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黄色でふわふわのオムレツを前に、英二は思い出したように笑っている。
「大岩・・・ぷぷっ」
そんな英二につられるように俺もついつい笑ってしまう。

向かい合わせに座るローテーブル、英二特製のオムレツはとろけるようで本当に美味い。
英二が夕飯を作るって言い出したから、外食せずに買い物して帰ってきたけれど、ここまで料理上手だとは思ってなかった。
確かにこれなら外で食べるよりぜんぜん美味い。

「岩みたいにゴツゴツした大石だよ、きっと」
「ただの偶然にしてもなんだかなぁ」

あの後、俺達は向こうの大石家がある場所へ行ったけど、そこにあった家の表札が『大岩』だった。
それを見た英二がその場で笑いだし、あげく騒がしい外を不審に思った家人が玄関から出てきて、俺も英二も慌てて逃げてきたのだ。

「あー、でも今日あちこち行ってみて、ほんとにオレのいたとこと違うんだなーって実感した」
なんか知らない国にポンっと飛び込んじゃったかんじ。そう続けて英二は口元だけで笑ってみせる。

こんな時はなんて言葉をかけたらいいんだろう。
気を落とすなよ、大丈夫だから。
何を根拠に大丈夫だって?
今日1日かけて、英二を帰してやる手がかりは何も掴めていないのに。

「おーいし」

名前を呼ばれて顔を上げれば、イタズラそうに笑ってる英二と目が合う。

「でもその知らない国に大石がいてくれて助かった」
「英二・・・」
「だから今日も泊めて、ね?」

ニッと笑って俺の反応を見てる英二に思わず吹き出した。
まったく。大変なのは俺じゃなくて英二で、励ましてやらなきゃならないのは俺の方なのに。
かなわないよなぁ。

「今日といわず、ずっと居てくれていいよ。でも夕飯は英二担当」
「オッケーオッケー。お安い御用だ!」
「助かるよ。今は努力のかいあって簡単な料理なら作れるようになったんだけど、最初はひどかったんだ」
「なになに、どんな失敗をやらかしたの?」
「自慢できる話じゃないから、あんまり言いたくないんだけど、・・・みそ汁とか」
「え?みそ汁って失敗することあんの・・・?」
「俺もみそ汁なら簡単だろうと思って。こう、お湯に味噌をどばっと・・・」
「うひゃひゃひゃ・・・どばっと入れちゃダメじゃん!!」
「加減がわからなかったんだ・・・」

腹をかかえて笑い転げてる英二と一緒になって笑った。
そう、まだ1日。焦っても仕方がない。
俺が焦って、それを見た英二が不安になるようじゃ本末転倒だ。
手がかりはきっとみつかる。みつけてみせる。

「ね、ね、他には?まだあるんだろー、白状しろー!」
「ああ、あるよ、たくさんね。うんざりするほど失敗ばかりしてたから」
「で、次はなに作ったの?」
「カレー」
「どーやってカレーで失敗するんだー!!」

俺の料理失敗談は深夜にまで及び、笑い疲れた英二が眠るまで続いた。
今更だけど、俺にはつくづく料理の才能がないんだなと再認識してしまった・・・。


*****


ゆうべは遅くまで起きていたから、目が覚めたときにはすでに昼近かった。
セミダブルのベッド、隣では英二がまだ夢の中だ。
客用の布団でもあればもっと伸び伸び寝かせてやれるんだけど、あいにくと用意がない。
『平気だよ、狭いの慣れてるから』
そう言った英二は、事実なんの苦もなく半分のスペースで眠っている。
それにしても慣れてるっていうのはどういう意味だろう?
ああ、そういえば家族が多いって言ってたから、兄弟でベッドの共有でもしてるのかもしれないな。

