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乾に会った次の日、オレと大石は朝からカバン探しの旅に出た。
大石のうちがある駅を最初に探索して、見つからなけりゃ電車に乗って別の街へ行く。
いたって単純なこれが、昨日の夜に大石と立てた計画だ。
オレのカバンは決して限定品なんて大層なものじゃない。
いくらこっちの世界がオレのいた世界と違ってたって、そんなとこまで変わってるとは思えない。
なんせディパックなのだ。つまりたかだかリュックサック。それもノーブランド。
リュックサックをオーダーで作るなんて話、聞いたこと無いし。
それなら数を当たっていけば必ず見つかる!
というわけで、がんばるぞー!っと朝から気合全開でいたんだけれど。

気がつけばすでに日はとっぷりと暮れて、なにをどう見ても夜。
いったい今日だけでどれだけの店を見て歩いたんだろう。
駅の数にして6つ、ちょっとぐらい遠くてもできるだけ大きな駅を選んで、周辺の店を探して回ったのに。
無い。無い、無い、無いー!

「なんで無いんだーっ!」
「うわっ!・・・英二、落ち着けって!」
街中で突然叫んだオレに驚いた大石が慌ててるけど止まらない。
「オレのカバンは普通のカバンなんだぞ!ポケットを開けてもどこでもドアとか出てくるわけじゃないのに!」
「わかった、わかったから」
「なんでもない、どこにでもある普通のカバンなのに!」
「うん、そうだな。普通のディパックだよな」
「そうだよ!なのに・・・なのに、なんで無いんだよぉ〜」

わーっと叫んで残りの体力と気力を発散し切ってしまったオレは、へにゃへにゃと大石にすがりついた。
そのオレの頭を大石がよしよしと撫でる。
「疲れたんだろ。今日はもう帰ろう。あと1時間もしたらどこの店も閉まるし」
「・・・ごめん、大石」

いいよ、って言った大石の顔は見えなかったけど、声の感じからいつもみたいに笑ってるのがわかった。
あー、オレってサイテー。
オレに付き合って朝から歩き回ってる大石だって疲れてるってのに、付き合わせてるオレが癇癪起こしてどうすんだよ。
ほんと、ごめんね、大石。
・・・それにしても。
こんだけ探して無いと、なんだかもう見つからない気すらしてきた。
もしかしたらオレをこっちの世界に飛ばした悪魔大王みたいなヤツがいて、そいつがカバンを隠してるんだ!なんてことまで考えてしまう。
そんなことあるわけないとわかってはいるけど。

大石に励まされながら、駅へ続く道をとぼとぼと歩く。
「この付近の主な駅はだいたい歩いたから、次はやっぱり忍足君を探したらどうかな」
「・・・でも、どこに住んでるかオレ知らないよ?」
「学校はわかるんだろう?場所は違ってるかもしれないけれど、校名がわかれば探すことができるよ」
「あ・・・そっか。氷帝のテニス部ってとこまではわかるから、学校に行けば会えるかも」
「これ以上範囲を広げて闇雲に探すより、そっちの方が確実じゃないか?」
そうか!そうだよ!忍足に会えたらどこで買ったのか聞くことができる!
もし店に行って売り切れちゃったりしてても、どこのメーカーが作ってるとかお店の人に聞ければ、探すのがずっと簡単になる。

「さっすが!大石!あったまいい〜」
現金なことにすっかり元気になってしまったオレは思いっきり大石に飛びついた。
ちょっとだけふらついたけど、大石はちゃんとオレを受け止めてくれる。
「明日はバイトが入ってるから出かけられないけど、明後日なら一緒に行けるから」
オレの豹変ぶりに苦笑いした大石が、それでもちゃんとオレに付き合ってくれるって言う。
電車に乗って家へ帰る間、オレ達はずっと次のカバン探し大作戦についてあれこれ意見を出し合った。
だいたいの行動予定が決まったところで、ちょうどよく大石の家がある駅に着く。

「そんじゃさっそく行動開始〜!」
「交番は確か駅のすぐ近くにあったはずだよ」
電車の中で計画したカバン探し作戦 part2の第一歩は交番で氷帝学園について聞くこと。
この町にあれば当然、無くたって近くの学校ならなんか話を聞けるかも、ってわけだ。
「あそこにあるのがそうじゃないかな」
大石の指差す先、横断歩道の向こうに交番が見えた。
目標発見!突入〜!と足を向けたところに 「あー!図書館にいたおにいちゃん!」 という聞き覚えのある声と、パタパタと走る軽い足音。
振り返ればちっちゃい裕太がこっちへ向かって一目散に走ってくるところだった。
「わぁ、裕太だ!」
思わずオレも裕太に向かって走る。
また会えるなんて思ってなかったからすっごく嬉しい。
裕太もオレに会えて嬉しいのか、満面の笑顔だ。
くーっ、可愛い!
今度は遠慮なく抱きしめて、思いっきり頭をぐりぐり撫で回した。
腕の中でキャッキャいいながら笑ってる裕太とじゃれてると、オレを追って走ってきた大石と、裕太を追って走ってきた不二のおばちゃんが来た。
こっちでは初対面の不二のおばちゃんにご挨拶して、裕太と図書館で遊んだ話をする。
「その話なら裕太から聞いてるわ。この子ったらすごく楽しかったみたいで、家に帰ってからもずっとおにいちゃんが、おにいちゃんがって話してたのよ」
「えへへ。オレもとっても楽しかったです。飛行機の話、いっぱい教えてもらって。ねー、裕太」
「ねー、おにいちゃん」
オレと裕太がふざけて遊んでるのをおばちゃんが笑いながら見てる横で、なぜか大石だけが笑いもせず裕太を、正確には裕太の背中をじっと見ていた。
「どしたの?大石」
「英二、この子のカバン、英二が言ってるのに似てないか?」
「うん、そうだよ。オレのと色違いなんだ。大きさも違うけど・・・あ!」
そうだ、そうだった!裕太のカバンはオレのとおんなじデザインなんだ!
急にふざけるのをやめたオレをおばちゃんと裕太が不思議そうに見る。
「いきなりですみませんが、このカバンはどこで買ったか教えてもらえませんか?」
大石が尋ねると、おばちゃんは少し驚いてたけど、丁寧に店の場所を教えてくれた。
ちょっと名残惜しいけど、おばちゃんと裕太にさよならを言って、オレと大石は店の場所まで全力疾走を始めた。
駅から少し離れたその店の、閉店時間まであと10分。

