フユ ノ ヌクモリ




街はすっかりクリスマスの色になった。
前に大石と一緒に歩いていたのは確か11月の初めくらいで、その時はまだ気の早い店がちらほらと飾り付けをしていたくらいだったのに。
赤と緑のリボン、金のベル、チカチカと瞬くイルミネーション。
あちこちからいろんなクリスマスソングが流れてきて、前を歩いてるおじさんは片手に大きなケーキの箱を持って。

オレもクリスマスは大好き。
訳もなく楽しくなって気分が浮かれてくる、そんな日って1年にそうそう無い。
だけど今年のクリスマスは嫌いかもしんない。
すれ違う楽しそうな顔の人たちを見てるとどんどん気分が落ち込んでいく。

オレがやらかした、あの日。
あの日を消しちゃうことってできないのかな。
もし時間を戻せるなら、オレはこの先、一生、エビフライもカキ氷も食べれなくていい。
そう本気で思ってんのに神様はオレの願いを叶えちゃくれない。

もしかしたら大石もオレのこと、なんて思っちゃったのが間違いだったなぁ。
衝動にまかせてキスしたオレの唇はほとんど大石の頬に当たって、ほんのちょっと唇を掠めただけだったけど、それでもキスには違いなくて。
あの大石が椅子を蹴倒してまでオレから逃げるように離れた、それは言葉で伝えられるよりはっきりした大石の答えなんだ。
オレはなんの言い訳もできなくて、ただ居た堪れなくて大石のいる教室から走って逃げた。

あれから毎日オレも大石もなんだか舞台の上で普通の友達の演技をしてるみたい。
どこか緊張した顔で、それでも大石はいつもどおりを演じてくれて、オレもそれに合わせていつもの菊丸英二を、黄金ペアで大石の親友な菊丸を演じて。
なにやってんだろって思うけどどうしようもなくって、毎日妙に疲れる。
オレは自業自得だからしょうがないとしても、巻き込まれちゃった大石は気の毒、かも。

ああ、もう、クリスマスソングなんて、この世から全部無くなっちゃえばいいのに。
サンタもツリーもイルミネーションも、全部全部世界中から消え失せればいい。
それでみんな家でしんみりご飯食べてればいいんだ。



**



部活の後、俺が着替え終わった時にはもう部室に英二の姿は無かった。
ぎくしゃくする空気に耐えられないみたいに英二は逃げる。
これじゃまるで春の頃に逆戻りだ。

先輩たちに挨拶して部室を出る。
いつもならまっすぐ家に向かうけど今日は反対方向のバスに乗った。
25日、クリスマス。
俺の鞄の中には渡し損なった英二へのプレゼントが入っている。
これをどうしても今日中に渡したい。

バスに揺られてぼんやりと窓の外を眺めているとあの日の風景が蘇る。
止みそうで止まない雨、薄暗い教室、背中に感じていた英二の体温。
あと数ページの本はなかなか読み終わらなくて、何かを話してる訳でもないのに俺はずっと英二のことを考えていた。

英二の片思いの相手はあの日にはっきりとわかった。
俺は突然のことに驚いてしまったけれど、英二を拒否したわけじゃない。
それを英二に伝えたい。
俺たちは長く友達でいて、なんでもわかりあっているように錯覚してしまうけど、本当はわからないことの方が多い。
だから離れていたら駄目なんだ、英二。
傍にいれば見えることも離れていたら見えなくなる。

バスが駅に着く。
英二はきっとあの場所にいる。
たぶん、たった1人で。



**



いつの間にかオレは広場にある大きなツリーの前に立っていた。
まだなんの飾り付けもなかった頃に大石と来た、あのツリーだ。
クリスマスの今日、すっかりおめかしを終えて、主役だって顔してピカピカと綺麗に瞬いている。

大石と見たかったな。
伝説とかはどうでもよくて、ただこんな綺麗なツリーだから一緒に見れたら楽しかっただろうなって思う。
綺麗だねって言って、クリスマスプレゼントの交換をして、ツリーの周りにたくさんいる恋人たちみたいに、幸せそうに笑って。


