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背後で自動ドアの閉まる音がしたと同時に、肩にかけていたディパックが重みを増した。
店に入った時には空だったはずのディパック。
もしかしたら。
恐る恐るサイドポケットのジッパーを開ける。
中に手を入れると指先に触れる滑らかな金属の手触り。
思い切って取り出したそれは、オレの携帯電話だった。
開いてすぐに目に入る見慣れた待ち受け画面。アドレス帳を表示させれば友達の名前が並ぶ。
オレのだ、本物のオレの携帯。
慌ててディパックの中身を全て確認すると、自分が詰めた中身がそのまま入っていた。
カバンの中身も戻ってきてるってことは。
帰ってこれた?ウソ、マジで?ホントのホントに?
じわじわと喜びがこみ上げてくる。
やった!戻れたんだ!やったー!!

すぐさま出てきた店に逆戻りした。
大石に戻れたって報告しなきゃ。すっごく喜んでくれるはず。
そう思ってカウンターへまっすぐ進んだのに大石の姿は見えない。
あれ?どこ行っちゃったんだろう。
カウンターの端っこから奥を覗き込んでみるけどいないみたいだ。休憩室かな?
オレを不思議そうに見ているカウンターの店員さんが 「忘れ物ですか?」  って聞いてくる。
「あの、ここでバイトしてる大石さんは?」
「大石・・・ですか?申し訳ありません、ここには大石という店員はおりませんが・・・」
いないって、だって、さっきまでカウンターの中にいたじゃん。
オレが店を出る時に手を振ったら、いつもみたいに笑ってて。

そこまで考えて、気がついた。
戻ってきたカバンの中身、元の世界に戻れたオレ。
大学生の大石はあっちの世界の人間で。
こっちの世界にいるのはオレと同い年の、高校生の大石。

怪訝そうな顔をしている店員に軽く頭を下げて店を出た。
そうだ、戻ってこれたってことは、大学生の大石にはもう会えないってことなんだ。
そんな簡単で当り前のことにオレはまったく気が付かないでいた。
ホントに今更だけど、その事実に愕然とする。
だって、オレ、あんなに世話になったのに、満足にお礼も言えてない。
うちにずっと泊めてもらって、食事代とか交通費とか、カバンだって買ってもらって。
お金のことだけじゃない。
たった一人で違う世界に迷い込んだオレをずっと励ましててくれた。
大石がいなかったら、オレ、どうなっちゃってたかわかんない。きっと帰ってもこれなかった。
最初に会った時に約束してくれたとおりに、ずっと一緒にいてくれて。
・・・それに、一緒にいた間、すごく楽しかった。
いっぱい「ありがとう」って言いたかったのに。
もう伝えることができないなんて。

どうすることもできないとわかっていても後悔が次から次へとあふれ出す。
時間になって店を出てくる時だって、手を振るだけじゃなくてちゃんと大石のとこまで行って、ありがとうって言えばよかったんだ。
ううん、朝ごはん食べてた時だって、前の日の夜だって、いくらでも言う機会はあったのに。

手の中で軽快なメロディが飛び出す。今のオレの落ち込んだ気持ちにまったくそぐわない曲。
音の出所に目を向ければ、握り締めたままだった携帯電話の着信ランプがチカチカと点滅していた。
沈んだ気分のままディスプレイを見れば、 『大石秀一郎』 の文字。

 『もしもし、英二?どうした?』
こっちの大石の声。オレと同い年の大石の。
たった1週間で懐かしいなんておかしいかもしれないけど、でも。
「大石!いまどこにいんの!?」
『どこって・・・駅前の本屋だけど』
「すぐ行く!」

電話を切って本屋まで走る。
早く大石の顔が見たい。
はやる気持ちがどんどん足を加速させていく。
本屋の看板と店頭の雑誌棚が見えても足を緩めずに、そのままの勢いで店内まで飛び込んだ。
すぐに目が捉えた大石の姿に思いっきり飛びつく。

「大石!やっと会えた!会いたかったよー!!」
「うわっ!なんだ、どうしたんだ」
「心配かけてゴメン!でもオレだって好きで行方不明になったんじゃないんだよー」
「え?行方不明って、誰が・・・。いや、まず落ち着け、英二」

