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最初に行く場所としてオレが選んだのは家じゃなくて学校だった。
学校の電話番号がわからなくてかけることができなかったし、なにより忍足に知らないって言われたのがずっと気になってた。
青学なんて学校は無いから知らない、なのか、大会に出てくるほど強くないから知らない、なのか。
どっちにしても元オレのいた世界とは違ってるんだ。
どうなってるのかを確かめておきたい。

遠目でもわかる広い敷地と大きな建物。校庭を取り囲む緑のフェンス。
青学があった場所につくと確かに学校はあった。あったけど。
「小学校・・・」
「名前も青春学園じゃないな」
「学校も無いんだ・・・」

昨日今日でオレが変なところへ入り込んじゃったっていうのはわかってたつもりで、学校だって無いかもしれないと思ってた。
でも、目の当たりにするとやっぱりショックはでかい。
テニスの名門校で、オレの憧れだった青学。
私立だったから、入学するのにとうちゃんを必死で説得して。
入学してからはそれこそ毎日テニス三昧で、中2でやっとレギュラーになって全国へ行って。

「無いんだ・・・」
そんな思い出とかも学校と一緒に全部無くなっちゃったような気がして思いっきりへこむ。

「ここに青学がなくても英二が元いたところにはちゃんとある。大丈夫、英二はなにも失くしてないよ」
大石が静かな声で言う。オレの心の中が見えるみたいに。
そしてその声がオレの心にすーっと浸み込んで、オレはまた大丈夫だって思えてくる。

「うん、そうだよね。それにこっちに青学があっても大石とは歳が4つ離れてるから部活でダブルスは組めないね」
「そうだな。それに俺は・・・」
「なに?」
言いかけて不自然に口をつぐんだ大石に続きをせかす。
大石は少しの間、言うか言わないか迷ってたみたいだけど、次の言葉を待ってるオレを見て観念したようにぼそりと呟いた。
「ごめん。俺は小学校からずっと水泳をやってて、テニスはやってないんだ」
「えー!?まじで?」
「ごめん」
「や、謝んなくていいけど。そっか、こっちの大石は水泳やってるんだ。そっかぁ」
「ごめんな、言わないつもりだったんだけど、口がすべった」
「え?なんで?」
「向こうの俺とあんまり違うようだと・・・」

気まずそうに目をそらす大石を見てピンときた。
そっか、オレがまたショック受けちゃうと思ったんだ。
言わないようにしてくれてたとことか、それをうっかり言っちゃうとことか、やっぱ大石なんだなぁ。
なんか嬉しくなって思わず笑ってしまう。
「なんだ。それなら大丈夫だよ。向こうの大石も泳ぐのが好きで、水泳をやろうかテニスをやろうか迷ったって言ってたもん」
「そうか・・・。いろいろ違うところはあっても本質的には一緒なのかな」
「それはオレも思った。・・・っていっても大石に関して、だけだけどね」
「似てる?」
「っていうか同じ」
うーん、って腕組みしながらなんか複雑な顔してる大石にまた笑いがこみ上げる。

大石ってどこにいても大石なんだろうな。
ここよりもっとすっごいヘンテコな世界でも大石秀一郎っていう男がいたら、それはきっとまぎれもなく大石なんだろう。
おかしなこと言うようだけど、ほんっと大石が大石でよかった。



*****
*****



「次はオレのうちへ行ってみたい」
小学校を後にして歩いていると英二が次の目的地を決めたようだった。
英二の家。
真っ先に行きたがるかと思っていたけど、英二は最初に学校を選んだ。
それは心のどこかで確かめるのが怖いっていう気持ちがあったからなんじゃないか?
・・・大丈夫なんだろうか。
さっき学校が無いのをみてあんなにショックを受けていたのに。
あまり悪いほうに考えたくはないが、英二の家は無いような気がする。学校が無かったように。
それを見た時の英二はどうなるだろう。

次に行く場所についてこのまま行かせるべきか、いったん止めるべきか迷っていると、英二が急に立ち止まった。
「英二?どうしたんだ?」
「あれ」
英二の指差す方を見ると今しがた俺達の横を通り過ぎて行った子供2人がいた。
兄弟なのか大きい子の方が小さい子の手を引いている。
お兄ちゃんの方は小学校3年生くらいだろうか。
「あの子達がどうかしたのか?」
「・・・不二だった」
「フジ?知り合いか?」
「うん。オレの同級生で部活も一緒」

唖然として声も出ない。英二も同じようで2人揃って呆けたようにその子供達の後姿を見送っていた。
英二がいたところの俺は歳が違うって聞いてたから、同じ人物でも歳まで同じとは限らないとは思っていたが、まさか小学生とは。

「・・・声かけるか?」
「・・・いい。なに話していいかわかんないし」

英二の判断に俺も同意する。
普通ではとても信じてもらえないような事態に巻き込まれてる英二の話を小学生が理解できるとは思えない。
下手すれば変な人とか、もっと悪ければ誘拐犯だとか勘違いされるのがオチだ。

