呪術者の島 2 (
海に咲く夢・番外編 )
一月半程の航海で呪術者の島が小さく見えるまでに近づいた。
なんとか島へ足を踏み込まずに済む方法を模索している赤也は、思いついたばかりの名案をさっそく仁王と柳に提案する。
「俺は船に残って番をしてるっす!やっぱ、みんなで降りちゃったらマズイっすよね!」
「お前が番をしてもしょうがなかろ。船のことを全然知らんのに」
「案ずるな。船に残すメンバーはもう決めてある」
「・・・俺は?」
「赤也は俺達と一緒に島を訪問だ」
「いーやーだ―――っ!!」
赤也の叫びが虚しく響く甲板最後尾では慈郎と日吉が釣り糸を垂れている。
食料が必要になれば最寄の島へ買出しに行けるが、基本的に自給自足という部分は以前と変わらない。
「そーいえばさぁ〜、日吉王子の知り合いもいるんだっけ?あの島〜」
「ええ。うちの第3王子の兄弟が1人、それからもう1人知り合いがいますよ」
「兄弟・・・?知り合い・・・?」
「第3王子の兄弟は父親が違うので継承権は無いですが。もう1人は事情があって詳しくは話せません」
「・・・へぇ〜。なんか、複雑そうだね〜。でも、・・・なんで、あんな・・・とこに・・・い・・・・・・ぐぅ」
「・・・また寝たぜ、この人。どうして話をしてる最中に寝るんだ・・・」
釣竿を脇に置いて慈郎を起こしにかかる日吉から数歩先、英二と大石は近づく島影を眺めていた。
「想像してたよりちっちゃい島だね」
「元は高名な呪術師が研究の為に隠居していた島らしい。そこに弟子入り志願の呪術者が集って村ができたんだそうだ」
「じゃあ呪術者ばっかりがいるところなの?」
「今は他に警備をする人や生活の面倒を見る人達がいるよ」
「普通の人もいるんだぁ」
「呪術者も普通の人なんだけどな」
「・・・そう?」
始めは不安だった英二も大石から幸村の話を聞いたり、柳から幸村対処法を教わってるうちに、生来の好奇心が勝ってきた。
子供の頃に一度だけ青の国に行ったことがあるが、それ以外は自国から出たことのない英二にとって、他の国や島は完全に未知の世界だ。
西国や東国もそれぞれ国独自の雰囲気があって面白かったが、今度行く島は都市ではなく、さらに見たことのない呪術者なる人がたくさんいるという所が大いに英二の好奇心を刺激する。
水鏡で遠くを見れたり、嵐を起こしたりできる人ってどんな人なのか見てみたい。
少しずつ大きくなってくる島を見ながら、英二は島へ降り立つ時を心待ちにしていた。
辿り着いた島の桟橋に船を着ける。
まるで船がこの時間に到着することを知っていたかのように桟橋に2人の人物と2匹の犬が迎え出ていた。
中性的な美貌を柔らかな笑顔で飾り、2人は船から降りてくる者たちを歓迎する。
大石が降り立つと紺青の髪をした青年が歩み寄った。
「久しぶりだね、秀一郎王子。無事で安心したよ」
「色々あったけどみんなの頑張りで国は取り戻せた。幸村にも心配をかけたろうから報告に来たんだ」
「ふふ、ありがとう。・・・不思議なものだよね。国を捨ててここへ来たっていうのに、いざ国が無くなるって時は、どうして俺はあの場にいないんだって猛烈に頭に来てさ」
そうそう、と迎え出たもう1人、金茶の髪の青年が笑いをかみ殺す。
「青の国が侵略された時は幸村が激怒してね、島の結界をひとつ壊したんだ」
「だって許せないだろ、あんなの。不二だって怒ってたじゃないか」
「怒りで結界を壊すなんて、この島始まって以来だって長老が驚いてたよ」
一見すると、どうということはない話を和やかに笑いながらしているように聞こえ、実際大石の横で2人の話を聞いている英二も驚くでもなくふんふんと話を聞いている。
