呪術者の島 15   ( 海に咲く夢・番外編 )




集会所で歓談していた大石達は、夜半を過ぎて降りだした雨が酷くなる前にと船に戻っていった。
幸村にもう少し話をしたいとねだられて残った柳が幸村の家へ行き、真田、手塚、不二もそれぞれ帰宅する。
習慣になっている就寝前の軽いトレーニングを終え、風呂に入りあとは寝るだけというところで、真田は雨音に混じったドアを引っかくような音に耳を止めた。
「・・・なんの音だ?」
ドアの傍まで寄って耳を澄まし、音が外から聞こえるのを確認してドアを開ける。
飛び込んできたずぶ濡れの黒い小さなカタマリは、真田と目が合うなり一声大きく吼えた。
「・・・・・・赤也、か?」
問いかけると微かに頷いたように見えた子犬は、小さなくしゃみをするとブルブルッと大きく体を振る。
とたんに水滴が目の前にいる真田の顔まで飛んできた。
「こら、よさんか!・・・まったく。ちょっと待っていろ」
真田は箪笥から大判のタオルを取り出すと、屈んでごしごしと雨水を滴らせている子犬を拭く。
いささか乱暴な扱いに鳴き声ひとつあげず、されるままになっていた赤也は、真田が拭き終わるのを待って床にペタンと腰を落とし、お座りの姿勢をとった。
「ワゥ、ワワン、ワン!」
「・・・・・・・・・」
「ワン、ワンワン、ワゥ?」
「・・・・・・すまんが、何を言ってるのかさっぱりわからん」
「ワウ!ワワン!!」
何かを伝えようとしていることはわかるが、その内容がわからない。
いくらしょっちゅう犬にされているからと言って、犬語が理解できる訳ではない真田は頭を抱え、しばらく考え込んだ後閃いたことに嬉々として手を打った。
「わかったぞ!その姿では船に戻れないから、俺に連れて行って欲しいということだな!」
「ワウ」
子犬の赤也がプルプルと首を振る。
「・・・違うのか。ううむ・・・俺は幸村や蓮二と違って犬の言葉はわからんのだ。・・・あ!そうか、幸村の所へ連れて行けばいいではないか!蓮二もまだいるだろうし、丁度いい。行くぞ、赤也」
名案を思いついた真田は片手で子犬を抱えると幸村の家へと走った。



**



「幸村ってすっごい強かった。あれ、オレのとっておきだったのに、あっさり破られちゃうし」
「そうだな、幸村はなんというか・・・別格だな」
「別格?」
灯りを落とした船室、甲板を叩く雨音が静かに聞こえる中、寝台に横になった英二は隣の寝台で同じように横になっている大石と話をしていた。
目の前で繰り広げられた試合、そして今まで会った中で一番凄腕の対戦相手との試合に、英二は今だ興奮状態で眠くなるどころか目は冴え渡るばかりだった。
「幸村に勝った人間は俺の知る限りではいない。それだけの腕と強大な呪力を持ち、さらに頭も切れる。並みの人間では歯が立たないだろうな」
「・・・やっぱ、ホントは人間じゃないんじゃないの?」
「ははは。そうかもな」
天は二物を与えず、と昔誰かに教わったけれど、二物どころか三つも四つも持つ人が実際にいた。
幸村が言ってたとおり、たぶん天地がひっくり返っても勝つことはできないんだろう。でも。
「オレさ、国にいた時は、オレって結構強いと思ってたんだー。剣術の先生を負かしたこともあるし、筋がいいって褒められてたから」
「うん。英二は剣のセンスもあるし、強いと思うよ」
「へへ、ありがと。でもさ、もっともっと上がいるんだなーって、それこそどんなに飛び上がっても手が届かないくらい上があるんだなぁ、って今日わかった」
「・・・そうだな」
「でね、もっと強くなりたいって思った」
「ああ」
「幸村や手塚は味方だけど、もしかしたら敵でもすっごい強い奴がいるかもしれないじゃん?だからさ、オレももっともーっと強くなって、そんで大石のこと守ったげる」
「・・・英二」
「前にさ、オレ、大石のこと守ってやるって言ったのに、約束守れなくて大石が連れてかれちゃったからさ。今度はぜーったい、あんなことないように強くなる」
大石が敵の手に落ちたと聞いた時の衝撃、悔しさ、焦り、憤り。
目の前が真っ暗になったような、あんな気分は二度と味わいたくない。
それには守れるだけの強さが必要なんだと痛切に思った。
暗い部屋の中に寝台が軋む音が響き、大石が起き上がった気配がする。
闇に慣れない目で大石の方を向き、英二は誓いをより強くする為に口に出す。
「大石の敵なんてオレがみーんな蹴散らしてやる!今度はちゃんと守るからね」
「・・・それじゃ俺ももっと強くなろう。英二の敵を全て倒せるように。英二を守れるように」
寝台を降りて歩み寄ってきた大石に、英二も体を起こす。
大石の指が手探りのように英二の髪に触れ、そのまま頬を滑って首から肩へと降りる。
ふわりと抱き寄せられて英二は幸せそうに目を閉じた。



