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大石と地元の図書館へ着いたのは2時ちょっと前だった。
国立図書館へ行こうかという大石の申し出は丁重に却下した。
なんか国立なんて名前だけみても偉そうな雰囲気で、とても足を踏み入れる気になれない。
オレが帰る手がかりを探してくれようとしてるってのは、ものすごーく嬉しいし、ありがたいとも思う。
でもオレは大石と違って図書館へ行くなんて趣味は持ち合わせてないんだ。
最後に行ったのはたぶん小学校の頃で、今日と同じように夏休み。
読書感想文だか自由研究だか、とにかく宿題の為に友達数人と行くには行ったけど。
結局マンガ読んじゃったり遊んじゃったりしてちっとも宿題が進まなかった記憶がある。
要するに、じっと静かに座って本を読むなんてのは、オレにしてみれば拷問と同じなわけだ。
大石はいかにも通いなれてるかんじで建物の中に入っていく。
オレはその後を追うようにして続く。
自動ドアが開くと同時に飛び出してきた子供とぶつかって、驚いて中を見ればどこもかしこも昔のオレみたいなガキだらけ。
静寂なんてひとっかけらも残ってなかった。
「夏休みも終わり間近だとさすがに凄いな」
苦笑いしている大石のすぐ脇をガキ2人組みが追いかけっこして走り去っていく。
「図書館っていうよりどっかの公園みたい」
「よかったな、英二。全然静かじゃないぞ」
「あんまり嬉しくないけど」
前方不注意で突っ込んでくるガキ共に気をつけながら、大石と歩く。
少し奥へ行くとなんだか難しそうな本が並んでるところにたどり着き、この辺はさすがに静かだった。
どうやら学術系専門書の類が置いてあるところみたいで、背表紙を見てるだけでもクラクラしそうになる。
ごく当たり前な顔して表示されてる本の分類表を目で追ってる大石はそんな眩暈とは無縁らしい。
うう、だめだ。こんなとこにいたら窒息する。
大石には悪いけど、ここにいるよりはさっきのガキ共にまみれてた方がまだマシだ。
「あー、あのさ、大石。オレ、他のとこ見に行ってみるよ」
「うん?そうか」
ちょっと笑った大石は、きっとオレの心中なんてお見通しだろうな。
ま、図書館嫌いって言った時点でそんなことはわかってるだろうし、いいや。気取ってもしょうがないし。
オレはヒラヒラと大石に手を振って、もと来た方へ戻る。
子供だらけの児童書や低学年向けの本があるあたりを通り抜けて、小説だのドキュメンタリーだのが並んでる棚を眺める。
背表紙のタイトルを見ても関係なさそうな本ばっかりだ。
そのまま本棚の間を歩いていると視界が急に開ける。
ソファとテーブルがあるそこには大人と子供が混じって本を読んでいた。
閲覧室よりも気安い雰囲気で、騒がしいっていうほどうるさくもない。うん、決めた。この辺にいようっと。
ただぼけっと座ってるのもなんだし、と手近な本棚に目を向ける。
お、『実録!UFOから帰還した人々』、だって。
うーん、オレ、UFOには乗ってないんだよね。乗りたいとも思わないけど。
『ミステリーゾーン』ってのもあるな。これなんからしいかも。
他には『四次元の謎』とか『古代遺跡ミステリーツアー』とか。
どれもこれもなんか怪しげだけど、とりあえず『ミステリーゾーン』を手に取って空いてるソファへ座った。
バミューダー海域だのドッペルゲンガーだのを気乗りしないまま斜め読みする。
神隠しってのはそれっぽいけど、ある日突然帰ってこれましたーなんて結末じゃなぁ。
もっとなんていうか、神隠しにあってた間どうしてたとか、なにをして帰ってこれたとか書いてないと参考になんない。
とはいえ、もしそんなのが書いてあったとしても、この本の話がホントかどうかっていうと、かなり怪しいとは思うけど。
わずかな振動に本から目を上げて隣を見ると、小学生くらいの男の子が飛行機の本をもって座ったところだった。
どっかで見たような、誰かに似てるような気がして横顔を眺めて、唐突に思いあたった。
裕太だ。小学生の裕太。
不二もいるのかとあたりを見回したけど、近くにはいないみたいだ。
裕太は真剣な顔で本の戦闘機を見つめている。
なんだか可愛くて、ちょっかい出したい衝動がウズウズと湧き上がってくる。
「かっこいい飛行機だね。飛ぶの早いかな?」
怖がったり警戒させたりしないように思いっきり笑顔で話しかけてみた。
裕太はちょっと驚いた顔をしたけどすぐにオレの方に本を向けて見せてくれる。
「はやいよ。こいつ戦闘機だもん」
それから本を指差してミサイルはここから出るんだ、とかマッハ2.0で飛ぶんだとかいろいろ教えてくれた。
「すごーい!よく知ってるねー。飛行機好きなの?」
感心して褒めるとちょっとだけ自慢そうな顔をしてうなずく。
可愛い!すっげー可愛いー!
