いつでも・どこでも 1



「それ、俺のカバンやねんけど」
「え?なに言ってんだよ、オレんだよ」
時間つぶしに立ち寄ったスタンドカフェ。
そろそろ行くかと立ち上がりカバンを持った瞬間に、隣に座ってたやつに手をつかまれた。
ちょっとロンゲでうさんくさい関西弁。
どっかで見たような気はするけれど、今はそれどころじゃない。

そいつとオレとでつかみ合ってるカバンは、黒にオレンジのラインが入ったデイパック。
店で見たときに一目惚れしてソッコーで買ったやつだ。
見間違うはず無い。
いちおう、オレとそいつの周りを見たけれど、他に似たようなカバンも無い。
絶対、こいつの勘違いだ。

「そんな言うなら、中身当てっこしよか」
このままでは埒があかないとふんだのか、そんな提案をしてくる。
「いいよ」
余裕綽々で口元に笑みを浮かべてるそいつの挑戦を受けて立つ。

2人の目の前で開けられるカバン。
カバンの中身はMP3と大石に貸す予定のCDが2枚とタオルとクシと歯ブラシと・・・
頭の中で今朝詰めた中身を思い出す。

「まずこれは、定期券。名前の部分は忍足侑士。俺や」
「え?」
「そんで脇ポケットには携帯電話。番号は090-1○○○-××××。これも俺のやと思うけど?」
「ち・・・ちょっと待ってよ」

オレはそいつからカバンを取り上げて慌てて中身を確認する。
映画の雑誌、MD、めがねケース・・・

愕然とした俺から忍足はカバンを取り戻すと「勘違いは誰んでもあるし。気にせんでええよ」と立ち去りかける。
「・・・じゃオレのカバンは・・・?」
力なく呟いたオレに足を止めた忍足は、
「持ってこなかったとか、どっかに置いてきたんちゃう?」 と興味なさそうに返事する。
その声に顔を上げて、やっとまともに相手の顔を見る。
そっか、メガネをかけてなかったからわからなかった。
「お前、氷帝の忍足?」
「そうやけど。おまえ誰?」
「青学の菊丸だよ。1度試合しただろ、中学の時」
「セイガク?そんな学校あったかいな?覚えてないなぁ」
「え?だって氷帝は青学に負けたから全国へ行けなかったじゃん。ホントに覚えてないの?」
「・・・いつの話や、それ」
「中3の時だよ」
「俺が中3の時、氷帝は全国行ったで?・・・おまえ大丈夫か?」

大丈夫じゃないのはおまえの方だろ、と心の中でつっこむ。
口に出して言わなかったのは、忍足が嘘や冗談を言っているように見えなかったからだ。
何かがおかしい。
実はドッキリでした、とか?

「お客様、どうかなさいましたか?」

オレ達が揉めてると思ったのか、店員が駆け寄ってくる。
「ないない、なんもないよ」
忍足は店員に笑って手を振る。
オレはというと、その店員の顔を信じられない思いで凝視していた。
「お客様?」
「・・・おーいし?」

白のワイシャツに黒のベストとパンツとエプロン。
どっからどうみても店員の格好をしているけど、大石だ。
・・・いや、違うかもしれない。
だってオレの知ってる大石より歳が上に見える。
なんだろう、これは。なにがどうなって。

「知り合いなんやったら、どっかで少し休ませてやった方がええんちゃう?さっきからちょっとおかしな事言うてるし」
忍足が困惑しているオレを大石かもしれない男に預けて立ち去る。
「君とはどこかで会ってたかな・・・?」
大石に似ている男にそう言われて、オレはその場へへたり込んだ。



*****




ざわざわする店内から、従業員用の休憩室に連れていかれる。
「ちょっと狭いけど、そこに座って」
指し示された椅子に言われるまま腰掛ける。
頭の中はすでにパニックを通り越して白くなってしまった。
椅子がひかれる音がして、隣に店員が座る。

