12
小さく手を振った英二が店の出口へと足を踏み出す。
2人でやっとみつけたディパックを背負って、赤い髪をふわふわと揺らして。
後姿が自動ドアの向こうに吸い込まれるように消える。
それが俺の見た最後の英二の姿だった。
こんなことで帰れるなんて思ってなかった。
無くした英二のカバンと時間。たったそれだけの条件。
乾助教授には申し訳ないけれど、俺は全く信じていなかったんだ。
英二が出て行った店のドアを見ながら、あと数分もしないうちにガッカリして戻ってくる英二を、俺はどうやって慰めようかと考えていた。
また助教授に話を聞きに行けるよう連絡をして、それから、またテニスをしに行こうって誘うのはどうかな。
とにかく英二を元気づけて、笑わせて。
頭の中で英二が喜びそうなことを次々とシュミレーションしていく。
だけど。
いくら待っても英二は戻ってこなかった。
元の世界かどうか確認するのにいろんな所へ行ってるのかな。
そして帰れなかったことに気落ちして、どこかで座り込んでいるかもしれない。
1番最初に会った日の夜、噴水の所にいた姿が頭に浮かぶ。
あんなふうに1人でいさせたくない。早く英二のところへ行かないと。
気ばかり焦って時間が経つのが遅く感じる。
早退しようかと考えて、バイト仲間の顔を見て思いとどまる。
どうにかシフトの時間を終えて、お疲れ様の挨拶もそこそこに店を出た。
店の周りにはいない。
駅前の噴水や公営のテニスコートにも足を伸ばしたけど英二の姿は無い。
・・・ああ、馬鹿だな、俺は。
真っ先に自分のマンションへ戻るべきだった。
今日は合鍵を持たせてないから、きっとドアの前で英二は待ってる。
早く帰ってやらなきゃ。
走って家に帰る。
マンションの入り口、階段、ドアの前。
どこにも英二の姿は見えない。
「英二!」
呼んでみても返事は無い。
どこへ行ったんだろう?
他に英二が行きそうなところは。
また探しに行こうとして、すれ違いになる可能性に思い当たる。
1度部屋に入って簡単な伝言メモを作り、テープで玄関のドアに貼り付けてからまた出かけた。
どこを探そうか。
そういえば英二はコンビニに寄るとマンガを読んでたっけ。
家の近く、2人でよく行ったコンビニへ行ってみる。ここにもいない。
あとはどこだろう。
今まで英二を連れて行った場所を片っ端から当たってみる。
バイト先にも寄って、俺を訪ねてきた人がいないか聞いた。
途中何度もマンションに立ち寄るけど、メモを見た形跡は無い。
少し往復に時間がかかるからと、後回しにしていた大学にも行ってみた。
もしかしたら1人で助教授を尋ねたんじゃないかと思ったんだけれど、助教授は不在で研究室にいた学生が来客はなかったと言っていた。
英二が行きそうなところを思いつく限り当たって、最初に回った辺りをもう1度見に行って。
見つけることができないまま、時間だけが過ぎる。
思いつく場所はすべて行ったし、気になった所には何度も足を運んだのに。
英二がいない。どこにも。
駅前の噴水の縁に腰をおろして駅から出てくる人々をぼんやりと眺める。
本当は探している途中で、もしかしたらと考えた。
それを認めたくなくて、きっとどこかに英二はいるはずだと、今まで探したけれど。
でも、やっぱり英二は。
英二は元の所へ帰ったんだ。
そうか、帰れたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・よかったな、英二。
夜更けて人の少なくなった道を歩いてマンションに戻った。
1人きりで部屋にいるとクーラーの室外機の音や、時計の秒針を刻む音、冷蔵庫のモーター音なんかがはっきりと聞こえてくる。
静かなようでいて、結構にぎやかなもんなんだな。
壁に背中を預けて座って、ぼんやりとそんなことを考えた。
部屋が広く感じる。それになんか白っぽい。色が無い部屋だ。
俺はこんなとこに4年も住んでいたかな?
