呪術者の島 3   ( 海に咲く夢・番外編 )




村へ案内された一行は石造りの家に通された。
平屋だがかなりの広さがあるそこは、村の人間が集まる時に使われる場所だと不二が説明する。
「俺達の家じゃとてもこの人数は入れないからね」
がっしりとした石のテーブルに添えつけられた椅子を勧める幸村の腕には、黒い子犬の赤也が大人しく納まっている。
どうやらこれ以上酷い目に遭わされる事はないらしいと悟った赤也は、幸村の肩に手をかけて辺りを見回すだけの余裕ができていた。
全員がそれぞれ席に着いたのを確認した不二が、お茶を持ってくると言って建物の外へ出ていく。
大石の隣に座った幸村は子犬の赤也を抱えなおすと、それで、と大石を振り返った。

「ゆっくりしていけるんだよね?」
「それが、そうもいかなくなった。昨日、西国から書簡が届いたんだが、木手達が逃亡して行方が掴めないらしい。このまま放置しておけば俺達の二の舞を踏む国ができてしまうかもしれない」
「逃亡!?・・・しまった、処刑シーンの観察なんて悪趣味とか言ってないで、ちゃんと奴らの息の根が止まる所まで見ておけばよかった。くそっ」
「幸村、木手達がどこにいるか調べられないか?」
「やってみる。でも、あたりがつけられないと時間がかかるかもしれない」
「それでも無闇に探し回るより早いだろう。頼む」
「任せて。それじゃ早速始めるよ。あ、奴らが見つかるまでは滞在するだろ?何かわからないことがあれば不二に聞いて」

言うなり席を立った幸村が、思い出したように抱いていた子犬を足元へ降ろす。
パチンと指を鳴らすと子犬がするすると大きくなり、やがて人の姿へ変わった。
幸村は続けざまにもう2回指を鳴らす。
入り口で控えていた真田と手塚も人の姿に戻った。
立ち上がった赤也が自分の体のあちこちを軽く叩いたり伸ばしたりして検分しているのと対照的に、真田と手塚は何事も無かったように立っている。
「真田、手塚、お客さん達の世話を頼む」
「うむ」
「ああ」
犬にされていたことに何ひとつ文句を言うでもなく建物を出て行く幸村を見送る2人、そして席に座ったままそれを眺めていた柳は、異常が日常と化している2人に心の中でそっと同情した。



建物を出た幸村と入れ替わりにトレイにお茶を乗せた不二が戻ってくる。
手伝おうと歩み寄った手塚は、ガラスポットに入った鮮やかな瑠璃色のお茶を見て眉を寄せた。
「・・・不二」
「せっかく来てくれたんだから、ここの名物をご馳走しないと悪いよね」
にっこりと笑う迫力の笑顔には、よけいなことを言うなという意味が含まれている。
なにも知らずに振舞われたお茶を手にして喜んでる客人を見回した手塚は、これから起きるだろう騒ぎに溜息をついて緩く頭を振った。

「こんな色のお茶って初めて見た。これ、なんていうお茶なの?」
「ジュジュ・ティっていうんだ。この島の名産品」
「いい香りがするのぅ」
「味もすっきりと甘くて美味しいですよ」
「こりゃ何杯でもいけそうだな。おかわりもらっていいか?」

口々に絶賛しながらお茶を飲む客を見て不二が満足そうに笑う。
壁にかけられた時計に視線を走らせ、そろそろかな・・・と思ったと同時に異変は起きた。

「ぷっ、あっはっはっは・・・!お前、頭の、それ!!なんだそれっ!!なんでキノコ!?」
「ああ?何言ってんだ、お前こそなんだ、その顔は」
隣り合った席、赤也は日吉を指差して笑い転げ、日吉は気味の悪いものを見るような目で赤也を睨む。
「お前ら、それ、」
どうしたんだ、と続けようとした黒羽は口から出た炎に驚いて両手で口を塞いだ。
眉間の皺を増やし溜息をついている手塚と楽しそうに笑っている不二を見た柳は、手をつけずにいた目の前のお茶に、やはりな、と呟く。
日吉の頭には真っ赤なキノコが生え、赤也は肌が緑色に染まり、黒羽は口から火を吐いている。

「ピヨッ、ピヨピヨ、プリッ」
「・・・すまないが仁王、今お前が何を言っているのかは理解できない」
「プリ」
喋ることを諦めた仁王は、柳の肩を叩いた後、机の真正面にいる英二を指差す。
だるそうにぐったりと大石にもたれかかった英二を目に留めて、柳が席を立った。
「具合が悪そうだが、大丈夫か?」
「・・・具合が悪いっていうか、なんていうか・・・」
困ったように言葉を濁す大石を不審に思った柳が、俯いていた英二の顔を上げさせる。
「どうした?」
「なんか・・・暑いし・・・・・・変な感じ・・・」
頬を赤らめて、とろんと潤んだ瞳で見上げてくる英二の呼吸が早い。
「・・・これは、」
「へぇ、媚薬効果か。珍しいよ、これは」
柳の後から顔を出した不二が興味深げに英二を覗き込む。
「やはりそうか。お茶の効果は30分程度だったと記憶しているが」
「うん。だいたいそんなところかな。奥に部屋があるから休ませてあげるといいよ」
「大石、連れて行ったほうがいい。このままここにいさせるのは酷だ」
「あ、ああ・・・」
足に力が入らず満足に歩けない英二を大石が抱きかかえるようにして奥の部屋へと消えていく。
大石が座っていた席にあったカップを手に取った柳は、中身が半分程度まで減っていたのを見て眉をしかめたが、「それは媚薬の彼が飲んだんだよ」 という不二の言葉に安堵の息を付く。
「媚薬効果が出るって事は、彼は恋をしてるのかな」
独り言のように呟いた不二に、柳は飲まなくてよかったと心底思う。
「他の連中の効果も30分程度で治まるな?」
「うん、多少の誤差はあるけど大丈夫。副作用もないから安心していいよ」

頷いた柳は、まだ騒いでいる赤也や日吉、口を押さえたままの黒羽の脇を通り、大きな体を申し訳なさそうに縮めている真田に歩み寄った。
「村を見物したい。案内してくれないか」
「かまわんが・・・ここはこのままにしておいていいのか?」
「どうせ効果が切れる時間まではどうもできないだろう?」
「うむ・・・」
行こう、と柳に腕を引かれて真田が外へ出る。
陽が傾き夕日に赤く染められた、どこか情緒的な雰囲気を醸しだす村を2人で並んで歩いた。
「・・・すまん。あの2人は悪戯好きでな」
「不二はともかく、精市の性格は把握している。この程度は予想の範囲内だ」
おかしそうに笑う柳に真田も、そうだったな、と笑う。
真田は歩いていた足を止めて柳に向き直った。
「・・・何度も加勢しに行こうかと悩んだ」
「来たら追い返していたぞ。お前の仕事は精市の護衛なのだから」
「そう言われると思ってな、我慢した」
生真面目な顔で唇を引き結ぶ真田を柳が笑う。
4年と5ヶ月ぶりにあった真田は以前と少しも変わらない。
そして柳はそんな真田を目の前にして心が浮き立つのを感じ、自分の気持ちも少しも変わっていないことを実感していた。



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