「もう1度聞くけど、君とはどこかで会ってる?だとしたら忘れてごめん」
「名前、聞いていい?」
「大石だよ。さっき、君は俺の名前呼んだよね?」
「・・・下の名前は?」
「秀一郎だよ」

大石秀一郎。
中学のテニス部で一緒になって、ダブルス組んで黄金ペアとまで言われて。
高等部になった今でもやっぱりダブルスを組んで、今日も一緒に遊ぶ予定で。

「大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込む仕草や、肩に置かれた手に、大石であることを確信する。
でも、この大石はオレのことを知らない。

忍足は青学なんて学校は知らないって言った。
大石はオレを知らないって言う。
なんでだろう。どうなっちゃってるんだろう。
だって、今朝まではいつもと同じで、大石と待ち合わせ時間の確認メールをやり取りしてたのに。
そうだ、待ち合わせ!
そこに行けばちゃんとオレを知ってるいつもの大石がいるかもしれない!

急に立ち上がったオレを見て店員の大石が驚く。
「ごめん、オレ行かなくちゃ」
「あ、君・・・!」
オレは引き止める手を振り払って店の外へ駆け出した。



*****


待ち合わせは駅の近くの本屋。
大石は本が好きで、いつもいろいろ見ながらオレが来るのを待っていてくれる。
駅の時計で時間を確認する。
わけわかんないことに遭遇して10分遅刻したけど、大石は待っていてくれるはずだ。
本屋に駆け込み大石を探す。
さほど広くない店内を2周3周しても大石の姿は見当たらない。
遅れたから怒って帰っちゃったのかな?いや、大石はそんなことはしない。
出掛けになんかあって遅れたのかな?
それなら連絡をくれるはず・・・そう思って携帯電話を取り出そうとして、カバンがないことに気づいた。
そうだ、オレのカバンは無くなっちゃったんだ。
どうしよう。大石から連絡が来てもこれじゃわからない。

オレは本屋の外へ出ると公衆電話を探す。
大石の携帯番号なら覚えてるから、こっちからかければいい。
駅の近くで見つけた電話BOXに飛び込んで受話器を取る。
あ、財布・・・!!
しまった、財布もカバンの中だ。
チクショウ、どっかに10円玉くらい・・・
あちこちのポケットを探ると指先に触るものがある。
ポケットの中身を全部取り出してみると、アメとかガムの包み紙に混じって10円玉が1枚だけあった。
たった10円1枚に小躍りして喜びたくなる。こんなに10円がありがたいと思ったのは初めてだ。
オレは深呼吸して気持ちを落ち着けると公衆電話に10円を入れる。
間違えないように慎重に大石の携帯番号を押す。
呼び出し音が鳴っている間、ディスプレイに表示された電話番号を繰り返し確かめる。
大丈夫、間違ってない。
プツ・・・と呼び出し音が途切れて相手が出る気配がする。
「もしもし、おーいし?オレ・・・」
「違いますよ」プツッ・ツー・ツー・ツー・・・・

切れた電話の受話器を持って立ちすくむ。
知らない人の声だった。
番号は間違えてない、何度も確かめたんだ。
なんで・・・。



*****



わからないことだらけで頭がおかしくなりそうだ。
フラフラとあても無く歩きながら、これからどうしようか考える。
1回家に帰るっていうのも考えた。
でも、怖い。
もし家に帰ってみて、誰もオレがわからなかったら?
そんなことになったら立ち直れない。
そもそも家があるのかどうかだって怪しい。

歩き疲れて噴水の石段に座り込む。
どうしたらいいんだろう。
お金も無いし、携帯もない。
誰かを頼るにも、誰がオレを知っているのかわからない。
大石ですらオレのことを知らないのに・・・。
心細さに涙が浮かんできそうになるのをぐっと堪える。
だんだんと日が暮れていく街中で、どうしたらいいのか考えもつかずに、オレはそのまま座ってるしかなかった。



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