店の中なんだぞ、と少し低めの声で嗜めるように大石が囁く。
同時に抱きとめた手で背中をポンポンと少し強めに叩かれた。
感動の再会のはずなのに、大石のこの冷静さはなんだ?
まさかちっとも心配してなかったとか言うんじゃないだろうな。

「1週間ぶりに会ったってのに、なんだよ!もっとこう喜んだり、どうしてたんだー!って怒るなり・・・」
「ちょっと待てって。店の外に出よう」

詰め寄ったオレの腕をつかんで、大石が外へ出ようとする。
確かに、いつのまにか周りにいたお客さん達の注目の的になっちゃってたけど。
でも、なんでそんな人目とか気にするほど、大石は落ち着いてんだよ!

店を出てすぐ脇の駐輪スペースまで移動して、やっと大石が息をついた。
あれだけ会いたいと思ってて、もちろん大石だって同じだと思ってたのに。
それがオレの勝手な思い込みでしかなかったのかとショックで腹が立つ。

「大石の薄情者!オレが帰ってきたことが嬉しくないのかよっ!」
「わっ!だから落ち着けって。帰ってきたってどこへ行ってきたんだ?」
「そんなのわかるわけないだろっ!」
「それじゃ俺だってわからないよ・・・」

はーっと大きく溜息をついた大石が 「とにかく」 と言葉をつなぐ。
「頼むから、初めからちゃんと話してくれないか。俺にはなにがなんだかさっぱりだ」
「オレだってどうしてこんなことになっちゃったかわからないのに説明なんか、っていうか、なんで大石はそんなに落ち着いてんだよっ」
「なんでって・・・」
「オレが1週間も行方不明になっちゃってたのに、心配とかしなかったのかっ!」
「え?行方不明・・・?英二が?それいつの話なんだ?」
「だから昨日までだよっ!今日帰って来れたんだから!あー!!まさかいないのに気づかなかったとか言うんじゃないだろうなーっ!」
1週間だぞ?1週間!!気づくだろ、普通!!
思わず大石の胸倉をつかんで詰め寄ると、大石が慌てたように 「昨日会ったじゃないか!」 と訴えてきた。
「なに寝ぼけてんだよ!オレは昨日はまだ向こうにいたんだぞっ!」
「だから、向こうってどこだよ・・・。俺も英二も昨日は1日部活やってたろ?一緒に帰って、その時に今日の約束をしたんじゃないか・・・」
「昨日は部活なんて・・・え?今日の約束?」
ちょっと待て。なんか変だぞ。
昇ってた血が下がって冷静になった頭で改めて考えると、なにかがおかしい。
噛み合わない話。まるでオレが向こうにいた間、時間が止まってたような。
時間が止まってる?もしかしてオレが向こうで過ごした時間が、こっちではカウントされてない?

「大石、今日は何日?」
「8月21日」
「そっか、やっぱり。向こうでのことは、こっちでは無いことになってるんだ」
「英二、頼むから説明してくれ。俺には全然話が見えない」
「あー、うん。でもオレもイマイチよくわかってないっていうか・・・」
「話が長くなりそうなら、今日の買い物はやめにして、俺のうちへ行かないか?」
「うん、そうする。なんたって1週間分の話だし」

大石の家までの道を並んで歩きながら、どう説明しようか考えた。
そのまんまを話すしかないけど、はたして大石は信じてくれるのかなぁ?
それにしても。
向こうに迷い込んでから帰ってくるまでの時間が無かったものになってるのには驚いた。
まぁ、オレにしてみればその方が、みんなに心配とかかけなくて済んだからよかったんだけど。



*****
*****



家に着いてから英二に話を聞いた。
その話は驚くべきもので、本当なら、英二は夢でも見たんじゃないかって言いたいところだ。
実際、英二も話しながら何度も 「信じられないことなんだけど」 と口にしていたし。
でも、今日英二に会ってからずっと気になってることがあって、それが英二の不思議な話を夢だと言えなくしている。
もし俺が予想していることが当たったら、英二の話が事実だっていう証明にもなる。