・・・なんか、ひとりでここにいるのが虚しくなってきた。
帰るか。


ふいに光が、オレの周りにも1つ、2つと小さくきらめいて目を瞠る。
なんだろうと思っていると、誰かが雪だ、と言ったのが聞こえてオレは空を見上げた。
夜空からひらひらと落ちてくる雪が、ツリーのイルミネーションを受けてキラキラと光りを放つ。
「綺麗だな」
うん、そう、オレもそう思った。って、え?
聞き慣れた声に慌てて振り向くとすぐ後ろに大石がいた。
あんまり驚き過ぎてバカみたいに口を開けたまま声が出ないオレに、ちょっと笑った大石は、鞄から包みを取り出してオレに差しだす。
「メリークリスマス、英二」
「え?あ、だって」
なんでここにいるんだとか、なんでクリスマスプレゼントなんだとか、どうしてオレにとか、色々こんがらがってうまく言葉にならない。
「ホワイトクリスマスはロマンチックでいいけど、少し寒いな」
混乱中のオレをよそに、そう言った大石は辺りを見回して、オレの腕を引いた。
広場のベンチはカップルたちに占領されてて座れないから、オレたちは広場を囲む鉄のポールに腰掛ける。
自販機で大石が買ってきてくれたココアを貰って、その温かさにちょっとだけオレは落ち着いた。
「よくオレがここにいるってわかったね」
「なんとなくそんな気がしたんだ」
雪はひらひらと降り続け、繁華街からのクリスマスソングが微かに聞こえる。
「・・・あのさ、大石、」
「嬉しかったよ、英二の片思いの相手が俺で」
「え?」
思わず隣に座る大石を見る。
大石は正面にあるツリーの方を向いたまま、だけど、と言葉を続けた。
「まだ俺自身の気持ちが自分でもはっきりとはわからないんだ。英二のことは大切だし好きだと思う。ただ、それが恋とか、そういうものかどうかが判断できないんだ。俺は元々そういうのに疎いし」
困ったように溜息をついた大石がオレを見る。
「優柔不断みたいで格好悪いけど、こういうことは適当にしたくないし、その、少し時間を貰えないかな」

大石がじっとオレを見る。
片やオレはポカンと呆けてるだけで返事ができなかった。
大石の言ってる言葉は理解できてたけど、なんていうか、うまく飲み込めなかった。
信じられないっていうか、なに言ってんだろ、って感じで。
だって、もうダメだって思ってたんだよ。
毎日あんなに不自然な態度で無理してたら、もう相棒でいるのも友達でいるのもダメだろうなって。
そうだよ、だって、大石だって、態度おかしかったじゃん。
それを今になって、急にそんなこと言われたって。
「英二?」
「・・・オレと話してる時とか、大石、すっごい強張った顔してたじゃん。あのさ、こういうことはダメならダメってはっきり、」
「そりゃ緊張するのは仕方ないだろ。緊張っていうか、変に意識するっていうか」

照れたように顔を赤らめて頭を掻く大石に、なぜかオレは突然キレた。
意識してキンチョーしたって?
ちょ、待ってよ、オレが毎日どんな思いでいたか。
「はぁ!?意識するって、そんなであの態度?大石、わかりにくすぎ!」
「なっ、元はと言えば英二がキスとかしてくるからじゃないか!」
「だって、あの時はそーいう気分に、」

そこまで言ってオレと大石はハッと辺りを見回した。
どうやらかなり大声で、とんでもないことを喚いちゃったようで、オレたちは周りのカップルたちの注目をこれでもかってほど浴びてる。
「えと、場所、変えよっか」
「そう、だな」
大石と2人でそそくさと広場のツリーを後にする。
早足で歩きながらオレは笑いが込み上げてきて仕方なかった。
我慢できずに足を止めて笑いだすと隣で大石も笑ってる。
「ぜーったい男同士で痴話ゲンカって思われたって!」
「しばらくあの広場には行けないな」
繁華街の裏道でオレたちは2人でしばらく笑い転げてた。
そう、この感じ。
誰といるより楽しくて、安心できて、気持ちよくて。
「ね、おーいし。オレは待ってたらいいことあるのかな」
大石は一瞬、なんのことだ?って顔をしてたけど、すぐにオレがさっきの話の続きをしてるって気づいた。
笑ってごく自然にオレの手を取って繋ぐ。
「英二と同じ所に立つ自信はあるよ」
「そっか。なら待ってる」
オレと同じところへ、オレと同じくらい好きの気持ちを持って、いつか来てくれるなら。
大石は必ず約束を守ってくれるって知ってるから、オレは待つよ。
いつまでもずっと。




→end                                                                                                                             (09・12・25)