器用に両手を拝むように合わせた英二が「いいって言えー!」と、半ば脅迫じみたお願いをしている。
まぁ、明日一緒に登校すればいいんだし、英二のおうちの許可が取れればいいか。

「いいよ。でも、ちゃんと家に電話して、泊まっていいか聞くんだぞ?」
「うん!やったぁー!大石といっぱい遊ぶぞー!」

だから明日は学校が、と言いかけたけれど、英二があんまり楽しそうにはしゃいでいるから、つられて笑ってしまった。
いいか、昨日のこともちゃんと聞きたいし。
英二はもういつもみたいに笑ってるけど、俺はどうしても昨日のことがひっかかる。
俺の何が、英二をあんなに怒らせるほど傷つけたのか知りたい。
英二とはこれからも一緒にいたいから。
もう、あんな悲しそうな顔はさせたくないから。




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