運動をした後の心地よい疲労感に満たされてテニスコートを後にした。
隣を歩く英二もコート上でのテンションのまま、高揚した様子でしきりに話続けている。

「大石って絶対テニスもいけるって!ほとんど初めてであれだけやれるんだからさ」
「英二にそういってもらえると自信が持てるな」
「また行こうね!」

英二は飛び跳ねんばかりにはしゃいでる。
本当にテニスが好きで、楽しくてしょうがないって体全部で言ってるから、俺まで嬉しくなってくる。
明日もバイトが休みだし、朝から行こうって言ったら英二は喜ぶだろうな。

昨日の夜、英二にテニスがしたいって言われて、とっさに駅近くの公営テニスコートを思い出した。
いきなり行ってプレイできるのか心配だったけど、運よく1時間待ちでコートに入ることができた。

テニス初心者の俺相手だから、英二にしてみれば肩ならし程度のラリーだったんだろうけど。
ポンポン飛び出してくるアクロバテイックなプレイには正直驚いた。
それにやっぱり上手い。テニスの強豪校でレギュラーをはってるだけはある。
俺も運動神経には自信があるけど、英二の動きについていくのがやっとだった。
打ち返したボールに瞬時に飛びつく反射神経のよさ、不安定な体勢をものともせずに死角をついてくるボディコントロールのすごさ。
予測のつかない動きに翻弄されっぱなしで、英二の3倍は走らされた気がする。
向こうの俺は、この英二をパートナーにダブルスを組んでるのか。

「すごいんだな・・・」
「なになに?オレのこと?なんちゃって」
「もちろん英二もすごいよ。でもそれについていける向こうの俺も、なかなかたいしたもんだなって」
「うん、大石はすごいよ。前で飛び回ってるオレの後ろで冷静にフォローしてくれる。オレは大石と組んだから全国へいけたんだ」

パートナーを褒められた英二が、まるで自分のことのように誇らしげに笑う。
英二にとってのかけがえのない相手。
話し方や仕草からどれだけ信頼しているか、大切に想っているかが伝わってくる。

羨ましいと何度思っただろうか。
向こうの俺はこれからも英二と一緒に、同じ時間の中で泣いたり笑ったりして、共に生きていくんだろうと思うと嫉妬心すら覚える。
こんなことを言ってもどうにもならないのはわかっているけれど、それでも言わずにはいられない。
どうして向こうの俺には英二がいるのに、俺にはいないんだろう。

傍らで楽しそうに話している英二に相槌を打ちながら、心が暗く傾きそうになる。
例えば、もし、英二が帰れなかったら。
違う、そんなことは望んでいない。帰してやりたいと思ってる。
でも、もし、もしも。

ふいに鳴った携帯電話の着信メロディが暗い思考を断ち切る。
名も知らぬ古い映画音楽の優しいメロディは、大石に似合うから、と英二が設定してくれた曲だ。
淀む心をそっと包むような緩やかな旋律。

「メール?」
「うん。大学の友達からだ。・・・パソコンが壊れて論文用の資料データが全部飛んだって」
「あちゃー・・・。大変だぁ」
「ごめん、英二。この後の予定キャンセルして家に帰っていいかな。うちにある資料を送ってやりたいんだ」
「いいに決まってんじゃん!早く帰ろ」

早く早くと袖を引っぱるほど慌ててる英二をなだめながら、それでも少しだけ早足で帰路に着く。
頭の中でゆったりと流れ続ける曲は沈みそうだった心を穏やかに癒す。

気持ちが落ち着けば、嘘やごまかしのない自分の本心が見えてくる。
・・・本当はこのまま戻れずに側に居てくれればいいと思う。

ごめんな、英二。

少し前を歩く英二に心の中だけで謝った。
帰れる手段がみつかったら、どんな努力も惜しまずに協力すると約束する。
だから、もしもの時を夢見てしまうことを許して欲しい。