息が整わないまま閉店間際の店内に飛び込んで、すぐに目に入ってきたオレのカバン。
「あった!あったよ、大石!!」
オレと同じようにまだ肩で息をしている大石は、そのカバンを掴むなりレジへ向かう。
無事に会計を終えて袋に入れられたカバンを大石がオレに渡してくれる。
そのカバンが入った袋を両腕で抱きしめて、そしてやっと実感した。
オレのカバン。
すっごく探したオレのカバンが、やっと、やっと見つかった。



*****
*****


食卓代わりにしているローテーブル、向かいに座る英二はどこか緊張した面持ちで朝食をとっている。
いつもは賑やかにあれこれ喋るのに、今朝は言葉も少ない。
「英二」
声をかけるとはっとしたように顔を上げ、ちょっとだけ笑ってみせるけれどすぐに顔が強張る。

「ねぇ、大石・・・。うまくいくと思う?」
「わからないけど、乾助教授の言ったとおりにやってみよう。もしダメだったら、また助教授に聞きに行けばいいよ」
「・・・うん。そっか、そうだよね」

昨日の夜に英二のカバンが見つかった。
家に戻ってきてから英二と話して、乾助教授の説を実行する日を翌日と決めた。つまり今日だ。
助教授は、できるだけ迷い込んだ時と同じ状況を作るのが望ましいと言っていた。
英二がこちらに迷い込んだ日、俺はバイトに入っていて、その店に英二が来ている。
そして今日、俺はバイトに行くことになっている。
カバンは用意できたから、あとは時間を合わせればいいだけだ。

「時間は覚えてる?」
「うん。大石と待ち合わせしてたのが11時だったんだけど、かあちゃんに用を頼まれてて家を出たのが9時だったんだ。用事が終わった後ヒマになっちゃって時間つぶしに大石の店に行ったんだよ。たぶん10時頃」
「それじゃ英二は10時頃店に着くように家を出ておいで。ここからなら20分くらいで着くから」
「わかった」
決意を固めたみたいにきっぱりと返事をしてきた英二に笑みが浮かぶ。
腕を伸ばして英二の頭を軽く撫でると、まだ少し緊張の残る顔のまま、それでもいつもみたいに笑ってくれた。

9時入りのシフトに間に合うように一足先に家を出た。
仕事をしながら何度か時計を確認して、10時を少し過ぎた頃に英二が店に入ってきたのを見た。
俺に気がついた英二が小さく手を振るのに笑って答える。
英二はカウンターでココアを注文すると、最初の日と同じ席に座った。
店を10時50分に出ようと思ってた、って英二が言ってたから、実行まであと40分ちょっと。
俺もなんだか落ち着かない気がしてきて、意味も無くコーヒー豆の在庫数を数えてみたりした。
そうこうしているうちに少しずつ時間が経っていく。

もう少しだなと思って、英二に何度目かの視線を向けると、焦ったようにキョロキョロと辺りを見回してる様子が目に入った。
さっきまでココアを飲みながらおとなしく座っていたのに、どうしたんだろう。
なにかあったのか気になって、俺はカウンターを出て英二の側へ行った。

「どうした、英二」
「あのさ、前にここに来たときは、あの植木の上に時計があったんだけど」
英二が指すところを見ると、確かにそこにあった壁時計が無くなっていた。
バイト仲間に時計のことを聞くと、昨日の掃除中に落として壊れたから修理に出してる、と返事が返ってきた。

「英二、時計は壊れたらしいんだ」
「これじゃ時間がわかんないよ。どうしよう、大石」
英二が店を出るまでもうあまり間がない。
なにか時間を確認する方法は、そう考えて自分の腕時計を思いついた。
「英二、腕出して」
「え?」
きょとんとしたまま素直に差し出した腕に、自分の時計を外してはめてやる。
「でも大石、時計なくて困らない?」
「カウンターの中にデジタルの時計があるから大丈夫だよ」
「そっか。じゃ借りるね。ありがと」
時計を貸したらすぐに仕事へ戻ろうと思ったのに、ふわりと笑った笑顔に足止めされた。
時間の問題は片付いたし、いま話すことはもうなにもないのに、でももう少しと思ってしまう。

「時間間違うなよ」
「うん。ちゃんと時計見てるからダイジョブ」
「ココアもっと飲むか?持ってこようか?」
「それもダイジョブ。もうあんま時間ないし」
「そうか」

これ以上話すことも見つからなくて、それじゃ、と言ってカウンターの中に戻った。
俺の貸した時計を真剣な顔で見ている英二をただ見守る。
そしてそれから13分後、入ってきた時のように俺に小さく手を振った英二が、ディパックを肩にかけて店から出て行った。



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