6
キッチンと部屋を往復して英二が出来上がった晩ごはんをテーブルに並べている。
次々と出てくるのは、焼き魚、肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え。
「ほい、ご飯と味噌汁。これで完了〜。・・・あ!」
なにか思い出したようにバタバタとキッチンに駆け戻り、手にしてきたのはきゅうりの浅漬けだった。
すごい。こんなにたくさんの料理を英二は短時間でこなしてしまった。
それも和食。和食は作るのが難しいと思っていたのに。
「なんでも作れるんだな・・・」
思わず感嘆すると英二が眉をしかめる。
「んなすごいもの作ってないよ。簡単なのばっかじゃん」
「簡単なのか?これが?」
英二が教えてくれた手順だけ聞くと確かに簡単そうだ。でも俺にできるとは思えない。
これは立派な特技だ。英二は将来そういった職業につくつもりなんだろうか?
・・・と、思ったまま聞いてみたら笑われてしまった。
「うちはさ、両親が共働きで朝早くに出勤しちゃうから、朝ごはんが当番制なわけ」
「それじゃ兄弟みんな料理できるのか?」
「そーそー。小学生の頃から台所に立ってりゃ誰だってこのくらい作れるって」
「そんなものなのか・・・」
さも当たり前のように言われて溜息をつけば英二がにやっと笑う。
「大石はお坊ちゃまだからなー。1人暮らしするまで料理とかしたことないでしょ」
「お坊ちゃまってわけじゃないけど・・・。でも母さんは専業主婦だから家にいつもいたしね」
「大石のおばさんは料理上手だもんね。オレも大石んちの子だったら料理なんてしようとも思わなかったんだろうなー」
向こうの俺の家での食卓風景でも思い出したのか、英二が穏やかな笑みを浮かべて話す。
「むこうの俺のうちにもよく遊びに行った?」
「うん。中学の頃からしょっちゅう行ったり来たりしてるよ」
そういって英二は俺を見る。
でも、その目は俺を通してもう1人の、向こうの俺を見ているみたいだった。
英二の瞳が形容しがたい色を浮かべる。なんだか落ち着かなくさせるような。
「向こうの大石の部屋には水槽があって熱帯魚がいるんだよ。水草とかも育ててすっごい凝ってるんだ」
英二が少し大人びた表情を見せるのに気づいたのはいつだったろうか。
もう高校生なんだから当然といわれればそうなんだろうけど。
でも普段の英二は明るくて元気で賑やかで少し子供っぽいくらいなのに。
そんな英二が時折、甘いような、それでいて見てるほうが切なくなるような、そんな顔をする。
そしてそんな時はいつも向こうの俺の話をしている時で。
一種の懐かしさみたいなものなのか、それとも違うなにかがあるのか。
俺にその心のうちはわからないけれど、そんな英二を見ているとなぜか胸が騒ぐ。
「俺も小学校の頃は縁日で取ってきた金魚を飼ってたよ」
「あ、オレも!真っ赤で可愛かったんだよね。でもすぐに死んじゃってさ、めちゃくちゃ泣いたんだよなー、子供の頃」
「縁日の金魚は育てるのが難しいんだ。長い距離を移動していたり、網で追いかけ回されたりして衰弱するから」
「うん、向こうの大石にもそう言われた」
もの思うように少し目を伏せ、そしてふわりと笑う。幸せそうに。
どうしてだろう、そんな顔を見せられるとチリチリと焦りが浮かぶ。
「そうだ、言うの忘れてたよ。明日はバイトが入ってるから俺は1日いないけど、英二は好きにしてていいよ」
半ば強引に話題を変えて英二の意識を引き戻す。
「あのコーヒー屋さんのバイト?」
「うん。明日行けばまた3日は体が空くから」
「なんだ、言ってくれればよかったのに。そしたら今日はうちでのんびりしてたのにさ」
「大丈夫、座って本読んでただけだから疲れたりしてないよ」
