Doubles (10000hitキリリク)




活気に溢れた放課後の青学のテニスコート。
レギュラー陣が各コートに交代で入り、それぞれが指示された練習メニューをこなしている。
Aコートでは桃城と越前のシングルス、Bコートでは大石・菊丸と手塚・不二のダブルスが、練習とはいえ負ける気のない真剣さで火花を散らしていた。

「ゲーム2−1、手塚先輩・不二先輩リード!」

Bコートで審判をしている部員のコールに、見学している他の部員からどよめきとも歓声とも言えない声が上がる。
3ゲーム先取で勝ち抜けというルールで行われている練習試合、大石・菊丸は3ゲーム目を僅差で落としてしまった。

「くっそー!もうちょっとだったのにっ!つーか、練習でツバメ返しなんか打ってくんなー!」
「ふふふ。練習でも試合は試合。ね、手塚」
「当然だ。本気でやらないで何のための練習だ」
「こら、英二、暴れるなよ。次のゲームで取り返そう」

本気でやってると言いながら、まだ余裕が見える手塚と不二に菊丸の負けん気が頭を持ち上げた。
相手が手塚だろーが不二だろーが、そう簡単に勝たせてたまるか。
ダブルスならオレ達の方が有利なんだからな。

「おーいし、ちょっと」
「うん?」
菊丸にちょいちょいと手招きされて、大石が側へ寄る。
何事かを耳元で囁かれた大石が、驚いたように菊丸を見た。
「あれを?」
「そ。やるの。いいか、大石。あっちにいるのは手塚と不二じゃない、見たことも無い全国のすっげー強い選手だと思え!ここは全国の舞台だっ!」
「それじゃ負けられないな」
「もっちろん」
笑いながらも瞳に強い意志を浮かべて、大石と菊丸がハイタッチを交わす。
練習だ、知り合いだと思うから球も甘くなる。

「もういいか?始めるぞ?」
ネットの向こう側から声をかけてきた手塚に、2人揃って頷き返す。
そのまま走ってポジションについた。
4ゲーム目の開始。
不二が打ったサーブに、大石と菊丸がすばやく動く。
それと同時にギャラリーから歓声が上がった。

大石の領域。
ネットについた大石の後に、高速移動で分身しているかのような2体の菊丸。
「英二!」
声と同時に大石の右手がかすかに上がる。
左サイドにいた菊丸の姿が消えた時には、すでに相手側右サイドに菊丸のショットが決まっていた。

「15−0」

コートに響き渡る歓声。振り返った大石に菊丸は満面の笑みでVサインを返す。

「大石も英二も本気できたね」
「ああ。油断するなよ、不二」
青学唯一の固定ダブルスペアである大石と菊丸は、2人揃うことで本来1人ずつが持つ実力の何倍もの力を発揮する。
シングルスでは負けないからという理屈は通らない。
2人のダブルスとしての実力を知る手塚は、いっそう気を引き締める。

「30−0」
「30−15」
「40−15」

あと1つでこのゲームを取れるという時、それは起こった。

「あれ?菊丸先輩が・・・」
2年部員の放った一言でギャラリーの視線が菊丸に向けられる。
コートの左角で見学している部員達にVサインを送っている菊丸。
そしてもう1人、コート中央で大石とハイタッチを交わしている菊丸。

指をさしてざわつく周囲に、コート中央の菊丸と大石が首をかしげた。
「みんな、なに騒いでんの?」
「なんか後ろ、後ろって・・・あっ!」
振り返った大石の目に、同じように振り返ったコート端の、目をまん丸に見開いた菊丸が写る。
慌てて目の前の菊丸を確認して、もう1度コートの左端を見る。
繰り返し2人の菊丸を見比べた大石は、本人達のあっけにとられた顔から、高速移動の残像ではないことを知る。
どういうことなんだ。英二が2人いる・・・。

練習試合は途中で終了、コート中央に集まった手塚・不二・大石・菊丸×2が難しい顔で話し込み、取り巻く他部員達も固唾を呑んでそれを見守る。

「・・・菊丸。ふざけているわけではないんだな?」
「なにをどうふざけたら、こんなんなるんだよーっ!」
「そーだそ−だ!」
2人の菊丸が手塚に抗議してる姿に大石は胃を押さえ、肝の据わった不二は楽しそうに事態を眺めている。
「ふふ、英二が2人いると倍賑やかになるね」
「笑い事じゃないだろ・・・」
「そう?大石は嬉しいんじゃない?両手に英二で。ハーレムだね」
「なっ!なんてこと言うんだ!!」
なにを想像してしまったのか、赤い顔で怒る大石に迫力は無い。
案の定、不二がおかしそうに笑う。