子供2人が道の角を曲がり、その姿が見えなくなると、英二が大きく息を吐いた。
「なんか次から次へとビックリさせられることばっかだ」
「英二・・・」
「大丈夫だって。びっくりはしたけどね」
「それならいいよ。でも次のところへ行く前にどこかで昼食にしよう」
「だいじょぶだって言ってんのに」
「お腹が空いて動けません」
ちょっと拗ねた顔をするかと思えば、おかしそうに笑い出す。
英二は表情が豊かで見ていて楽しい。
向こうの俺も本質的な部分が同じなら、英二のこういうところが好きなんだろうなと思う。

昼食に行くことを受け入れてくれた英二となにを食べようか話しながら歩く。
たわいのない話に笑っている英二をみて心の中でほっとする。
それを表に出したつもりはなかったけど、ニッと笑った英二はどうやら見抜いてしまったようだ。
「ほんと、大石って心配性だよね」
「普段はそうでもないんだけどな」
「オレって頼りなさそ?」
「そんなことないよ。しっかりしてると思う。もし俺が英二の立場だったらもっと取り乱してると思うから」
「もし大石がオレのいたとこに紛れ込んじゃってもオレがついてるからね」
「そうか、それじゃ真っ先に英二を探しに行くよ」
まかせなさい!と胸をたたく英二に、お世話になりますと頭をさげて2人で同時に笑う。
とても昨日会ったばかりだなんて思えないほど息が合う。
向こうでの俺はいつもこんなふうにしているのかな、と思うとほんの少し羨ましくなった。
もちろん俺にだって仲のいい友達はいるけれど、こんなに自然で一緒にいるだけで楽しくなるような相手はいない。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように前を歩いている英二をみながら、こっちにも英二がいたらなぁと思う。
いま俺と一緒にいる英二はいずれ帰さなくてはならないから。


*****
*****


ラーメン屋さんでお昼をとって、いよいよオレの家があるはずの場所に向かう。
さっきからしきりにこっちを窺ってる大石は心配してんのがバレバレだ。
オレの方はもうとっくに覚悟はできてるっていうのに。

今オレのいるところは、元いたところと似てるようで違うヘンテコな世界だ。
おかげで小学生の不二とかいう貴重なものも見れてしまった。
あ、でもラーメンの味はちゃんとラーメンだった。
・・・実はあんみつみたいなラーメンだったらどうしようとか思ってたのはナイショだ。

建物は微妙に違ったり名前が違ったりする。
現にさっきのラーメン屋だって、オレがいたほうの世界ではファーストフードだったんだ。

こっちの世界には菊丸英二はいない。
それなら菊丸家は無くて当たり前。
ん?待てよ。ホントにいないのかな、こっちのオレ。
例えば生まれたての赤ん坊とかすっげーじいちゃんだったら、大石が知らなくても不思議じゃないかもしれないぞ?
・・・うーん。でもなー。
なんの根拠もないけど、こっちにオレがいたらきっと大石とは知り合いだと思うんだよね。
ちょっとくらい歳が離れてても、大石がテニスやってなくても、どっかで知り合って、一緒にいる、そんな気がするんだ。
ちょうど今のオレとこっちの大石みたいに。

「住所から行くとこの辺じゃないか?」
大石が近くの家の表札で番地を確認してる。
ぼーっと考え事してるうちにオレんちの近くに着いてたみたいだ。
まったく気づかなかったのは目に入ってくる風景に見覚えがないから。

「えーっと。なんか建ってる家とかがちょっと違うんだよね」
「一軒ずつ表札を見てみようか」
「うん」

大石と並んでオレの家がありそうなあたりを歩く。
オレは生まれたときからおんなじ家に住んでるから、近所の家とか景色とかをまるごと覚えてるけど、ここは全然違う。
特にお金持ちってわけでもなさそうな一戸建てが並んでるっていうのは一緒なんだけど。

「やっぱ無いね」
「そうだな・・・」
覚悟してたとおりだったからオレは全然平気だったのに、大石がへこんでる。
もーしょうがないな、大石は。心配しすぎ。だから胃が痛くなっちゃうんだよ。
こういう時は先手必勝だ。
「ないんじゃないかなーって思ってたんだよね。予想的中ー!」
少しほっとしたような大石に向き直って、ダメ押しで 「それに」 と付け加える。
「もしオレん家があってもさ、そこからオレの顔したおっさんとか出てきて、 『菊丸英二はワシだー!』 とか言われたらさ」
一瞬、考えるような仕草をして、その後で大石が爆笑した。
「それは・・・いやだな、確かに」
ウケてるウケてる。作戦成功。
心配性の大石の扱いにかけてはプロフェッショナルだもんね。
・・・・とはいえ。
「いつまで笑ってんだよっ!!」
「ご・・ごめん」
律儀に謝るくせに顔はまだ笑ってる。こーいうとこもホント大石だ。
きっと30年後のオレの姿でも想像しちゃったんだろ。ハゲだったりしたら許さないからな。

「もー。次行くよ、次」
「はー・・・笑いすぎて腹が痛い・・・。ところで、次ってどこへ行くんだ?」
「大石のうち」
「俺の家?」
「向こうの、ね」
「でも、それはたぶん無いと思うよ。俺の実家はこの町じゃないし」
「うん。わかってる。でも行ってみたいんだ。だめ?」
「英二がわかってるならいいよ。行こう」

オレの家があったはずの、まったく見覚えの無い通りを後にして、オレ達は次の目的地へ出発した。



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