fish 9




目の前で強い光が弾けて、眩しさに目を閉じた。
次に目を開けた時には、オレは白銀の世界にポツンと1人で立っていた。
ここがどこかはすぐにわかる。
大石の部屋の窓から見上げていた、半分になった月だ。

溢れてた涙を拭う。
どれだけの時間を大石と一緒にいてもそれで足りることなんて無いのはわかってる。
・・・でも時間はまだあったはずなんだ。
大石の部屋にいた時、ちょうど停電になる前に見た時計は23時19分だった。
あと40分もあった。もっと大石と一緒にいられたはずなのに。

最後まで頑張ったけどやっぱりダメで、もう消えるしかないってわかってて、だからなおさらギリギリまで側にいたいと思った。
大石が心配するから、消える直前までってわけにはいかないけど、適当な口実を作って3分前に部屋を出るくらいならできそうだったのに。これじゃ滅茶苦茶だ。

・・・大石、びっくりしてたよな。オレだってびっくりしたもん。

それにしても、どうして時間より早く、それも月に来ちゃってるんだろう。
大石が魚だった時のオレの話をしてたからかなぁ。
でも、そんなルールは不二から聞いてないし。
オレ、ここで消えるのかな。
もう、大石の顔見れないのかな・・・。

「おかえり、菊丸」

ふいに後から声をかけられて、はっとして振り返る。
何も無い真っ白な空間がゆらゆらしたと思ったら、少しずつ人の形を取り始めた。
現れたのは佐伯。

「もう諦めもついたよね。それじゃ人型の魔法を解くから、ここで俺達と一緒に暮らそう」
「もしかして、オレがホントの時間より早く戻ってきたのって・・・」
「24時になってしまったら取り返しがつかないからね」
「なっ・・・なんでそんな勝手なことするんだよーっ!!!」

瞬時に頭に血が昇る。
決めてたのに。たとえ消えても最後まで大石と一緒にいるって決めてたのに!

怒りにまかせて佐伯に殴りかかる。
ヒラリとよけられたけれど体を捻って追撃した。
拳は佐伯の鼻先をかすって紙一重の差でまたよけられる。

「わっ、意外と凶暴だ。おっとっと、これはちょっと危ないぞ」

なおも殴りかかろうとしたところで、急に体が光の洪水に包まれた。
眩しさに目を閉じても瞼の中まで光が進入してくる。
体中に光が流れ込んでくる感覚。
そうだ、覚えがある。
これはオレが人になった時の、あの光だ。




***




今はもう淡い光がかすかに残るだけになった空間。
目の前で英二が消えた。
すぐ側にいたのに、どうすることもできなかったなんて。
悔しくて、情けなくて、握った拳が震える。

暗い部屋に残る光は細く月へと続く。
月。
エージがいなくなった時も満月の光が部屋に差し込んでいた。
開け放たれた窓から月を見上げる。

なんの根拠も無い、非現実的な話だと思う。
それでも、エージと英二は、あの月にいるんだと確信した。

・・・どうして俺の大切なものをみんな攫っていくんだ。どうして。

細い銀の糸のような月の光。

取り返す。必ず。

躊躇も恐れも無かった。
俺は部屋の窓から白く冷たい光を放つ月へ向かってダイブした。



夜空を泳ぐようにして月を目指す。
右手に巻き取るようにした細い光が命綱だった。
糸は何度も切れかけて、その度に落下しそうになる。
でも心の中で強くエージと英二を想うと握りこんだ光が強さを増した。
もう少し。あと少し。
渾身の力を込めて空を蹴る。
近づくにつれだんだんと月が大きく見えてくる。
どうにか月へ辿り着いた俺を迎えたのは、茶色の髪をさらさらと揺らす同じ年頃の少年だった。

「すごいな、自力でここへ来るなんて。エージを迎えに来たの?」
「やっぱりエージはここにいるのか。英二は?」

少年は一見愛想の良い、それでいて感情の読めない笑みを浮かべる。

「探してごらん。急がないと、もう時間が無いよ」
「・・・時間?なんのことだ?」
「話してていいの?間に合わなくなるよ」

時間というのはなんのことなのか。
それ以外にも聞きたいことは山ほどあったけれど、間に合わなくなるという言葉が嘘や誤魔化しには聞こえなくて、俺はエージ達を探す方を優先した。
白銀の月は地上で見るよりも広い。
どのくらい時間があるのかわからないけれど、とにかく走ろうと足を動かした。
だけど地を蹴る足が、まるで泥水に捕らわれたみたいに重い。

「ああ、そうだ。そのままじゃ動きづらいよね」

少年の声と同時に銀の光の粒がいっせいに体にまとわりつく。
目や口にまで入り込んでくる光を避けられず、体がグラリと傾いた・・・と思ったら、そのままの姿勢で俺は宙に停止する。
何が起こったのか自分の姿を見て驚いた。
手と足の先には青いヒレ。
そう、俺は水槽の中にいたエージみたいに、人の姿をした青い魚になっていた。




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