思い出す風景は今朝までのもの。英二がいた空間。
笑い声が溢れてて、空気の色までが鮮やかに見えた。
『大石!』
俺を呼ぶ英二の声も笑顔も、こんなにもはっきりと思い浮かべることができるのに。
元の世界へ戻ったんだと、頭では理解していても、突然の別れに心がついていかない。
今にも玄関のチャイムが鳴って、そして英二が帰ってきそうな気がして。
そう思ったらじっと座っていられずに玄関のドアを開けて外を見た。
もういないことはわかっている。
でも。それでも。
俺はドアに鍵をかけて、もう一度英二を探しに外へ出かけた。
*****
あれから数ヶ月の時が過ぎた。
今では表面上は普通に振舞えてると思う。
英二がいなくなってすぐの頃は、傍目にもかなり落ち込んで見えていたらしく、失恋したなんて噂も立ったくらいだ。
俺を励まそうと、バイト仲間に合コンへ連れて行かれた時は本当に困った。
気のいい仲間達は、今は辛くてもきっとすぐに新しい恋がみつかるから、なんて見当違いの慰めを言ってくれたけれど。
・・・いや、あながち間違いでもないのかな。
俺は今までスポーツや勉強ばかり優先していて、およそ恋愛とは縁遠い生活をしていたから、よくわからないけれど。
でも誰かを好きになって、そしてその相手と別れることがあったら、きっとこんな気持ちになるんじゃないかと思う。
ただ過ぎていくだけの日々。色の無い世界。
今まで楽しいと思っていたことはなんだったんだと思えるほど、あの1週間は眩しすぎて、いまだに俺は捕らわれたままだ。
どうしてももう1度英二に会いたくて、結果報告を口実に乾助教授のところへも行った。
俺自身が向こう側へ行く方法はないか聞いてみたけれど、答えはNO。
なにも手段がなければ、あとは諦めるしかない。
いくら望んでも、どんなに懇願しても、俺の望みは叶わない。
そして俺は今日を流れ作業のように過ごす。
たぶん明日も、そして明後日も。
「大石さん、オーナーが呼んでますよ」
「うん?オーナー来てるの?」
「ついさっき来たみたいです。裏にいますよ」
「そうか。ありがとう」
呼びに来たスタッフの女の子にカウンターを代わってもらい、休憩室へ向かう。
就職活動や卒業の準備と色々忙しくなってはいたが、ここのバイトは続けている。
我ながら未練がましいというか、情けない話だけど、ここは初めて英二と会った場所だ。
ここでバイトをしていなければ英二に会うことはなかったかもしれない。
・・・だからといって、ここにいてもまた英二に会えるわけじゃないけれど。
休憩室のドアをノックしてから中に入る。
中にはきれいに日焼けして機嫌のよさそうなオーナーの姿があった。
「お久しぶりです、千石さん。カリブはどうでした?」
「やぁ、大石くん。カリブはいいよー。女の子がそりゃもう可愛くて、おまけにとってもセクシーな水着を着てる」
千石オーナーは旅行と女の子が大好きで、やり手の店長に店をまかせたまま、何ヶ月も海外にいることが多い。
俺もここのバイトを始めてから2年になるけど、会うのはこれで4回目だ。
「そういえば大石くんは振られちゃったんだって?」
「・・・誰ですか、そんなこと教えたのは」
「大石くんを振るなんて日本の女の子は見る目無いなぁ。今度僕と一緒に南の島に行くかい?」
オーナーの冗談だか本気だかわからない誘いを苦笑いで返す。
「あれれ?ほんとに元気ないねぇ。それじゃ僕がとっておきの可愛い子を紹介しちゃおう!」
「え!?あ、すいません、それは・・・」
「なーんてね。ジョーダン、ジョーダン。本気にしちゃった?」
まったくこの人は。
思わず溜息が出た。早いとこ呼び出した用件を聞いたほうがいいかもしれない。
「俺のことはお構いなく。それよりも何か用があったんじゃないんですか?」
「うん、そうなんだ。実はね、新しく入るバイトの子の面倒を見て欲しいんだよ」
「わかりました。いつから入るんですか?」
「もうすぐ来ると思うよ。とっても可愛い子なんだけど、残念なことに男なんだ」
心底残念そうなオーナーを見てると、ほんとに女の子が好きなんだなと呆れるよりも感心する。
それにしても男に可愛いっていうのはどうなんだろうか。
・・・英二のことを可愛いと思ってた俺が言えるセリフじゃないか。
「オーナー、お客さんですよー」
「ああ、こっちに来てもらって」
来客を告げに来たスタッフの後ろから姿を見せたのは。
「英二!!」
勢いよく立ち上がったせいで座っていた椅子が大きな音を立てて倒れる。
千石さんやスタッフの子や、当の英二本人も驚いていたけれど、かまわずに走り寄った。
「う?ええ?なんでオレのこと知ってんの?だってオレ一昨日こっちに引っ越してきたばかりで・・・」
戸惑っている英二に手を伸ばす。
ああ、ちゃんと触ることができる。幻じゃない。
そう思ったらもう自分を止められなかった。
驚いて硬直してる英二を抱きしめる。
会いたかった。会いたかったんだ、英二。
そうして俺の世界はまた色を取り戻した。
こちら側の英二と出会うことで。
-end-
(04・08・29−05・01・10)