呪術者の島 8 (
海に咲く夢・番外編 )
激昂するでもなく淡々と続く論戦が静かな洞窟内に響く。
幸村の説得を試みる大石も胸の内には消せない木手達への怒りがあり、それを幸村に巧みに突かれると言葉に詰まった。
だが、自らの身に降りかかった惨劇をそのまま相手に返すような真似をすれば、それがまた新たな災いの種となり、より大きくなった災厄はいずれ自らの元に戻ってくる。
悪い因果はどこかで断ち切らなくてはいけない。
そう考えるから大石は言葉に窮しながらも絶対に引くわけにいかなかった。
「島が砂地でなくなれば、彼らも元の平和な生活に戻る」
「そんな保障がどこにある?」
「信用できないというなら、俺が美海島へ行って木手に約束をさせてこよう」
「それで、君が無事に帰って来れなかったら?そうなったら俺はあの島を沈め、」
グー・・・ギュルル・・・ググー・・・グゥ・・・
突如響いた重低音の唸りに幸村が目を瞠って言葉を途切れさせた。
そして音の原因に思い当たると、真後ろに立っていた真田を渋い表情で見遣る。
「・・・真田」
「す、すまん」
大石も同様に、ただこちらは自分の背後にいた英二を振り返る。
「えーっと・・・ごめん。にゃははは・・・」
いたたまれず大きな体を小さくして謝る真田と、気まずさを笑って誤魔化そうとする英二。
堪えきれずに笑い出した柳を幸村が横目で睨む。
「れーんーじー」
「いや、笑ったりしてすまない。だが、もう朝食の時間をとうに過ぎている。腹が鳴るのは生理的な現象だ」
「赤毛の王子様は可愛いから許すけど、真田は可愛くないから許せないな。たるんでるよ」
「なっ!・・・それは、」
弁解の途中で真田の体が輪郭を失ってするすると縮む。
いつかのようにまた犬の姿にされてしまった真田は、悲しげにひと声鳴くとがっくり項垂れた。
「大石、精市。一度戻って朝食を取ってから、また話し合いをしたらどうだろう。俺も腹が減った」
柳の提案に大石と幸村が顔を見合わせて頷く。
「そうだな、そうしよう」
「蓮二がそういうなら仕方ないな。無理に今ここで決着をつけなくてもいいんだしね」
意見がまとまった一行は幸村が新たに地面に描いた転送円を通って1人ずつ元の場所へと戻ることにした。
幸村が転送円で移動した後、仁王は英二と犬にされた真田にニヤリと笑いかける。
「2人共、実にええタイミングで腹を鳴らしてくれたのう」
「へ?それってどーいう意味?」
英二がきょとんとして仁王に問い返すと、柳も笑って、それは、と答える。
「人間腹が減ると機嫌が悪くなる。特に精市はそれが顕著でな。俺もそろそろ潮時だとは思っていたが、なかなか自然に議論を止める手段を思いつかなかった」
「お腹空いたから機嫌が悪かったって・・・そんなぁ。オレも恥ずかしかったけど、犬の人だって可哀想じゃん」
「真田のことは心配いらんよ。幸村とおればこんなことは日常茶飯事じゃし、な?」
「ワゥ・・・」
返事をするように鳴いた弦一郎をしゃがんで撫でていた柳が代弁してやる。
「ほら、弦一郎は仕方がないと諦めているぞ。腹を空かせた精市は凶暴で好戦的だ。あのまま論争を続ければ大石の勝率が10%未満となるところだったが、精市は元々頭が切れるし勘もいいから下手な小細工はすぐ見抜かれる。本当にいいタイミングだった。礼を言うぞ、英二王子、弦一郎」
柳と仁王に褒められても、理由が理由なだけに英二は素直に喜べない。
そんな複雑な表情でいる英二の肩を大石がポンポンと軽く叩く。
「英二と真田に助けられたな。俺からも礼を言うよ、ありがとう」
「・・・お礼を言われることじゃないと思うんだけど。ま、いっか。大石のピンチを救えたんなら」
「そうそう、王子は素直にしてるのが一番じゃ」
「そういうことだ」
転送円に向かう仁王が通りすがりに英二の頭を撫で、柳は軽く背を叩いていく。
弦一郎がワン!と一声鳴いてそれに続き、笑顔の大石に促されて英二も転送円に足を踏み入れた。
来た時と同様に体が間延びするような裏返るような奇妙な一瞬の後、日差しの注ぐ外に出た。
全員が表に出たのを確認して村へ戻る為に元来た道を行く。
歩く速度を緩めて大石の傍に近づいた不二が、ねぇ、と声をかけた。
「大石、後でちょっと頼みごとがあるんだ」
「頼みごと?」
「・・・不二、なんと言われても俺は戻る気は無い」
「手塚は黙ってて」
不二に声をかけられて振り返った大石が、目の前で言い合う不二と手塚に困惑して足を止める。
隣を歩いていた英二も何事かと立ち止まり、さらにその後を歩いていた柳も止まった。
大石より先を歩いていた日吉は、後がついて来ていないのに気づき、どうやらさっきの続きを始めたらしい不二に溜息を付きつつ足を戻す。
「不二さん、手塚さん、なにもこんなところで立ち話する必要もないでしょう。村に戻ってからにしませんか」
「僕はそのつもりだったんだけどね」
「・・・・・・」
「それじゃ、そういうことで。ちゃんと歩いてくださいね」
立ち止まっていた連中を促して先に行かせた日吉は、無言で大石の腕を引いて列の最後尾に付き、前を歩く人と数歩の間隔を空けた。
「日吉王子、一体どういうことなんだ?」
「すみません、俺のミスなんです。歩きながら説明します」
なにがどうなっているのかわからず、後を何度も振り返った英二は、柳に宥められて先を歩く。
「西国王宮内の話だとすれば外部の者には聞かせたくない内容とも考えられる。必要なら後で大石が教えてくれるだろう。今は我慢することだ」
「・・・うん」
「とはいえ、大石はこの後に精市との戦いが控えている。さらに不二とも一戦交えるとなるとさすがに負担が大きいだろう。少し情報収集しておくか」
「情報って、誰から?ここには他に西国の人はいないよ?」
「西国出身者ではないが、この島で一緒に暮らしてる精市なら何か知っているだろう。食後なら機嫌もいい。一緒に話を聞きに行くか?」
「うん!行く!」
力強く頷く英二に笑いながら、柳は頭の中で幸村への質問事項を素早くリストアップしていく。
大石の参謀としては、どちらの戦いも大石の勝利で終わらせたいところだった。
→9