海に咲く夢・番外編 /色気 1
青い空と青い海、他に見えるのは小さな島影と跳ねる魚だけ。
追われることのなくなった船は平和な航海を続けている。
本来ならば享受すべき平和だが、平和が過ぎれば退屈を生み出し、そして退屈は忙しくしている時には気づかないことを気づかせる。
「ねー、仁王。柳ってさぁ・・・」
マスト上の見張り台、何事も起きていない海を眺めているのに飽きてしまった英二が、双眼鏡をくるくると弄びながら、すぐ傍らに立つ仁王に話しかけた。
「柳が、なんじゃ?」
同じく緊張感に欠けた様子であくびを噛み殺す仁王がやる気なさげに返事をした。
「柳と一緒にいるとさぁ、なんかこう、時々、ドキッ!とすんだよね」
「・・・意味がわからん」
「仕草とか、表情・・・っていうよりも目かなぁ。たまーに、なんだけど、ドキドキする」
「ああ・・・、柳は色気があるからのぅ」
まったく監視など行っていない監視役2人は揃って船の甲板に目を落とす。
そこには海図を片手に柳と大石が並んで話している姿があった。
この2人は担っている役割から一緒にいることが多く、2人でいる姿は頻繁に目にする。
柳が大石に対して持っているのは忠臣としての尊敬や信頼、そして友人としての情愛であることを知っているから、英二が柳に対して妬くことはない。妬くことはないのだが。
「・・・おーいしも柳見てドキドキしたりすんのかなぁ」
複雑な表情で2人の姿を見ている英二に仁王がニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃするじゃろ。大石も男じゃし」
言えば仁王の予想通りにむっとした顔で英二が睨んでくる。
「・・・オレは?」
「王子はまだ子供っぽいからのぅ」
「柳とオレって同い年じゃん!」
「歳は関係ないんよ。まぁ、そう腐りなさんな。王子も大人になれば色気も出るきに」
「オレ成人してるし、もう大人なんだけど。これ以上どーすれば大人になれんの?」
「教えて欲しいか?」
伸びてきた仁王の指についと顎を持ち上げられて、反応の遅れた英二が目を見開く。
楽しそうに目を細めた仁王の顔が間近まで迫ってきて、鼻がぶつかりそうな距離ですっと逸れた。
「俺が大人にしてやってもいいぜよ?」
耳元に吐息で囁かれて、英二は思わず仁王を突き飛ばした。
「な、なにすんだよーっ!仁王のバカ!変態エロ親父ーっ!!」
首まで真っ赤に染めて耳を押さえた英二は大声で喚いた後、物凄い早業で見張り台を降りていった。
「くっくっく・・・退屈せんのう」
ひとしきり笑い、笑いすぎて浮かんだ涙を指先で拭った仁王は、英二の走り去っていった甲板に目を落とし、そこに険しい表情を浮かべている大石と呆れたような顔をしている柳を見つけた。
手にしていた海図を柳に手渡し、見張り台へと向かってくる大石に仁王はしまった、と思いつつも、楽しい遊びに危険は付き物と考え直して、迫り来る危機をどうやって乗り切るかを考え始めた。
いまだ変な感じの残る耳を時々擦りつつ、英二はぶつぶつとこぼしながら甲板を歩いた。
仁王にからかわれるのはいつものことだが、納得いかないのは間近で見つめられた時にドキッとしたことだ。
あれも色気の一種なら、仁王にも柳と同様色気があり、大人だということになる。
「そーいえば、大石にもドキドキさせられるんだよなぁ。んじゃ、大石も色気があるってこと?え、じゃ、色気ないのってもしかしてオレだけ!?」
そんなぁ、と落ち込みそうになった英二の視界に、甲板後方で釣りをしている慈郎と日吉の姿が目に入った。
咄嗟に頭の中で慈郎と日吉にドキドキしたことがあるかを確認する。
「ん。だいじょーぶ。ドキドキしたことないぞ」
慈郎と日吉にしてみれば些か失礼な結論だったが、同士を発見した英二は上機嫌で釣りをする2人のところへ歩いていった。
「・・・は?色気、ですか?」
思いっきり怪訝そうな顔で日吉が聞き返す。
「うん、そう。やっぱ、日吉も色気のある人がいいなーって思う?」
「俺はあんまりそういうのは好きじゃないです。清純で清楚な人がいいですね」
「へぇー、そうなんだ。でも、日吉にはそーいう人が似合いそうかも。慈郎は?」
「俺は〜、寝ててもいいって、言ってくれる人〜」
半分しか開いてない目でゆらゆらしながら答える慈郎に、英二と日吉はそうだろうな、と頷く。
「あと〜、でかくて〜がっちりした人〜」
これには英二と日吉が顔を見合わせて首を傾げた。
「でかくてガッチリ?黒羽とか真田みたいなのってこと?」
「慈郎さんは小柄ですから、大きな人に憧れるんじゃないですか?」
「あー、それならわかるかも」
納得してうんうんと頷いていた英二に、慈郎が「違うよ〜」と半眼の顔を向けた。
「でかい人を押し倒して〜、襲いたいんだよ〜」
「「ええっ?!」」
あまりにも意外過ぎる恐ろしい回答に、英二と日吉が同時に慈郎の傍から飛び退った。
「あれぇ〜?大丈夫だよ〜。王子と日吉は〜でかくないから〜」
えへへへと笑う慈郎は少女のように愛らしい。
事実、王女救出作戦では貴族の娘に扮しても全く違和感がなかった。
「・・・人は見かけで判断してはいけないという例ですね」
「ホントだね・・・。黒羽に気をつけるように言っといた方がいいかなぁ?」
色気についての研究をしていて思わぬ副産物を入手してしまった英二は、注意ついでに黒羽に話を聞きにいこうと日吉と慈郎の所を後にした。
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