それはまるで




授業終了のチャイムが鳴り、先生が退室すると同時に教室は騒がしくなる。
数学の教科書をしまい、次の現国の教科書と辞書を机の上に用意しながら、俺はかすかな予感に廊下側の窓を見た。
次の授業が始まるチャイムが鳴るまであと5分というところで、廊下に見慣れた顔が現れる。
窓から教室内を覗き込み、俺の姿を見つけると大きく手を振った。
「おーいしー!」
呼ぶと同時に教室へ駆け込んできた英二は、俺の席まで来てパン!と手を合わせる。
「英語の辞書?それとも教科書?」
「両方!」
伺うように片目だけ開けて俺を見る英二に、苦笑いしながら英語の辞書と教科書を渡してやる。
「サーンキュ!よかったぁ、今日、大石のクラス、英語あって」
「昨日、宿題があるからって持って帰って忘れたんだろ」
「そのとーり!宿題だけ持ってきてギリギリセーフっちゃセーフなんだけど」
「俺のクラスは4時間目が英語だから、終わったら持ってきてくれよ」
「了解ー!あ、お昼、屋上行く?」
「今日は委員会が、」
予鈴のチャイムが鳴る。
「不二と一緒に屋上で食べてるから、委員会が早く終わったら来るんだぞー。そんじゃーねー」
来た時と同じように駆け足で去っていく。
友達の多い英二ならわざわざ2組まで来なくても近いクラスで借りることができるのに、どういう訳か毎回俺のところまでやってくる。
便利に使われてる気がしないでもないけれど、単純な俺は英二に特別扱いされてるようで少し嬉しい。
だから、つい期待に答えたくなって、英二が忘れてきそうな辞書を自分のクラスで授業が無くても持ってきてしまったりする。
自分でも甘いなとは思うけれど、頼られると張り切ってしまうのは長男体質のせいかもしれない。



みんな空腹だったせいか昼休みの委員会は驚くほど早く終わった。
他の委員仲間の誘いを断って、俺は弁当持参でまっすぐ屋上に向かう。
屋上のドアを開けると、天気がいいこともあって、あちこちでピクニックさながらに弁当を広げている輪があった。
左手フェンス寄りに陣取っている英二を見つけて足を向ける。
英二と不二、そして今日は乾も参加してるようだ。
「あー、早かったじゃん、大石!」
英二がこっちこっちと俺を手招くのに呼ばれ、隣に腰を下ろした。
「昼食前の委員会は通常よりも早く終わる確率が高い」
「空腹で会議なんてしてられないものね」
乾と不二が話す傍らで英二は俺が蓋を開けた弁当箱を覗き込む。
「あ、エビフライだ!ちょーだい!」
俺の返事を聞く前に英二の箸が伸びてくる。
「そんでオレの玉子焼きあげる。あとプチトマト」
エビフライがいなくなった隙間に玉子焼きとトマトを詰めて、カラフルになったと英二が満足そうに笑う。
確かに、茶色いエビフライよりは黄色い玉子焼きと赤いトマトの方が鮮やかだ。
英二に笑い返して弁当に箸をつけるのを見て、乾は例のノートを取り出してなにやら書き込みはじめた。
「・・・乾、まさか弁当のおかずまでチェックしてる訳じゃないよな?」
「いや、別のことだよ。大石は気にせず食べていていいよ」
「そーだよ、大石。乾がやってることをいちいち気にしてたらキリないって。あのノートには乾の趣味でつまんないことがいーっぱい書いてあるもん」
「つまらないとは聞き捨てならないな。小さなことを積み上げて大きなデータにするんだよ」
「うっそだー。だって、海堂が練習中に何回汗を拭いた、とか、ドリンクを何回飲んだとか、そんなこと書いてるじゃん。あれってただの変態ストーカー趣味だよ。今度海堂に気をつけろって言っとこ」
「汗をかく頻度や水分補給のデータは海堂の練習メニューを作るうえで大事なことだ、それを・・・」
箸を止めて言い合いをしてる2人をいつものことと構わずに不二は弁当を食べている。
俺も溜息をつきつつ、弁当の箸を進めた。
英二と乾は仲が悪いわけじゃないけれど、顔を突き合わせるとこうして言い合ってることが多い。
先に絡むのは必ず英二の方で、乾はそれを受け流したりせずにひとつずつ説明をしようとするからこういう結果になる。
喧嘩をしているなら仲裁もできるけれど、こういうコミュニケーションの一種じゃ割り込むのも気が引ける。
ただ正直に言えば蚊帳の外にいるようで、あまり面白い気分じゃない。
そろそろ決着がつかないだろうかと隣にいる英二を横目で見た時、正面にいた不二が意味深に笑っているのが目に入った。
「英二、そのくらいにしてお弁当食べちゃわないと昼休みが終わるよ。それに隣で大石が退屈してるけど」
「あー、ホントだ!昼休み、あと15分しかないじゃん!大石は食べ終わった?まだ半分か。そんじゃ一緒に急いで食べよー!」
早く早くと急かされて慌てて箸を動かしながら、ちらりと不二を見上げるとさっきと同じ意味ありげな笑顔を浮かべていた。
乾と英二の言い合いを止めてくれたのはありがたいけど、あの笑いは気になる。
まるで英二を乾に取られて俺が機嫌を悪くしていたみたいじゃないか。
確かに面白くはなかったけれど、そんな嫉妬みたいな真似をするはずない。
甘やかしてみたり、嫉妬してみたりなんて、そんなのはまるで。
まるで俺が英二に、・・・恋してるみたいじゃないか。




→end                                                                                                                            (08・04・20)