「とにかく、それをどうにかしろ、菊丸」
「どうにか、ってどーしろってんだよ!」
「どうにかできるもんなら、とっくにやってるっつーの!」
「まぁまぁ、落ち着けって。英二だってそのままじゃ困るだろ?」
眉間のシワ3割増な手塚と、相変わらず2体でステレオ抗議中の菊丸の間に大石が割ってはいる。
「そりゃそーだけど」
「どーしたらいいかわかんないもん」
手塚に文句を言っていた時とはうってかわって、心底困った様子の菊丸がしゅんとうなだれた。
周りを取り囲む部員達も心配そうな顔で、救いを求めるように大石を見る。
そんな目で見られてもなぁ・・・と思う反面、部活が中断したままなのもまずいよな、と判断した大石は手塚に向き直る。
「手塚、練習を再開してくれ。俺と英二はなんとか元に戻る方法を考えてみるよ」
両脇の菊丸を励ますように両手でぽんぽんと軽く頭を撫でた大石は、手塚が頷いたのを確認してコートの外へと出た。


***


部室に戻ってきた大石と菊丸×2は、とりあえずベンチに腰を下ろして同時に溜息をついた。
大石をはさむように両脇に陣取った菊丸という図は、不二が言ったように確かにハーレム状態だが、今の大石に喜んでる暇は無い。
どうにかして菊丸を1人に戻す方法を考え付かなくてはと頭をフル回転させる。

「ねー、おおいしー」
「オレ、このまんまだったらどうしよー」
眉を八の字に下げた菊丸が両脇から大石のジャージの袖を引く。
「そうだなぁ・・・。今日はどっちか俺のうちへ泊まりに来るにしても、そうそう何日も使える手じゃないよなぁ」
連日菊丸が泊まりに来てたら家人も不審に思う。そうなる前にこの事態を解決させなくてはならない。
頭を抱える大石の両隣で、今の言葉に菊丸がキラリと目を輝かせた。
「えっ、泊まり?」
「オレ!オレが行く!!」
「なに言ってんだよ、オレだよ!」
「むー。オレが先に言ったんだぞ。早いもの勝ちだもんねー」
「ずっこいよー!!」

ぎゃあぎゃあとケンカを始めた菊丸'Sの間にはさまれては、さすがの大石も閉口する。
「こら!どっちも英二なんだからケンカするな!」
「だってー」
「だってー」
不服そうに口を尖らせた菊丸の、子供っぽい表情は普段なら可愛いと思うけれど、さすがに2人もいるとなぁ、と大石は小さく溜息をつく。
「2日くらいなら大丈夫だから順番においで」
「えーっ」
「えーっ」
「今度はなにが不満なんだ・・・」
「だってさ、こいつと大石が2人っきりになるってことじゃん」
「なに言ってんだよ!お前だって大石のこと襲う気マンマンだろー」
「襲うって・・・ちょっと待て、英二・・・」
キリキリする胃を押さえて大石が仲裁に入るけれど、問題がその大石だからこそ、どっちの菊丸も譲らない。

「大石はオレのなんだぞっ!手出し禁止ー!」
「なにおーっ!大石はオレんだっ!そっちこそ大石になにかしたらタダじゃ済まないんだかんな!」
「英・・・」
「大石はオレのことが、だーい好きなんだぞ!その証拠にいつもいっぱいチューしてくれるんだからな!」
「あーっ!オレだって大石とチューどころかもっともっと色んなことしてるもんねー!」
再び始まった菊丸’Sの赤裸々な暴露バトルに、大石は赤くなったり青くなったりしながら耳を押さえた。
ひぃーっ!もうやめてくれーっ!そんな話を人に聞かれたらどうするんだーっ。
だ、誰かなんとかしてくれ、英二は1人で充分だっ!
2人もいたら俺の手に負えるわけないじゃないかーっ!
「こないだなんか、オレがもう半分寝てたのに大石が、」
「オレだって泊まりに行った時、朝から大石が、」

