呪術者の島 10   ( 海に咲く夢・番外編 )




朝食の後、王宮の庭で1人剣の稽古をしていた裕太は、緑の生垣の影から姿を現した華やかな姿に手を止めた。
「いつも熱心で感心なこと。でも少し休憩をなさらない?」
「・・・いえ、俺はまだ稽古の途中で、」
「あら、せっかくお茶を持ってきたのに」
有無を言わせぬ調子で妖艶に笑う婦人は、西国の第二王子である手塚の叔母だった。
手塚が幼少の頃に他界した実母の代わりに王宮に住み、なにかと手塚の身の回りの世話をして暮らしている。
美しい人だが野心家で悪い評判も多く、例に洩れず裕太も苦手意識を持っている。
だが、整えられた芝生の上に持参した籠を置き、すでに茶器を並べ始めている彼女から逃れる術はなかった。
渋々剣を置き、向かい合う場所に腰を下ろす。
目を細めて満足げに笑った女は、裕太にお茶の入った器を差し出した。



手塚に借りていた本を返しにいったついでに少し手合わせをしようということになって、周助は手塚と一緒に王宮の庭に出ようと階段を降りていて異変に気づいた。
普段この時間はせいぜい庭師がいる程度の静かな庭に、大勢の人間が声を上げ慌しく行き来している。
「なんだ?」
「なにかあったみたいだね」
階段で足を止めていた周助と手塚が見えたのか、騒ぎが起こっている場所から走り出てきた第四王子の葵がまっすぐ2人の前に向かってきた。
「不二さん、大変です!裕太さんが・・・」
「裕太?裕太がどうかしたの?」
「庭に倒れていたんです。今、医者が、」
葵の話を最後まで聞かずに周助は階段を駆け下りる。手塚も後に続いた。
囲むように立ち並ぶ人垣を力ずくで掻き分けて周助は立ち竦んだ。
蝋のように白い顔に鮮やかなほど対比するのは口元から流れた鮮血。
「・・・裕太っ!」
取り乱して弟を抱き上げようとする周助を手塚が背後から羽交い絞めにして止める。
「不二、動かすのは危険だ!」
「裕太っ、裕太!!」
押さえつける手塚を引き剥がそうと猛然と暴れる周助を、すぐに医者が来るからと周りの者も押さえ宥める。
数分の後、用意された担架に乗せられて、裕太は医者と一緒に王宮内へ運ばれた。



裕太が一命を取り留めたと知らせがあったのは、すでに西日が落ちようとしている頃だった。
助かったのは発見が早かったのと、王宮内に優秀な医師が揃っていたことに尽きる。
容態が安定したのを見取って部屋に戻ったという周助を手塚が尋ねた時には、もう完全に夜になっていた。
灯りの無い暗い部屋の中、微かに聞こえた絹ずれの方へ向けて手塚が声をかける。
「不二」
「毒だって。誰がそんなことをしたのかな」
暗闇の中から返る声が怒りを含んで小さく笑う。
手塚は深く息を吐き、意を決したように口を開く。
「・・・今朝、叔母が、裕太と一緒にいたところを見た人がいる」
「なんだ、知ってたの。驚かそうと思ったのに」
「・・・やはりそうなのか」
「間違いないよ。水晶球で確かめたから」
まさかと思っていたことが真実だと告げられて手塚は衝撃を隠せずに黙り込む。
叔母が裕太に恨みを持っていたとは思えず、それなら凶行の原因は1つ、王位継承権しかなかった。
「・・・・・・すまない」
「君が謝ることじゃないよね。それよりも戻ったほうがいいんじゃない?今頃君のところは大騒ぎになってるはずだから」
「どういうことだ?」
「行ってみればわかるよ」
おかしくて仕方がないという風に笑う周助に危機感を感じた手塚は、急ぎ部屋へ戻る。
王宮内にある自室で、右往左往している使用人達の間から見えたのは、気がふれて奇声を発している叔母の姿だった。



