ナツ ノ ヨカン




もうすぐ梅雨が明けようという今は、時折降る雨のせいでじめじめとしているのに気温は高い。
同じ暑さでも夏の強い日差しを浴びる暑さとは違い、かなり不快だ。
ほんの少し動いただけでじわりと浮かぶ汗と、すぐに体に張り付くユニフォームに正直閉口する。
「あっちぃ・・・」
隣では英二がユニフォームの裾をパタパタと扇がせて体に風を送っている。
先輩相手にダブルスの練習試合を終えたばかりの俺たちは、息が整う間も惜しんで水飲み場へと来ていた。
「帰りはまたコンビニでアイスか?」
英二の夏の習慣である、帰り道のコンビニでアイスと炭酸飲料。
アイスは甘くてあまり食べる気がしないが、こう暑いと冷えた炭酸は恋しくなる。
「あー、それがさ、今日は、」
「今日は菊丸は俺たちと交流会だ!大石もまた連れてってやるからさ」
いきなり現れた先輩にがっしりと肩を掴まれた英二の眉が八の字になる。
「・・・だってさ。ごめんにゃ、おーいし」
「交流会って、例のあれですか?」
他校生との健全な交流、ただし下心付き。
英二はずっと誘われることがなかった。
その理由は英二に女の子の人気が集中しそうだから、というなるほどな理由だったはずだけど。
「そうそう。菊丸も交流会デビューさせてやろうかと思ってな。・・・実はな、大石。菊丸は安全パイだということが判明した」
「安全パイ?」
「長らく片思い中、その子以外は興味なし!」
「え!?」
驚いた俺は思わず英二を見たが、英二は明後日の方を向いていて目を合わせない。
「なんだ、大石も知らなかったのか。意外に菊丸って秘密主義なんだな」
・・・知らないも何も、全くもって初耳だ。
「あ、お前ら、休憩時間終了だってよ。ほら、走れー!」
先輩に急かされて、俺は慌ててタオルとラケットを手にコートへと走る。
英二は何事もなかったみたいに俺の前を風のように走っていた。



**



1人で帰る道、喉は乾いていたがコンビニに寄る気はしなかった。
どうせあと15分もすれば家に着く。
いつもは部活の後でも疲れなんて感じないのに今日は足が重い。
空腹と喉の渇きと蒸し暑さ。
不快なものばかりが積み重なって溜息をつきたくなる。
英二が片思い。
知らなかった、そんなこと。
考えてみれば俺たちの間でそういう話が出ることは滅多にない。
長らく片思い中だと言っていた。
いつからだろう、中学?まさか小学校からとか。
・・・全然気づかなかったな。
英二とは他の誰よりも仲がいいし、なんでも知ってる気でいたけれど。
片思い、英二の好きな相手、好きな女の子。
誰なんだろう。
クラスの子、とは限らないのか。
同学年なのか、下級生、上級生だってあり得るんだよな。
いや、学校の子とも限らない。
英二は友達も多いし、他校の友達の友達とか、それとも近所に住んでいる子とか。
いくら憶測で考えたってキリがない。
英二に聞いたら答えてくれるんだろうか。
ふとそう考えて、聞きたいような聞きたくないような気持ちになったことに自分で驚いた。
聞いても教えてもらえなかったら少しショックだ。それはわかる。
聞いて、そして英二が相手の名前を答えたら。
想像しただけで胸がざわりと嫌な音を立てた。
・・・なんだろう、これは。
もしかしたら俺はかなり心が狭いのかもしれない。
英二に好きな子がいたって、彼女ができたって、それは俺には関係のないことで、つまり、俺と英二が親友でパートナーであることには変わりがなくて。
・・・ああ、なんだか、気分が沈んでいく。
早く家に帰って、麦茶を飲んで、風呂に入って、ご飯を食べよう。
そうすればきっと気分も落ち着く。



家に帰っても気がつけば英二の片思いの相手のことを考えていた。
中学の卒業アルバムまで押入れから出してきて、ひとりひとり女子の顔を眺めていく。
この子はよく英二と話していたのを見た、この子は2年の時英二と同じクラスで一緒に委員をやっていた、この子は英二にバレンタインのチョコをあげていた。
顔写真を見ていると次々と記憶が蘇ってきて、英二の交友関係の広さに溜息が出た。
いくら考えてもわかるはずがない。
気落ちした気分のまま布団に入ったのが夜中の3時。
さすがに朝練はきつかった。
どうにかこなして部室で制服に着替える。
隣で英二が着替えているけど、朝のHRまで時間がないから今はろくに話はできない。
「そんじゃね、おーいし。おっ先〜!」
あっという間に着替えた英二が部室を駆け出していく。
その背を見ながら俺はまた溜息をついた。



