恋風




レポートが行き詰って気分転換に外へ出た。
こんな時は体を動かすに限る。それが例えただの散歩でも。
中学高校とテニス部で体を動かしていたけれど、大学に入ってからは勉強やら課題ですっかり運動不足になってしまった。
時間が空いたらプールでも行こうかと思いつつ、思うだけで終わっている。

行き先を決めずに風に吹かれるように歩く。
暑さも一段落して感じる風はすでに秋の涼しさだ。
道端の街路樹はまだ青々としているけれど、これもあと数ヶ月すれば秋の色に変わるんだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか見覚えのある公園まで来ていた。
ストリートのテニスコートがあるこの公園は家からかなり距離がある。
息抜きだから家の近所を歩くくらいにしておこうと思っていたのに、ずいぶん遠くまできてしまった。
よほど外の空気が気持ちよかったのかと1人苦笑いし、せっかくだから少し見学していこうかとコートのある方に足を向けた。

近づくにつれ、ボールを打ち合う小気味いい音が聞こえてくる。
聞きなれた音に懐かしさと共に一緒にあの時を駆け抜けた仲間の顔が浮かんでくる。
手塚、不二、乾、越前、桃、海堂、タカさん、・・・そして、英二。
大学に入ってから忙しさにかまけてみんなとも疎遠になってしまったけれど、元気にしているだろうか。
あれだけ毎日嫌というほど顔を突き合わせていたのに、生活環境が変わるだけでこんな簡単に接点は無くなる。
そして俺は自分から接点を作ることもせず、今は新しく知り合った友人達と過ごしている。
一緒に戦った仲間達ほどの絆は無いけれど、平穏な毎日にはふさわしいそれなりの友人達だ。

コート下の階段に辿り着き、上を見上げる。
ここを登ったらすぐにコートが見える。
心のどこかで誰か見知った顔がいないかという小さな希望に浮かされるように階段を登る。
あと数段というところで、ふいに視界に飛び込んできた黄色いボールが、俺の足のすぐ脇を転がり落ちていった。
思わず階段を逆戻りしてボールを追いかけ、拾い上げたところで、「すいませーん!」という声がした。
その声にはっとして振り返ると、俺のすぐ近くまで階段を降りてきた相手も驚いた顔で動きを止めた。

顔を見合わせたまま時間が止まる。
唐突に時間が逆戻りしたかのような眩暈、次々と蘇り溢れ出す記憶。
目の前の顔は思い出の中の顔より少し輪郭がシャープになって大人びたけれど、大きな瞳も口角の上がった綺麗な唇もくるくると跳ねる赤い髪も変わらない。
会わずにいた時間の長さなど太刀打ちできないほど鮮烈に惹かれる。
まるで、俺の体の細胞のひとつひとつまでがお前を求めて向かっていくような、この強烈な引力。
・・・まいったな。英二、またお前なのか。

「久しぶりだな、英二」
「・・・ホント、そーだよ」
合わせた瞳を外さないまま、英二がぎこちなく笑う。
「元気そうだ」
「・・・いっくら誘っても、忙しいからーなんて断ってさ。この、薄情者」
英二が階段を一段降り、俺は一段登る。
2人の距離はあと2段分。
「ごめん」

ごめんな、英二。
日増しにお前に惹かれていく自分が恐かったんだ。
だから忙しいのを言い訳にして会わないようにしてた。
違う大学に進むことが決まった時にチャンスだと思った。
時が経てば苦しいほどの想いも消えるだろうと思った。
そしていつか、違う誰かが目の前に現れて、俺は恋に落ちるんだろうと、そう思っていたのに。

「せっかく来たんだからちょっと打っていけば?・・・時間あるなら、だけど」
英二がまた階段を一段降りる。
残りの一段は俺の分だと英二が無言で語る。
登ればたぶんもう俺は引き返せない。
登るか、それとも別れの言葉を告げて降りるか。

「久しぶり過ぎて腕が鈍ってるだろうな。手加減してくれるか、英二」
「やなこった。怠けてた大石が悪いんだからな、思いっきりしごいてやる」
「こりゃ大変」

また出会ってしまった。
そしてまた俺は恋に落ちる。
この引力に逆らい通すことなんてできないんだろう。
それなら。

俺は階段を登り、それを見た英二が昔と同じように笑う。
手にしていたボールを手渡すと、微かに触れた指先から、心が浮き立つような恋の風が体の中を吹き抜けた気がした。





→end                                                                                                                            (07・09・16)