王宮内で呪術の使用はご法度、まして王族に関わるものに対して使われた場合は死罪と決められている。
なんの抵抗もせず兵士に捕らわれた周助に、情状酌量の余地有りとして刑罰の軽減を嘆願したのは、手塚と葵、そして事情を聞いた跡部だった。
死罪を逃れ、国外追放となった周助は行き先を呪術者の島と決めて、西国の港に着いた船に乗る。
見送りに来ていた手塚が、出港までと一緒に船に乗り込んでいた。
「これが精一杯だった。すまない」
「・・・手塚、継承権放棄したんだって?馬鹿なことするね」
「不二、俺になにかできることはないか」
「・・・それじゃ、この船で僕と一緒に呪術者の島へ来てよ。一人旅って退屈だからさ」
「わかった」



**



「冗談で言ったのに、手塚ったら本当に一緒に来ちゃったんだよね。それでも、最初は送ってくれるだけですぐ帰ると思ってたんだけど」

笑いながら話す不二の顔がどこか悲しげに見えたのは、英二が2人の事情を知ったせいかもしれなかった。
柳が2人にとって不幸な事件と言っていたが、まさにその通りだと思う。
手塚が王位に就けば母代わりの叔母は王宮内で絶大な権力を手にできると考えたのだろう。
そして不二が叔母を罰さなければ裕太の次は葵、そして跡部も毒牙にかかっただろう、と柳は言う。
結果的に西国の王子達を守った不二だが、もう二度と生まれ育った国に戻ることは叶わない。

「話を聞いたならわかったと思うけど、手塚はここにいる必要がないんだ。だから戻るように言ってるんだけど、手塚って子供の頃から頑固でさ。大石からも説得してよ」

手塚と不二、大石の話し合いの席に、柳と共に同席を許された英二は、正面に座っている手塚を見ていた。
話し合いが始まってから一言も口をきかない手塚は、今何を思っているのだろう。

「手塚が西国へ戻りたいなら船に乗せることに異存は無い。だけど、手塚は戻る気がないんだろう?」
大石の問いに顔を上げた手塚が無言のまま頷く。
それを見た不二が苛立ちを隠せずに声を荒らげた。
「手塚。君は術師でもなければ、真田のような護衛でもないんだよ?それなのに、こんな僻地の島で一生を終えるつもり?」
「俺は最初からそのつもりでいる」
「あきれた。もう付き合いきれないよ。大石、手塚の言うことは無視していいから船に乗せて連れて行って」
「それはできない。不二、」
申し出を断った大石と不二の間に緊迫した空気が流れる。
その時、英二が突然、はい!と大きく手を挙げた。
「えーっと、あのさ。話の途中でゴメン。でも、オレ、どうしてもわかんなくって。手塚はどうしてここにいたいの?」
問われた手塚だけでなく、不二や大石、そして柳も意表を突かれたように英二を見つめる。
「だってさ、手塚は西国を追放された訳じゃないから、いつでも帰ろうと思えば帰れたんだよね?でも帰らなかったし、今も帰る気は無いってことでしょ?だから、なんでなのかなぁ、って」
「それはたぶん、罪の意識なんじゃない?もっとも、手塚はなにも悪いことはしてないけどね」
手塚に代わって不二が答えるが、納得がいかないのか英二が首を傾げる。
「オレも最初はそう思ったんだけど、でもそれなら継承権放棄で充分じゃん。あのさ、もしかして、手塚は不二と一緒にいたいんじゃないのかな。あ、間違ってたらゴメン」
英二の言葉に不二が黙り込み、柳と大石は口を挟まずに見守っている中で、考え込むようにしていた手塚が胸の内を吟味するようにゆっくりと口を開いた。
「間違ってはいないと思う。・・・俺にとってここに居続けることに大きな理由は無いが・・・ただ、不二を1人にしておきたくなかった」
驚いたように顔を上げた不二に、手塚が、これは言ってなかったか?と聞く。
「・・・初めて聞いたよ」
「そうか。すまない。俺は少し言葉が足りないようだ」
「今頃気づいたの?」
そう言って不二は笑ったが、その顔はどこか泣き出しそうにも見えた。
柳に促されて英二は大石と共に不二の家を出る。
後は2人で話し合うべき問題だった。




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