海に咲く夢・番外編 /色気 2
黒羽を探して甲板を歩いていた英二は、船室のドア前で椅子の修理をしていた黒羽を見つけた。
「椅子、壊れたの?」
「寝台近くに置いてあるからな、時々寝ぼけて蹴っちまうんだ。この程度ならすぐに直せるから問題ねぇ」
椅子の足は前2本が完全に折れている。
よく見ればあちこちに修理をした後があった。
「もしかして、黒羽ってすごく寝相悪い?」
「なーに、ちっとばかり力が余ってるだけだって」
夜中に椅子を蹴り壊されたら、その物音でしょっちゅう目が覚めてしまうんじゃないかと考えた英二は、黒羽の同室者が慈郎だと思い出してその心配はいらないかと安心する。
だが、さっきの慈郎の発言から別の心配が浮かんだ。
「あのさ、黒羽って、慈郎と同室だよね?」
「ああ、そうだ」
「慈郎にさ、えーっと、その、・・・押し倒されたり、とか・・・襲われたり、とか」
「・・・はぁ?押し倒して襲う?・・・あの慈郎が、俺を、か?・・・・・・・・・プーッ、はっはっはっはっは」
珍妙な顔でしばし考えていた黒羽は、何を想像したのか吹き出すと同時に爆笑した。
「お、っまえ、慈郎って・・・、あーっはっはっは、ありえねぇだろ、はっはっはっは」
笑い転げてる黒羽に、英二もどんな図になるのか改めて想像してみる。
頭に浮かんだのは巨木にしがみついてる蝉のような慈郎の姿。
それは確かにありえないかもと英二も思わず吹き出した。
「あー、笑いすぎて腹がいてぇ・・・しっかし、なんでまた、そんなことを考えついたんだ?」
「慈郎が自分で言ったんだよ。でっかくてガッチリした人を押し倒したい、って」
「なに考えてんだ、あいつは。どうせ押し倒すならグラマラスな美女にしとけ、ってな」
「黒羽はそーいうのが好きなの?」
「俺か?まぁ、そうだな・・・色っぽい美人でグラマー、さらに楽しい奴ならいうこと無しだな」
「色っぽい・・・やっぱり色気だ」
うーんと唸ってぶつぶつ呟きながら考え込んだ英二に黒羽が首を傾げる。
「なんだ、どうした?いきなり深刻そうな顔して」
「オレも色気が出るようになりたいんだけど、仁王が大人にならないと、って・・・」
「ああ?王子が色気?駄目だ駄目だ。王子にはまだ早い!」
先程まで大笑いしていたとは思えない真剣な顔でいきなり、駄目だ!と猛反対されて、驚いた英二が目をパチクリさせながらも抗議の声をあげる。
「ええっ!?なんでー!」
「いいか、王子。仁王のいうことなんて真に受けてたら不良になっちまうぞ?王子はそのままで充分可愛いんだから、それでいいんだ。わかったな?」
「全然わかんない!んもー、どうして子供扱いになんの?これじゃ、まるで黒羽が年上の人みたいじゃん!」
「うん?・・・あー、そうか・・・いや、こりゃまいったな」
むくれた英二に指摘されて黒羽が苦笑いしながら頭を掻く。
「すまねぇ、なんか王子見てっと末っ子の妹を思い出してな。大人になりたいなんて言われちまうと、兄貴としては気が気じゃねぇ」
「黒羽って妹いんの?オレ、似てる?」
「いるぞ、1人な。そうだな、いっつも走り回っててよく笑うとこがそっくりだ」
「そーなんだ。会ってみたい、」
「英二!」
呼ばれて振り向くと、大石がこちらに向かって歩いてくるところだった。
大石の方へ行こうとした英二の肩を黒羽が叩き、うん?と顔を上げると、黒羽の真面目くさった顔が見えた。
「色気なんてなくたって王子には王子のよさってもんがあるんだ。いいな?」
「んー、大石にも聞いてみて、それでいいって言ったらそうする」
あのな、と黒羽が渋い顔で口を開きかけ、やれやれと頭を振る。
じゃね、と走り去る英二の後姿を見送る黒羽は、まるで妹を恋人に取られたような複雑な気分だった。
いろんな人に話を聞いたものの、結果としては色気についての収穫はなにも無かった。
並んで歩く大石をちらりと横目で見た英二は、大石の好みはどうなんだろう?と考えてみる。
相思相愛ということはわかっているが、もしかしたら大石も、もう少し色気があったほうがいいと思っているかもしれない。
「ね、おーいし。大石の好みのタイプって、どんな感じ?」
「英二」
「や、そーじゃなくて・・・それは嬉しいんだけど。オレが聞きたいのは、可愛いのがいい、とか色っぽいのがいいとか、そーいうのなんだけど」
「英二なら可愛くても格好良くても色っぽくても、なんでも好きだよ」
「・・・えーっと」
熱くなっていく顔を両手で押さえながら、どうして大石はこういうことを言っちゃうんだろうと英二は心の中でぶつぶつと文句を言う。
「例えば、柳って色気があるじゃん?大石は柳見てドキドキしたりする?」
「柳?・・・いや、そういうふうに見たことはないからな。色気があると言われれば、そうかな、とは思うけど」
「そーなの?仁王が男ならみんなドキドキする、って言ってたよ」
「・・・仁王の言うことを真に受けるな」
「黒羽とおんなじこと言ってる。確かに仁王って人のことからかってばっかだけど、そんなに嘘ばっかり言ってるわけじゃ、」
ぴたりと大石の足が止まる。
え?と大石を見れば、僅かに眉を寄せて英二を見つめていた。
「どしたの?」
「英二は仁王のことを・・・いや、なんでもない」
言いかけて口を閉ざした大石に英二が首を傾げる。
「オレが仁王を、なに?ちゃんと言ってよ」
「・・・・・・英二に嫌われると困るから言わない」
「んなことあるわけないじゃん。なになに?」
「言わない」
「えーっ!気になるじゃん!!」
甲板前方に立ち止まって言い合いになっている英二と大石をマスト上見張り台から柳と仁王が眺めていた。
「仲良しじゃのう」
「わかったらあまり王子に構うな。終いには本気で横恋慕していると思われるぞ」
「本気じゃって言うたら?」
見張り台の縁に肘を乗せた恰好で仁王が顔だけ柳に向ける。
それを受けて柳は仁王を見遣り、予測できることを淡々と述べた。
「大石に決闘を申し込まれるだろうな。立会人は俺が引き受けよう」
「・・・少しは焦って欲しいのう。お前さんはからかいがいが無くてつまらん」
「俺にそれを望むほうが間違いだ」
横目でじろりと睨まれた仁王が笑う。
また甲板に目を落とせば、言い合いに決着がついたのか、大石と英二の姿はもうそこにはなかった。
「結局、色気の話はどうなったんかの」
「さあな。いずれにしても大石はすでに英二王子に惚れ込んでいるのだから、色気などあっても無くてもいいといったところだろう」
「つまらんのう」
煽り方が足りなかったかと、いらぬ反省をしている仁王を嗜めて、柳は静かな海を眺める。
常に危険と背中合わせだった時にはこんな騒ぎを起こしている暇も余裕も無かったことを考えれば、これも平和の証なのかもしれないと、少々頭が痛いような、それでも楽しいような、奇妙な気分だった。
→end (07・11・26)