ホームページで乾の名前を見つけてから、大石はずっと大学の友達と電話やメールで連絡のやり取りをしてる。
学部が違うから面識がないし、夏休み中だから大学に行ってもいるかどうかわからないんだって。
会ったことは無いけど噂はよく聞くという大石に、どんな噂か聞けば、「ちょっと変わってる教授らしいよ」 と返ってきた。
大石らしい控えめな表現だけど、つまりは変人で有名ってことだよね。
大学の教授だなんていうから、同姓同名の別人っていうのも考えてたんだけど、変人説があるなら確定だ。
乾もどこにいてもやっぱり乾なんだなぁ・・・。
こっちでも汁とか作ってるのか?作ってるよな、きっと。それでも大学の教授になれちゃうんだぁ。
毎日、新作汁とか飲まされそうだから、オレはそんな先生イヤだけど。

「・・・うん、そうなんだ。できるだけ早めに。・・・そうか」

顔だけはドラマかなんかやってるテレビに向けて、耳は大石の話す声を拾い続ける。
神隠しの研究なんかやってるこっちの乾。会えるのかな。
乾の、一歩間違えばストーカーになっちゃいそうなデータ収集力が役立つかもしれない。
もしも乾に会えたら、なにか帰るヒントが見つかる、そんな気がする。

「・・・ああ、知ってる。っていっても2,3度話した程度だけど。・・・連絡つくなら・・・」

ちらりと大石の方を見ると電話で話しながらメモを取っているところだった。
手元のメモ帳は電話番号とか名前とかがびっしり書き加えられている。
初めはオレも大石の隣に座って電話してるのを見てたんだけど、「なにかわかったらすぐに教えるから」 と苦笑いされてしまった。
そりゃ、電話してるところをじっと見られてたら話しにくいよな、とテレビに向かったわけだけど。

「・・・それじゃ頼むよ」
ふぅ、とひとつ息を吐いて大石が電話を置いた。

「どうだった?」
「乾助教授の講義を取ってる人に連絡がつきそうだよ。こっちに電話くれるって」
「じゃ、連絡待ちだ」
「うん。あとは乾助教授のスケジュール次第だな。学校に来てるなら会いに行けるし」

昼過ぎからずっと電話してたりした大石の顔には、さすがに疲れが出てる。
なんか、ホント、世話になりっぱなしだよなー、オレ。ごめんね、大石。
キッチンでコーヒーを入れて、軽く伸びをしてる大石に渡すと 「ありがとう」 って笑う。
ありがとう、を言うのはオレの方なんだけど。

「お疲れさんな大石に、エージくんが肩を揉んであげよう」
「えっ!?いいよ、凝ってないから」
「いーからいーから」

うわ、とか、うぎゃ、とか言ってる大石の肩を無理矢理揉みほぐす。
オレ流の感謝の気持ちのつもりだったんだけど、伝わるどころかむしろ逆効果っぽい。
やっぱ、ちょっと照れくさくても素直にありがとうっていうべきだよな・・・と思いつつ。
肩を揉まれてる大石の反応が面白すぎてやめられない。

「え、英二っ!」
「まだまだ。凝ってますぜ、お客さーん」
「で・・・電話!電話鳴ってる!」
「へ?」

肩を揉む手を止めると大石が慌てて電話に走る。
ほんとだ、鳴ってる。騒いでたから全然聞こえなかった。

「はい!もしもし!・・・あぁ、ごめん。・・・いや、大丈夫だよ・・・・」

もしかして、さっき連絡待ちだった人からかな。乾の講義取ってるとかいう奇特な。
つい期待から、電話してる大石を見てしまう。
それに気がついた大石が笑ってうなずく。
やっぱりそうだ。

「それじゃ・・・うん・・・わかった。ありがとう」
受話器を置いた大石の顔には笑みが浮かんでる。
これはひょっとしていい感じ?

「乾助教授に会えるよ」
「マジ?!で、いつ?」
「明日学校に来るって言ってたから、明日かな。早いほうがいいだろ?」
「うん!やったー!」

こっちの乾に会える。
それだけでなんとなく、ひとつ賭けに勝ったような気がする。
いい方向へ、少しずつ動き始めてる予感。
大丈夫、きっと帰れる。元のところへ。



*****



明かりを消した薄暗い部屋。
隣からかすかに聞こえる大石の寝息。

帰れるかもしれないって思うと、気持ちが昂ぶってなんだか寝付けない。
ベッドに入ってほんのちょっと眠くなった気がするけど、明日のことを考えると目が冴えた。
乾はきっとなんか知ってる。
オレの勘がそう言ってる。こういう時は外さないんだ、絶対。

静かな部屋に時計が秒針を刻む音が響く。

隣で眠る大石を見る。
闇に慣れた目は、窓から差し込む淡い月灯りでも、その輪郭をとらえる。
見慣れた寝顔よりも少し引き締まった精悍な横顔。
あと数年したら向こうの大石もこの顔になるんだ。
その頃にはオレも見慣れてるのかな。

こっちに来てからもう5日。明日は6日目。

大石に会いたい。
学校も部活もずっと一緒だったから、こんなに離れたことなんてなかった。
こっちの大石も大石なんだけど、でも違う。オレの大石とは違うんだ。
たとえば声。英二、ってオレを呼ぶ時の、ちょっとくすぐったくなるような響き。
それから目。2人でいる時にオレを見つめてくる強い瞳。体が熱くなるような。
それから、それから。

寝返りをうって大石の横顔から目をそらす。
かすかにベッドが軋む音を立てた。

そういえば。
こうやって眠れずにいると、なぜか大石はそれに気づいて目を覚ますんだよね。
でさ、「どうした?英二。眠れないのか?」 って聞いてくるんだ。
すっごい眠そうな顔してさ。おかしいよね。
腕を伸ばせば、いつも体ごと抱きとめてくれてるから、それでオレは安心して眠くなって。

大石に会いたい。
帰りたい。
帰りたい、元のところへ。大石のところへ。

枕を思いっきり抱きしめて顔をうずめて、もう一度寝返りをうった。
息が苦しくなって顔を上げれば、視界に入るのはまだ薄暗い、夜の窓。
早く、早く朝になればいい。



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