抱きしめて頭をグリグリなでまわしたいのを必死でおさえる。
その後も裕太はあちこちのページを開きながら熱心に説明してくれる。
小さい頃の裕太ってこんな可愛かったんだ。
不二がすっごい大事にしてるのわかった気がする。
こんな弟がいたらオレだってかまいたおしちゃうもんね。
「裕太!こんなところにいたの?探しちゃったじゃない」
息を切らせてかけてきた女の子に呼ばれて裕太もオレも顔をあげる。
目を離すとすぐどっかいっちゃうんだから!とブツブツ言ってる女の子、その可愛らしい顔にも見覚えがあった。
これってもしかして。
「おねえちゃん?」
「うん」
やっぱり。由美子ねーちゃんだ。
「もう帰るわよ、ほら」
「まだ本見てる」
「だめよ!お母さんだって待ってるんだから」
ちっちゃい由美子ねーちゃんが有無を言わさず裕太にカバンを背負わせると、裕太がしぶしぶ従った。
手を引かれて帰りがけ、名残惜しそうに何度も振り返ってバイバイと手を振ってくれた。
そんな仕草も可愛くて、手を振り返しながら歩いていく後姿を見送る。
・・・あれ?今、なんか裕太の後姿が気になったような・・・。
あ、そうか。あれだ。
裕太の小さな背中で揺れてる小さなカバン。あれがどっかいっちゃったオレのカバンと色違いだったんだ。
裕太が帰ってしまった後、手にしていた本を開いたけどもう読む気にはならなかった。
オレのひざの上に置かれたままになっていた飛行機の本とミステリーゾーンを持って立ち上がり、本を棚に戻しがてらブラブラと歩く。
外はまだ明るかったけど、子供の姿がだいぶ少なくなってる。もう夕方なのかな。
本棚に並ぶ背表紙を横目にそろそろ大石のところへ戻ろうかと思っていたところで、その大石がオレの方へ歩いてきた。
気落ちしてるのがまるわかりなあの表情から察するに、成果はなかったみたいだ。
そんなに済まなさそうな顔しなくていいのに。オレだってなんの成果もなかったんだし。
それに結果がどうだって、大石が一生懸命やってくれてるってことが、オレはすっごく嬉しいし心強いんだから。
「ごめん、英二。手がかりになりそうなことは・・・」
「あのさ大石、神隠しにあった子がね」
「え?神隠し?」
「そ。家で遊んでる時に神隠しにあって急に消えちゃったんだって。でね、その子は1年くらいたったある日、突然帰ってきたんだってさ」
「・・・英二、どんな本読んでたんだ・・・」
「ミステリーゾーンだよん。オレもさ、ある日急に帰れちゃったりするんじゃないかな」
大石が驚いたようにオレを見るから、それにニッと笑い返す。
「来る時だってポンっと来ちゃったんだからさ、帰る時もそんなふうかもしれないじゃん?」
「あ・・・ああ、そうだな。そうか、そういうこともあるか・・・」
なるほどとかなんとか言いながら考え込んだ大石の背中を押して図書館の外へ出る。
外はもわっとして暑いけど本の匂いで満ちてる図書館の中よりずっと空気がいい。
思いっきり伸びをして大きく深呼吸すると横にいた大石が笑った。
「よっぽど図書館が窮屈だったんだな」
「だから苦手だって言ったじゃん」
気分が引き締まって勉強するにはいいんだけど、なんて優等生な発言は聞き流して、帰ろうと促すと大石が笑ってうなずいた。
よし、今日の晩飯は大石の好きな和食にしよう。
いっぱい頑張ってくれて、いっぱいお世話になってる大石へ感謝をこめて。
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