**



昼休みになり、弁当を取りだした俺は英二のクラスへ向かった。
英二の片思いのことを聞くにしろ聞かないにしろ、英二と話でもしていれば少しはこの梅雨空みたいな気分が晴れるかもしれない。
英二が傍にいると、不思議と落ち着くんだ。
教室で友達と話していた英二を呼んで弁当の包みを掲げて見せる。
「今日はまだ雨は降りそうにないから、屋上でも行って食べないか?」
そう言うと英二は 「大石が誘いに来るなんて珍しい」 と、俺の顔を覗き込むようにして少し笑う。
「いーよ。行こ」

弁当箱を持って廊下に出てきた英二と並んで歩く。
こんなふうに隣を歩くのはいつものことなのに、なぜか何を話していいかわからなくて困惑する。
「梅雨はいつ明けるんだろうな」
「ん?梅雨?来週あたりじゃん?沖縄はもう明けたとか言ってたし」
なんで天気の話なんだと我ながら呆れる。
英二が話を合わせてくれるからいいようなものの、これじゃまるで道で会って挨拶がてらの主婦の会話みたいだ。

「そういえば、英二は5限が音楽で移動教室だったな」
「うん、そう。なに?」
「あ、いや。高等部の校舎は音楽室が遠くて大変だな、と」
「・・・今さらなに言ってんの、おーいし。オレら高等部入ってもう何回音楽室使ってんだよ」
「あー、それはそう、だな」
駄目だ、英二が訝しんでる。
普通の、いつもの会話を。

「お、ガラガラだ。ラッキー。特等席も空いてるぞ」
屋上のドアを開けた英二が特等席と呼ばれる屋上のフェンス近くにある台に駆け寄った。
コンクリートの台はちょうど向かい合わせに2人で座って、なおかつ前に弁当を置くスペースの余裕がある。
先に座って弁当を広げた英二の向かいに座り、俺も弁当の包みを開けた。
「いっただきまーす」
すぐに弁当に箸をつけ始めた英二にならって俺も箸を取る。
しばらく無言で弁当を食べた。
口に物が入っている間は喋らなくていいという安堵と、そんなことを思う自分への溜息と、本当は聞きたいことがあるのに口に出せない苦さがせっかくの弁当を台無しにする。
知らず溜息がこぼれ、胃がキリキリと痛んだ。
「おーいしー。そんな手塚みたいに眉間に皺寄せてないでさぁ。なんかオレに聞きたいことあるんじゃん?」
顔をあげると食べかけのまま箸を置いた英二が笑っている。
皺が寄ってると言われた眉間を指で伸ばしながら、聞きたいことって言うほどでも、と言葉を濁した。
英二が話を振ってくれたのに俺もたいがい意気地が無い。
だが、英二は俺の言葉が聞こえなかったのか、それで?と聞いてくる。
「何が聞きたい?昨日の合コン?」
「それは、別に。俺もこないだ行ったから、どんなものか知ってるし」
「そーだった、そ−だった。大石くんったら、ちゃっかり彼女作って帰って来たんだよなー」
「あれは、・・・もういいよ、その話は」
俺に初めて彼女というものができて、そして初めて振られた、それが春のこと。
・・・そういえば、あの時英二の態度がおかしくなったんだった。
もしかしたら、今の俺みたいな心境だったんだろうか。
英二が好きな子とうまくいって、それで付き合うことになったとしても、俺と英二の間が変わる訳じゃない。
なのに、応援してやれる気がしない、それは子供じみた独占欲なのか。
「ふーん、合コンの話じゃないとすると、残るもう1つの方か。・・・大石、知りたい?」
英二が僅かに小首を傾げて俺をじっと見る。
知りたい、いや、知りたくない。
英二が想いを寄せている相手、そんなものは。
「でもなー、こればっかりは大石には教えらんないなー。他のことならなんでも教えたげるけど、」
そう言って英二が俺に顔を寄せる。
すぐ目の前で英二の大きな瞳が悪戯っぽく細められた。
「大石だけには絶対教えてやんない」
笑ってそう言うと、ついでみたいに俺の額を指でつついて英二が離れた。
俺だけには教えない?
ただ、教える気がないという言い方とは少し違うように思えるのは気のせいだろうか。
なにか言葉に含みがあるような。
「英二、それは、」
「これ以上はヒント無し!答えが知りたきゃ自分で考えよー!」
英二は再び箸を取って残りの弁当を片付けだした。
俺だけには教えない、それがヒント?どういうことなんだ。
もともと俺はクイズの類があまり得意じゃない。
公式に当てはめて解を求めるのは得意でも、柔軟な発想が必要なクイズは基本の公式自体が無いからだ。
残りの弁当を口に運びながらも考え続けていると、英二が 「無理かなぁ、大石には」 と呟く。
「大石って鈍いからなぁー」
「え?」
聞き返すけど英二は答えない。
鈍い?確かによく英二にはそう言われるけど、どうして今それを。
そう考えて、ふと思い浮かんだ考えを俺は大慌てで頭から消した。
そんな、ははは。あるはずないじゃないか。
英二の好きな相手が?
・・・まさか。




→end                                                                                                                             (09・07・05)