**



積もる話はとりとめなく、明日はこの島を離れるのだと思えば、いっそのこと朝まで語り合ってしまうのもいいかと柳は思う。
柳にとって真田と幸村は己の半身に近い特別な存在で、それは離れていても少しも変わることは無い。
入れ直したお茶のカップを持って幸村がテーブルに戻ってくる。
湯気と共に上品な香りを立てているお茶は柳の一番好きな銘柄だ。
香りを楽しむように目を細めていると、向かい側に腰を下ろした幸村が柳をじっと見つめて口を開いた。
「蓮二、俺と真田がいなくて寂しくない?」
「あいにく、毎日目が回るほど忙しくてな。残念ながら寂しいと感じる暇も無い」
「なんだったら真田を貸し出してもいいよ。あの老け顔もちょっと見飽きたし」
なるほど、と柳は心の中で微笑む。
わざわざ引き止めて居残らせてまで話したかったのはこれか。
「弦一郎はお前を守るのが役目だ。俺も精市には弦一郎がついていると思うからこそ、安心して船に乗っていられる」
「・・・俺の方が強いんだけど」
「そうだったな」
ふいっと顔を背けた幸村の子供っぽい仕草に笑って、柳はテーブルに置かれていた幸村の手を握る。
それはすぐに握り返されて、テーブルの上でしっかりと繋がれた。
寂しくないかと聞いた幸村の方こそよほど寂しがり屋のくせに、見飽きたから真田を連れて行けなどという心遣いが思わず笑み零れるほど嬉しい。
だが、せっかくの心遣いを受け入れるわけにはいかない。
確かに幸村は誰よりも強い。その精神も肉体も誰にも負けることはないだろう。
それでも、人であるからには、心を許し、甘えて、我が侭を言える相手は必要だ。
幸村にとってそれは自分であり真田である。自分がついていてやれないのなら真田に任せるしかない。
「青の国が復活したら帰ろうかな」
「それは俺にとっても嬉しい提案だ。だが、また教皇になれとうるさく言われるぞ」
「お爺様も諦めが悪いからなぁ。いいよ、あんまりうるさくするなら、総本山を粉々に吹き飛ばして更地にした後、そこにポルノ街を作ってやるって脅すから」
「それは些か過激だろう。教皇はもうお歳だ。あんまりショックを与えると天に召されてしまうぞ」
現教皇である幸村の祖父は、還俗した息子の代わりに孫である精市を次期教皇へと強く望んでいる。
根が奔放な幸村は教会の在り方に馴染まず、だが祖父によって強引に教皇の座に据えられそうになってこの島へ逃亡してきた。
「蓮二は甘い!あのお爺様がそんなに簡単に逝くわけ、」
ドンドンというドアを叩く音に幸村が話を止める。
「この品の無い叩き方は真田だな。もう、せっかく俺と蓮二が愛の語らいをしてるっていうのに」
どの辺りが愛の語らいだったのかと苦笑する柳に溜息をついて見せ、渋々立ち上がった幸村がドアを開ける。
ひとこと文句を言ってやろうと訪問者を睨んだ幸村は、真田が片手で抱きかかえているものに目を見開いた。
「あれ?赤也?なんで真田と一緒にいるの?」
「うむ、実はな・・・」
真田が赤也を連れて来た経緯を説明する。
事情がわかった幸村は話を聞くために赤也にかけた呪術を解いてやり、その後4人で遅くまで話し合った。