「あのさ、いま話しててさ、やっぱ自分でもなんか居眠りとかして、夢見てたんじゃないかって気がしてきた」
だって、こんな話、信じろって言う方が無理だよな、と英二が複雑そうな顔でつぶやく。
「俺は信じるよ」
「・・・なんで?」
「英二が証拠を持ってるから」
「え?」
驚いたように俺を見る英二に、ちょっと待ってて、と机に向かう。
英二の視線が俺の動きを追い、机の引き出しから取り出した小さな箱へと移る。

「開けていいよ」
白い手の平くらいの小ぶりの箱を渡すと、不思議そうな顔をしたまま英二が箱を開けた。

「・・・なにも入ってないよ?」
「うん。たぶん、そうじゃないかなと思った」
「どういうこと?」
「この箱にはね、」

英二の左腕を指差すと、英二が小さく声を上げた。

「時計?これが入ってたの?」
「うん。昨日の夜、叔父夫婦が来てたんだ。それで、遅くなったけど、って今年の誕生日祝いに貰ったんだよ」

英二が驚いたように何度も俺と時計を見る。
そう、今日英二に会って、その腕にはめられた時計にすぐ気がついた。
英二は普段時計をしない。
時間を知りたい時は携帯電話で確認してるのをよく見かける。
だから、珍しいなと思ってよく見てみたら、昨日俺が貰った時計と同じデザインだった。
叔父はお洒落な人で、身に着ける小物類までとてもこだわる。
俺が貰った時計も、とても人気のあるデザイナーの作品で、同じデザインの物は毎回100個限定でしか出さないんだそうだ。
貰った時計の裏に刻まれた通しナンバーは88.
末広がりで縁起がいいぞって叔父が言っていた。
英二のはめている時計にも、きっと88のナンバーが入ってるだろう。
別の世界に住む俺が英二に貸した時計。
違う世界にいてもちゃんと英二と出会って、そして助けになれたことが嬉しい。

「やっぱ、ホントにあったことなんだぁ」
慈しむように時計を眺めながら英二がつぶやく。
「ちゃんと帰ってこれてよかったな」
「うん。向こうの大石のおかげだよ。・・・それなのにオレ、ちゃんとお礼も言えなかったんだ」
指先で時計の淵を撫でていた英二の顔が悲しそうにゆがむ。
「英二は向こうの、大学生の俺といて楽しかった?」
「すっごく楽しかったよ。一緒にご飯食べたり、テニスしたり、夜中まで喋ってたりしてさ」
「それじゃ大丈夫だよ」
「へ?なにが?」
「向こうの俺も、英二と一緒にいられて楽しかったなって思ってるから。それに英二がありがとうって思ってたのも伝わってると思うよ」
「・・・ホントに?」
「うん」
「そっか・・・」
安心したのかふわりと笑った顔に少しだけ胸が痛む。
英二と出会った向こうの俺が、どれだけ楽しい時間を過ごしたかなんて想像するまでもない。
だからこそ、その英二がいなくなったことでどれだけ辛い思いをするのか、想像できないし、したくもない。
でもそれは英二には言わない。まだこんなにも向こう側に心を残している英二には。
たとえ向こうの世界にいたのが俺自身であっても、英二を譲るわけにはいかないから。

「なぁ、英二」
「ん?」
「大学に入ったら一緒に住もうか」
「ええー!?なっ、なに、どしたの、急に」
「なんかさ、英二の話聞いてて、一緒に暮らしたら楽しいだろうなって」
「そりゃ楽しいと思うけど。っていうか、意外。大石がそういうこと言うなんてさ」
「そうか?」
「うん。すっごい驚いた」
まだ目をパチクリさせてる英二に苦笑いがもれる。
向こうの俺に対抗するわけじゃないけど、食事したり、テレビ見たり、そういうなんでもない日常を一緒に過ごせたらって思ったんだ。
その日にあったことを話して、時にはケンカしたりもして、そんな風にいつも一緒にいたい。

「おーし!そんじゃ一緒に住もう!」
「英二は料理上手だから食事の心配はいらないな」
「あ・まーいっ!!大石がちゃんと料理できるようにオレがビッシビシ鍛えてやる」
「えっ!俺もやるのか?」
「あったり前じゃん。共同生活なんだから家事は分担ですー」
楽しそうに笑いながら、曜日別の家事分担表やら、あげく部屋の間取りまで考え出した英二に付き合いながら、そう遠くない未来に夢が叶うことを、そして2人でいられることを強く願った。




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