日常の攻防戦



解きかけの問題からそーっと目を上げる。
向かい合わせに座った机の正面、真剣な顔で問題を解いている大石をチラリと盗み見る。
あんまり長く見てると絶対に気づかれるから、すぐに目を問題集に戻すけれど。

だめだ、飽きた・・・。
菊丸は心の中でだけ呟く。

誰が試験なんてもの考えたんだろう。
部活も休みになってつまんないし。

すっかりやる気を無くしている菊丸は、それでも問題集をやっているフリだけはしておくことにする。
大石の前ではそんなことをしても無駄とわかってはいるけれど。

問題集の上に目線だけ落とした菊丸の、頭の中では楽しいことが次々と浮かび上がっている。
途中でセーブしてあるゲームの続き、友達に借りたマンガ。
今日の夜には見たいテレビ番組が2つ・・・

「・・・、英二。えーいーじ」
いつの間にか勉強しているフリそっちのけになっていた菊丸はあせって顔を上げる。
「あ、な、なに?大石」
「なに?じゃないだろ・・・。もう飽きちゃったのか?」
半ば呆れたふうに笑っている大石と目が合う。
やばい、そう思ってあれこれ言い訳を考えようとして、やめた。
どう誤魔化したところで大石にはすぐバレる。

「・・・ん、ご名答。休憩にしよーよ」
「始めてから1時間か・・・。そうだな、じゃ15分くらい休憩を入れようか」
「えーっ、15分?学校じゃないんだからさぁ〜」
「英二、試験は明日からなんだぞ?」
「んなことわかってるって!だいじょーぶ、まだまだ時間あるし。ね?」

大石が大げさに溜息をつくのを見て、菊丸はよしよしと心の中でほくそ笑む。
この調子からするともう少しすれば大石は折れる。
大石が菊丸のことをお見通しなように、菊丸も大石攻略ポイントはつかんでいる。

だてに長い付き合いしてないもんね。
あとは間髪いれずに押して押して押し捲るのみ。

「ちょっと気分転換した方が集中力も増すっていうじゃん?ね?」
「英二の気分転換はちょっとじゃないだろ・・・」
「でもこのまま続けてたってオレ気が散っちゃうし」
菊丸が上目遣いでお伺いをたてるように大石の顔を覗き込むと、返事の代わりに溜息が返ってきた。
・・・よし、勝った!菊丸は心の中でガッツポーズを取る。
もうすぐ 「しょうがないな」 という大石のセリフが聞けるはず・・・と菊丸はワクワク心待ちにしていたが、しかし。
試験前日の大石秀一郎はそんなに甘くは無かった。

「英二。試験の成績が悪いと補習を受けさせられるんだぞ?」
大石の真剣な眼差しの直撃を受けて菊丸はわずかにたじろぐ。
だが勝利を目前にしてここで引くわけにはいかない。
「だから、大丈夫だって!オレ今まで一回も補習受けたことないしさー」
「今度も大丈夫とは限らないだろ?補習受けることになったら部活も出来なくなるんだぞ?」
「・・・・大丈夫だって・・・たぶん・・・」
形勢が悪くなってきた菊丸は自然と声にも力がなくなって、しまいには俯いてしまう。
もともと菊丸の「だいじょうぶで押しまくれ作戦」は短期決戦型だ。大石が粘りを見せればどうしても分が悪い。

ほんの短い沈黙の間をおいて聞こえた 「英二」 と呼ぶ大石の声は、先程までとは違う優しい響きだったから思わず菊丸は顔を上げる。
そこには声と同じくらい優しく笑う大石の顔があった。
「英二は俺とテニスしてる時って楽しい?」
「・・・楽しいにきまってんじゃん」
急に切り替わった話題にとまどいつつも、なに当たり前のこと聞いてんだよ、と返す。
「俺も英二とテニスしている時が一番楽しくて好きだよ。だから補習なんかでその時間をつぶされたくないんだ」
「・・・・・・・・・・」
「俺に出来ることならなんでも協力するから、もう少しだけ頑張ろう?頼むよ」

ゲームセット・ウォンバイ大石。
菊丸の頭の中でコールが響く。
くそう、卑怯だ。
そんなふうに言われたらイヤだなんて言えるはず無い。
せめてもの抵抗で睨みつけてやろうと思っても、さっきの大石のセリフが頭によみがえってきて顔が緩んでしまう。
・・・ま、いっか。オレも大石とテニスしたいし。

「わーったよ、やる、やりますよーっだ」
「ありがとう、英二。がんばろうな」
ヤケを装っても嬉しそうに笑ってる大石には、全部お見通しだろうなと思うと、やっぱりちょっと悔しい。
いっつも勝てると思うなよ、次こそ・・・!と何度目になるかわからない決意をして教科書に向き直る。

「じゃ、数学の問題集から出題するから。わからないところは・・・」
「ま、待った!!15分の休憩は!?」
「いま話してる間に15分経ったから終わり」
「な・・なんだよ、それーっ!!大石の鬼――っ!!!」
菊丸の悲痛な叫びを大石の爽やかな笑い声がかき消して勉強会は続いた。




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