「そっか、大石は本好きだから疲れないのか。オレなんか1日本なんか読んでたらグッタリしちゃうよ」
「それにしては帰るときも元気そうだったな」
「それは裕太と遊んでて・・・あ!大石に報告しようと思ってたんだ!図書館で裕太に会ったんだよ」
「裕太って・・・えーっと不二くんの弟だっけ?」
「そうそう、こないだ小学生の不二と会ったじゃん?そん時に一緒にいたのが裕太だよ。でさ、・・・」
楽しそうに図書館での出来事を話してくれる英二はすっかりいつもの英二だ。
そんな姿をみて安堵している自分に複雑な気分になる。
英二は表に出さないけど向こうに帰りたいと思っている。
でも俺にはまだその手段がわからない。
だから懐かしがっている様子をみて、どうしてやることもできない焦燥感を覚える。
たぶんそういうことじゃないんだろうか。
自分の不可解な気持ちになんとか説明をつけても、心のどこかで小さく否定する声がある。
その声に耳を傾ければ知りたくないことを知ってしまいそうで、俺は聞こえないふりをした。
*****
*****
朝は大石と同じ時間に起床。
大石を送り出して朝ごはんの片づけをしたらすることがなくなってしまった。
出かけてもいいって合鍵を貸してもらったけど、行くところも思いつかない。
あ、でも少し体は動かしたいかも。
もう4日もテニスしてないどころかラケットにも触ってない。
腕がなまるのはマズい。夏休み明けに恒例の校内ランキング戦がある。
レギュラー落ちなんてシャレになんない。
そんなことになったら大石にだって迷惑がかかるし、第一にオレ自身が大石と別の奴のダブルスなんて見たくない。
ああ、待てよ?
その前に向こうに帰るってのがとりあえずの大問題だ。
無事に帰れないとランキング戦にも出れないし。それはすっごく困る。
ホントにポンっと帰れないかな。例えば外とかフラフラしてて気がついたら帰れてたーとか。
部屋に大の字で寝転がって白い天井を見上げる。
もう4日になるのかぁ。
みんな心配してんだろうなぁ。
家族で大騒ぎになってるよな、やっぱ。
家出とか思われてるのかなぁ?それとも誘拐?
ってことは警察に捜索願とか出ちゃってるのか?
こりゃ大変。って、これは大石の口癖だ。
大石。
大石も心配してるよな・・・。ちゃんと寝れてるかな。胃に穴なんか開けてなきゃいいけど。
せめてこっちからあっちへ連絡できる方法でもあればなー。
オレは元気にしてるよ、無事だよ、って伝えられればいいのに。
白い天井から壁へ視線をずらすと海のポスター。
『浦島太郎が地上に帰ってきた時にはすでに数百年の時が経っていました』
うわっ、ヤなこと思い出すなよ、オレ。
そんなこと無い無い無いったら無い!
オレが浦島太郎だとこっちの大石が乙姫様ってことになるじゃん。それはおかしいだろ。だから無い。
うりゃっ!とかけ声をかけて足で反動をつけたその勢いで逆立ちしてみる。
うん、アクロバティック健在。オッケーオッケー。
うだうだしてるからロクなこと考えないんだよな。
やっぱ体動かそ。
まずは基本のラジオ体操からだな。いっちにーさんし、にーにーさんし。
あっとこの次の動きはなんだっけ?あれ?
まぁいっか。思い出した順でやろう。
体操の次は柔軟。柔軟をしっかりやんないとケガの元だ。
あー、だいぶ体が軽くなったぞ。やっぱ運動は大事だねー。
よし、んじゃいっちょ走ってくっか。
グラウンド20周!!なんちゃって。
部屋の戸締りをして合鍵をポケットにつっこみ、オレはそのまま外へ走り出た。
体が軽くなると気分も浮上する。
そうだ、どっかストリートテニスとかできるとこないかな。
そしたら大石を誘ってテニスをしに行こう。
→7