呪術者の島 4 (
海に咲く夢・番外編 )
翌朝、英二は日が昇ったばかりの村を散歩していた。
お茶の作用はなかなか収まらず結局昨日は集会所の奥の部屋に大石と泊まり、一夜明けて目覚めてみれば隣で静かな寝息を立てている姿すら直視できなかった。
ほんの些細な事でさえ、思い出せば顔といわず頭といわず全身が爆発しそうな程恥ずかしくて、どうしたらいいかわからない。
「ううう。どーしよう・・・。このまま逃げ回るわけにもいかないし・・・」
いっそのこと、お茶の効能が切れると同時に、それまでの記憶も消えてしまえばよかったのにとブツブツ考えつつ、闇雲に歩き回っていたら、船を泊めている桟橋についてしまった。
そういえばみんなはどこで寝たんだろう、船に戻ったんだろうかと見上げれば、ちょうど船から降りようとしていた赤也と目があった。
「・・・おはよーさん。アンタ、ずいぶん早起きだな」
「・・・そっちこそ早いじゃん。いっつも慈郎とおんなじくらい寝てんのに」
「あれと一緒にしないでくれよ」
船を降りてきたものの、赤也は何をするという目的もなく、英二と並んで歩き出す。
生あくびを繰り返す赤也はいつもの元気がなく、英二の頭はどうしようの一言で埋め尽くされていた為、しばらく2人は無言でただひたすら歩いていた。
「・・・・・・柳さんがさぁ」
ふいに足を止めた赤也がぽつりとこぼす。英二もつられて立ち止まった。
「夕べ、とうとう帰ってこなかったんだよ・・・」
まるでこの世の終わりみたいな溜息をついている赤也を英二は不思議そうに見遣った。
「帰ってこなかったって・・・どこに?」
「船。ここだと大人数で泊まれるとこがないから、俺達みんな船に戻って寝てたんだけどさ」
「それじゃ、誰かのとこに泊めてもらったんじゃん?心配いらないと思うけど」
「・・・その誰か、ってのが問題なんだけど」
「へ?」
再び深い深ーい溜息をついて歩き出した赤也に英二は首を捻る。
帰ってこないから心配してたのかと思いきや、そういう話ではなかったようだ。
一緒に歩きながらそれなら何が問題なんだろう、と赤也に問いかける。
「えーっと・・・。つまり、どーいうこと?」
「昨日、俺達が大騒ぎしてる間に柳さんが厳ついおっさんと出て行って、それきり戻ってこなかったんだよ」
「厳ついおっさん・・・犬の人?あの人も柳の友達だよね?久しぶりに会ったんだし、別に、」
「いーや、あれはなんかある!ただの友達って感じじゃないんだよーっ!ああっ、俺の柳さんがぁ〜!」
「いつ柳がお前さんのもんになったんじゃ」
ペシッと赤也の後頭部を平手打ちした声と手に、赤也と英二が振り返る。
「痛ぇーっすよ、仁王さん!」
「あ、仁王だ。おはよ」
「おはようさん。お前さん達どこまで行く気じゃ」
呆れたように言われて、英二は辺りを見回した。
いつの間にか村を抜け、畑を抜け、小さな山の麓まで来ている。
「・・・あれ?ここ、どこ?」
「うわっ、村があんなに遠いぜ。全然気づかなかったっす」
「小さい島といえど迷子になったらそうそう戻れんよ。ここは特殊なとこだしの」
「特殊って?」
「術師が住む島やからの、あちこちに仕掛けがあるんよ」
「へぇー、仕掛けねぇ。こんなのもそうっすか?」
赤也がすぐ近くの地面にあった、木と縄と石で作られた複雑な紋様を足でつつく。
その瞬間に赤也は自分の体が大きく波打ったように感じた。
「えっ?」
「あ、こら!」
慌てた仁王が腕を伸ばして赤也を捕まえようとする。
呆然とそれを見ていた英二の目の前で仁王の腕が空を切った。
**
「まず、木手達の行方についてなんだけど」
幸村は集まったメンバーを順に見渡しながら話を切り出す。
早朝からの呼び出しに集まったのは、大石と柳、真田、不二、そして手塚。
「見つかったのか?」
「それがさ、見えないんだよ。奴らの島が」
「見えないっていうのは・・・どういうことなんだ?」
「そのまんま。靄がかかったみたいになっててさ。ね、不二」
幸村の呼びかけに不二が頷く。
「俺の水鏡と不二の水晶球で試したんだけど、どっちもダメだったんだ。他の所は見えるんだけどね」
「よくはわからんが、その、力が足りないとか、そういうことか?」
真田が口にした疑問は幸村と不二の氷のような視線で迎えられた。
「・・・誰にものを言ってるんだ?真田」
「僕達の力不足だって言いたいのかな」
「あ、いや・・・そういう意味では・・・」
「まったく。久々に蓮二に会えて楽しい夜を過ごしたからって浮かれてる場合じゃないよ。わかってる?」
「なっ!・・・」
「大体ね、蓮二は俺のなんだから、断りもなく触らないでほしいな」
「そっ・・・それは、」
青くなったり赤くなったりと忙しい真田に幸村が大袈裟な溜息をつく。
根が生真面目な真田はからかわれてることに気づけず、必死に弁解しようとしてそこをさらにからかわれるという悪循環に陥ってしまう。
本人は一生懸命なのだが、傍で見ている方はおかしいやら可哀想やらで、柳は顔を背けて笑いを噛み殺し、大石もさりげなく片手で苦笑を隠した。
「本題からそれたようだが」
ますますエスカレートしそうな幸村の真田いじめに手塚が助け舟を出す。
「そうだね。これも真田のせいだから。後でお仕置き決定」
「・・・・・・」
元より口でも腕でも敵わない幸村に完全にやり込められて真田が憮然と口を噤む。
慰めなのかそうでないのか読み取れない無表情の手塚が真田の肩を叩くのを横目で見ながら、幸村は話を続けた。
「で、話を元に戻すけど、俺と不二の結論としては、あの島には誰かの呪いがかかってるんじゃないかと思うんだ」
「呪い?」
「ほら、ここ10年くらいで急に砂に浸食されたって言ってただろ?それがどうも呪いのせいじゃないかってね。それなら俺や不二がどうやってもあの島を遠隔透視できないのも理屈が通るんだ」
「呪術は早い者勝ちだからね」
「・・・なるほど。他の術にかかっているから透視が効かないというわけか」
幸村と不二の説明に得心がいったように柳が頷く。
「そういうこと。他は見えるからざっと探してみたけど奴らはいなかった。島に戻ってる可能性が高いと思うんだけど、どうする?」
幸村の問いに柳が大石を見、大石はそれに対して頷く。
「行ってみよう。もしいなければ、」
「大石っ!」
バタンと音を立てて開かれたドアに部屋にいた全員が振り返る。
息を切らせたまま、戸口で足踏みしている英二が、「大石、早く!」と焦ったように手招いているのを見て、大石が立ち上がる。
「英二!どうしたんだ」
駆け寄った大石の袖を引いて、今にも飛び出していきそうな英二を大石が止める。
「大変なんだって!赤也が消えちゃったんだよー!でもって仁王もそれを追いかけて消えちゃって!」
「消えた?」
「もーいいから、早く来てよーっ」
理由はよく理解できなかったが、とりあえず慌ててる英二に付き合って大石が走り出す。
詳しい事情はわからないながらも、尋常ではない事が起こっているらしいと悟った他のメンバーが大石に続くようにして駆け出した。
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