*****
*****



そんなに急がなくても、なんて言ってる大石を引っぱって、最後はほとんど走って帰ってきた。
だって友達に資料を送るなら、これからコピーしたりまとめたりしなきゃいけないんだから時間がかかるはずだ。
やっとのことで部屋にたどりついて、オレもなんか手伝おうと、机に向かった大石を追いかける。
そこで大石が取り出したのはなんとシルバーのノートパソコンだった。

「大石、パソコン持ってたの!?」
「ん?ああ、大学に入ってから買ったんだ。勉強する時にしか使わないんだけどね」

授業や論文を書くのに必要なものを整理しておくのに便利、だってさ。
勉強するのにパソコン使うなんて、オレからしてみれば信じらんない話だけど。

「大石らしいっていうかなんていうか。オレなんか遊ぶのにしか使わないけどなー」
「ちょっと待ってて。これ送っちゃったら遊んでいいから」
「資料、メールで送るの?友達のパソコン壊れちゃったんじゃないの?」
「リカバリして使えるようにはなってるらしい。データは残らなかったみたいだけど」

なるほど、そういうことか。どうりで大石が落ち着いている訳だ。

「なーんだ。オレ、てっきりコピーして郵便で送るとかするんだと思ったよ」
「それで慌ててたのか。ごめん、言えばよかったな」

メールを送り終えた大石が、お詫びに好きなだけ遊んでいいって席を空けてくれる。
その言葉に甘えてパソコン前に座りながら、いつもやってるゲームのページへ行こうとしたんだけど。
無い。オレのお気に入りゲームのホームページ。
URLはちゃんと確認した。それなのに 『ページが見つかりません』 だって。
そっかぁ、こっちには無いんだぁ。残念。

「英二、お腹空いたろ?昼ごはん、簡単なものでいいか?」
「うん、いいよー」

キッチンへ向かう大石を見送って、またパソコンの画面に向き直る。
うーん、なにをしようかな。
あ、そうだ。いいこと思いついたぞ。

検索サイトを開いてキーワードに 『神隠し』 と入れた。
該当件数は・・・10万!?
世の中そんなに神隠しにあう人がいるのかっ?・・・と思ったら違った。
出てきた検索結果は有名なアニメ映画のタイトル。なるほどね。
キーワードをちょっとずつ変えていって、やっとアニメ映画から脱出に成功。
怪しげなホームページがいくつかヒットした。

キッチンから漂ってくる美味しそうな匂いにお腹をキュルキュル言わせながら、ホームページを見てまわる。
なんかどれもこれも子供が作ってるみたいなトコだなー。
お、これは固そうなかんじのとこだぞ。どれどれ。
・・・イギリスで開かれた第82回超心理学国際学会の研究発表について。学会?神隠しの?
そんなものあるんだぁ。よくわかんないけどなんかすごい気がする。
書いてある内容も難解で頭が拒否反応起こすあたりがさらにすごい気がする。

「英二、パスタできたよ」
「あ、大石、ちょっとこれ見て」
「なんか面白いものあったのか?」

モニターを覗き込む大石に見やすくなるよう半分席を譲る。
「こんなものがあるのか・・・」
驚いたように画面を見ている大石の感想はオレと同じだ。
そりゃ驚くよね、神隠しとか本気で研究してる人がいるなんてさ。

真剣に研究論文を読み出した大石に 「なんか参考になりそう?」 と聞いてみる。
「ここに発表されてるものだけじゃちょっとな・・・。英二のパターンと違うし」
「そっかぁ。せっかくまともそうなとこ見つけたのに」
「こういう研究してる人と会って話が聞けたらいいんだけどな・・・あ」
学会の出席名簿を見ていた大石がなにか見つけたらしい。
「どしたの?」
「うちの大学の教授がいる・・・」
「マジで!?」
「うん。ほら、ここに書いてあるよ」
「どれ・・・。え、え――っ!?」

大石がマウスのカーソルで指した先にあった名前を見たオレはびっくりして思わず声をあげた。
そこにあった名前。
『△△大学 助教授 乾貞治』
・・・あの、乾だ。



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