大石の心の叫びも虚しく、菊丸達の口論はますます危険にエスカレートしていく。
まずい、このままじゃ本当にまずい。
俺と英二の仲がバレるどころか、俺の人間性まで疑われてしまう。
意を決した大石がすくっとベンチから立ち上がると、虚をつかれた菊丸’Sの口論が止んだ。
この機会を逃す手はない。大石はコホン、とひとつ咳払いをすると2人の菊丸に向き直った。

「とにかく。戻れなかった時のことは後で考えよう。ところで英二、2人に分離する前になにか特別なこととかしてないか?」
「うーん?別にしてないと思うけど」
「そだね、いつもどおり菊丸印のステップで走ってただけだし」
ね、と顔を見合わせて頷きあう2人の菊丸は、先程まで口論していたのが嘘のようにケロリとしている。
「そうか・・・。仕方ない、乾に相談でもしてみるか・・・」
打つ手なしで自分でも何気なく口にした言葉に大石ははっと閃く。
そうだ、乾だ。あの乾なら、なにか英二を1人に戻す方法を考え付くかもしれない。
なによりこんなところで英二達と3人でいるから会話が危険な方向へ行くんだ。
他の人間がいればいくら英二だって、そうそうやばい話はしないはずだ。

大石が我ながらナイス・アイデアだと心の中でガッツポーズを作ってる傍らで、菊丸が必死の形相で却下を言い募る。
「えーっ!ヤダヤダヤダ!!」
「乾なんかに相談したら汁で解決しようとするに決まってんじゃん!」
菊丸’Sはピッタリなタイミングで同時に首を振る。
だが大石とてここで引く訳にはいかない。2人の菊丸は自分ひとりでは手に余る。
「汁以外の解決法がないか聞いてみるよ。それならいいだろ?」
乾は雑学王だ、こんなわけのわからないことを解決できそうなのは乾しかいない、と大石が力説してみせても常日頃の乾の行いが祟って菊丸は断固拒否の構えをとかない。

「だーめーだって!絶対ヘンな汁作ってくるに決まってんじゃん!」
「乾から汁を取ったらなんにも残んないってばー」
なんとか大石を乾のところへ行かせまいとする2人の菊丸が、これまた絶妙なコンビネーションを発揮して大石を足止めする。
菊丸'Sの連携プレーの隙をついて大石がやっと部室のドアへ辿り着く。が、狭い部室のこと、すぐに俊敏な菊丸に捕まってしまう。
それでもなんとかしてドアさえ開けてしまえば、と大石がドアノブに手を伸ばした時、なんの前触れも無く、それも勢いよく、ドアが開いた。

2人の菊丸を牽制していた大石は、とっさのことに大きく体がかしぐのを止められない。
それどころか雪崩るように菊丸達も倒れこんでくる。
危ないと思った大石の腕は瞬時に目の前の2人の菊丸を庇うように広げられた。
地面に倒れこむまでの、ほんの数秒。
残像が残りそうなほどの速さで、片方の菊丸が大石の腕を抜ける。
菊丸達と共にドサッと音を立てて崩れこんだ大石は、自分の右腕が地面ではない柔らかいものに当たったことに気づいて青ざめた。
「英二っ!」
慌てて自分の下敷きになったであろう菊丸を振り返る。
一瞬、笑った菊丸が見えた気がしたけれど、そこには草の生えた地面しかなかった。

「大丈夫っスか!!大石先輩、英二先輩!」
いきなりドアを開けた張本人の桃城が、焦ってアワアワしている横で、座ったままの大石は確かめるように地面を撫でた。
「・・・英二」
「大石が怪我するって思ったんだ」
「そうか。・・・ありがとう」

座り込んだまま笑み交わす大石と菊丸に、少しも事情を飲み込めない桃城が困惑する。
「ケガとか大丈夫なんスか!?ってか英二先輩のもう片方は!?ねぇ、大石先輩!英二先輩ってば!!」
軽くジャージの汚れをはたきながら立ち上がった大石と菊丸に、桃城が説明してくれと食い下がる。
「もう大丈夫だよ。心配かけたな、桃城」
「そーそー。もうぜーんぶ解決!さー、練習再開だー!」
「え、どうやって解決したんスか!ちょっと!ちゃんと教えてくださいよーっ!」
そんなの答えになってねぇよな、なってねぇよと、納得いかない桃城がコートへ戻る2人の後を追いかける。
けれど大石も菊丸も笑うばかりで、結局なにひとつ納得いく答えは得られなかった。




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