だが、島の東西南北に置かれた金属を多く含む特殊な岩で出来た結界は、加工をするのにも特殊な技術を必要とする程の強度があり、それを破壊するというのは通常では考えられないことだった。
話をしている不二と幸村以外に唯一そのことを知っていた柳がなるほど、と頷く。
「結界を壊すくらいの怒りなら、そのついでで嵐も起こせそうだな」
「あ、蓮二!久しぶり!そうか、嵐になったんだ。敵なんてみんな沈めばいいと思ったけど、なるほどね。それで、俺の嵐は役に立った?」
「おかげで今日まで生き延びることができた。水鏡で見ていたのではないか?」
「それが、あの後寝込んじゃってさ。さすがの俺もちょっとやり過ぎだったみたいだ」
「あまり無茶をするな。・・・ところで、精市。この足元の犬だが」
柳は幸村と不二の横に行儀良く座っている二匹の犬を示す。
「ゲンイチローとクニミツっていうんだ。あんまり可愛くないけど番犬だから許してやって」
「・・・やはりそうか」
柳は大きく溜息を吐くと地に膝をついて、わずかに項垂れている褐色の大型犬を撫でた。
「久しぶりだな、弦一郎。相変わらず苦労しているようだ」
「ワゥ・・・」
俯いたまま悲しげに鳴くゲンイチローの横では、薄茶のやはり大型犬、クニミツが背筋をまっすぐ伸ばして凛とした佇まいでいる。
柳が犬を撫でているのを見て、英二がオレも!と犬に走り寄った。
「ねーねー、柳。オレも犬触りたい!噛み付いたりしないよね?」
「その心配はいらないが・・・先に言っておくと、この2匹は犬ではないぞ」
「へ?犬じゃないって・・・」
柳の言っている意味がわからない英二は、目の前にいる2匹をまじまじと見つめた。
犬に似た動物といえば狼くらいしか思いつかないが、狼には見えない。
「2匹、もとい、この2人は人間だ。1人は真田弦一郎といって幸村の護衛をしている兵士、もう1人は・・・クニミツというと、西国の手塚だろう」
「人間!?ウソ、だって、どう見たって犬だよ!?」
驚いた英二がクニミツの顔を両手でがっしりと掴んで、正面から右から左からと確かめるように見回す。
顔を鷲掴みにされたクニミツは僅かに眉間に皺を寄せたが、大人しくされるままになっている。
「本当だよ。それじゃ証拠を見せるね」
「証拠?」
「うん。そっちを見ててごらん」
見上げた英二の傍らで幸村が柳の後を指して綺麗に笑う。
小さな声で何か唱えたと思うと、指をパチンと鳴らした。
それと同時に、柳の後に隠れるように立っていた赤也の姿がスルスルと縮み、やがてクルクルとした黒い毛並みの小さな犬になってしまった。
突如自分の身に起こった変異に赤也は驚き慌て、みなの足の間を走りながらキャンキャンと鳴きたてる。
「ね?本当だっただろ?」
「・・・う・・・わぁ」
目の前のことが信じられず、英二は呆然と走り回る赤也を見つめる。
横に立って同じように犬と化した赤也を見ていた幸村は、あいつちょっと煩いかな、と呟いて、赤也を差した指をクイと引いた。
途端に赤也が幸村のいる方へと引きずられるように寄ってくる。
悲愴な鳴き声をあげてもがく黒の子犬を抱き上げた幸村は、子犬の耳元に口を寄せて
「大人しくしてないと生け贄にしちゃうぞー」 と笑う。
暴れてた子犬の赤也はそれを聞いて瞬時に固まった。
凍りついた子犬を腕に抱いたまま、大人しくしてれば結構可愛いと喜んでいる幸村と不二を眺めながら、彼らを以前から知る者たちは、虚しい笑いを浮かべる。
相変わらずだな・・・と。
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