できるだけ静かにベッドから抜け出して洗面所へ向かう。
英二を起こすのは朝食ができてからでいいだろう。
昨日は英二のいた所とこちらの違いを確認した。
今日はどうしようか。
英二が行きたいところがあるならそこへ行くとして、それ以外に帰る為の手がかりになりそうなことも探しておきたい。
それにはどうすればいいかな・・・。

顔を洗ってからキッチンに立つ。
冷蔵庫を開けて中から卵とハム、トマトとレタスを取り出す。
トマトとレタスを洗って、レタスは適当に千切りトマトはざく切りにする。
器に盛れば見た目はサラダだ。
あとはパンをトーストして、ハムエッグを作って。
朝食兼昼食ならこんなものだろう。
・・・というか、こんなものくらいしか作れないけど。

フライパンを温めて油を入れる。

何かで英二が陥ってる現象を調べられないだろうか?

十分に熱したところにハムを入れるとすぐに香ばしい匂いがキッチンに広がる。

例えば本とかで。

軽く両面焼いたハムの上に卵を割って落とす。

そうだ、図書館になにか参考になるものがあるかもしれない。

出来あがったハムエッグを皿に移して、食卓代わりのローテーブルへ運ぶと、起きてきた英二と目が合った。

「おはよう。今起こそうと思ってたんだ」
「んー。おはよ」
まだ眠そうに目をこすっている英二が洗面所のドアの向こうに消えるのを見送って、残りの用意をする。
トーストとバターとジャム、飲み物はオレンジジュース。
英二が来るまでは、朝はコーヒーを飲む程度で終わらせていた。
別段、朝は食欲がないというわけでもなく、ただ単に面倒だったというのが理由。
健康的に並んだテーブルの上をざっと眺めて、たぶん、ひどく満足した顔をしてるであろう自分に笑いがこみ上げる。
英二がここへ来てから今日で3日目。たった3日だ。
それなのに今までの生活が一変したような気がする。
昼近くまで寝てるなんていうこともめったにしないし、食事の支度を楽しいと思ったのも初めてかもしれない。
人ひとりいるだけでこうも違うものなんだろうか。
それとも一緒にいるのが英二だからなのか。

「なに、どしたの?じっと見ちゃって。オレ顔洗ったよ?」
ローテーブルでトーストにジャムを塗りつけながら大あくびしていた英二が不思議そうに聞いてくる。
知らないうちに見つめてしまってたことに少し焦ってとっさにごまかす。
「あ・・・っと、そんなにジャムつけて甘くないのかな・・・と」
「甘いから美味いんじゃん。でも大石は甘いのダメなんだよね」
「向こうの俺もそう?」
「うん。だからわざと食べさせんの無理矢理。そん時のイヤそうな顔がさー」
思い出したのか楽しそうに笑う顔に魅入られる。
「そんなに食べたいならこれあげるよ?」
そう言いながら顔の前に突き出してきた山盛りのジャムが乗ったトースト。
「・・・勘弁してください」
自分でも驚くほど情けない声が出て、英二に大笑いされてしまった。

引き戻したジャムトーストに噛り付いてる英二と今日の予定を話しながら俺も食事を始める。
特に行きたいところは思いつかないという英二に図書館行きを提案してみる。
「うえぇ。オレ、ああいう静かなトコ苦手・・・」
「でも本がたくさんあるから、いろいろ調べられるよ」
「大石は本好きだからなぁ・・・。しゃーない、行くか。ま、勉強しに行くわけじゃないんだしね」
「英二が勉強したいっていうなら協力するけど?」
「・・・大石ってほんと、そういうとこヤな奴だよなぁ」

じろりと睨まれて思わず吹き出した。
そうか、英二は勉強は好きじゃないんだな。確かにそんなかんじだけど。
少しずつ少しずつ英二のことがわかってくる。
好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと。
そういうことを楽しいと思うのも、もっといろんなことを知りたいと思うのも初めてのことかもしれない。
これはやっぱり相手が英二だから、なんだろうな。




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