**



翌朝、朝食を取った後は出航の準備や雑事で忙しく過ごし、全て整った頃には丁度出発の時刻となっていた。
船が停泊している桟橋で、見送る者と見送られる者がそれぞれ別れの言葉を交わしている。

「手塚さんも不二さんもお元気で。もしかしたら跡部さんが乗り込んでくるかもしれませんが、その時は適当に相手をしてあげてください」
日吉が差し出した手を手塚と不二が交代で握り返す。
「手塚、今ならまだ船に乗れるよ」
「・・・お前はそんなに俺をこの島から追い出したいのか」
悪戯っぽく笑う不二に眉間の皺を増やした手塚がむすっと返す。
「冗談だってば。やだな、手塚、拗ねると君でも可愛く見えてくるじゃない」
「・・・・・・・・・」
さらに眉間に皺を増やして無言で抗議する手塚を不二が笑う。
そのやり取りを間近で見ていた日吉は、妙に気恥ずかしいような、そして馬鹿馬鹿しい気分で溜息をつく。
早くこの場を離れようと、それじゃ、と短く告げて一足先に船に乗った。

「蓮二、用が済んだらまた寄ってよね。待ってるから」
「今回は慌しかったからな。次は落ち着いてゆっくり滞在できる時に来よう」
約束、と子供のように小指を差し出した幸村に、笑いながら柳も小指を絡めてやる。
指切りに付き合った柳は、満足そうに笑う幸村の後に立つ真田に視線を向けた。
「弦一郎、精市を頼んだぞ」
「うむ。・・・お前も無理をせんようにな。これ以上体に傷を増やすな」
「つぎはぎだらけになってお前に萎えられては困るからな。自重しよう」
「いや、そういう意味では・・・」
艶っぽい笑みを浮かべた柳に赤面した真田が口ごもる。
「その程度で萎えるようじゃ、真田の愛もたいしたことないね。その点、俺なら、蓮二がツギハギのぬいぐるみになっても愛せる自信があるよ!やっぱり俺の方がいいって、蓮二」
「だから、違うと言っておるだろう!」
いつものようにからかいだした幸村に真田が必死に抗議する。
2人を見ながら、湧き上がる離れ難い気持ちを押さえつけて、柳はただ笑った。

出発するものが全員船に乗り込んで最終点検を行う。
桟橋に残った見送りの者達を見て、英二があれ?と首を傾げた。
「忘れ物でもしたんか?」
通りかかった仁王が体を乗り出すように桟橋を見ている英二に声をかける。
「赤也がまだ下にいるんだけど、どうしたんだろ?」
英二が指差すほうを見た仁王は、大きく手を振っている赤也を見遣ってああ、と笑う。
「赤也はここに残るんよ。真田のおっさんに鍛えてもらうんだと」
「ええーっ?だって、次はいつ来るかわかんないのに・・・」
「小さな島やけど定期的に船は来とるし、まぁ問題なかろ」
赤也に軽く手を振り返して仁王が作業に戻っていく。
入れ替わるように英二の隣に立った大石が、「出航するぞ」と肩を叩いた。
「おーいしぃ・・・」
「赤也が自分で決めたことだ。それに戻りたくなったら幸村を通して連絡が来るから、迎えに来てやればいい」
「・・・うん。そうなんだけど」
騒がしくてうるさいくらい陽気な赤也が抜けるのは少し寂しい英二だったが、強くなりたい気持ちはわかるから引き止められない。
大石と一緒に歩きながらもう1度赤也を振り返ると、柳に向けて投げキッスを放っている姿が見えて笑えた。
「そだね、二度と会えないってわけじゃないもんね。赤也も幸村達も」

「出発!」
大石の号令で船が桟橋を離れる。
木手達の住む美海島へ向けて船はゆっくりと青い海を滑り出した。




→完                                                (07・06・06−07・09・10)