願い



ほんの少しのまぶしさに英二は目を覚ました。
朝露が体を取り巻いて少しひんやりしている。
軽く頭をゆすると膨らんだつぼみが徐々にほどけていくのを感じた。

英二は赤いポピーの花だ。
花弁は薄くてふわふわと風に揺れる。
目覚めたばかりの英二は、開いた花びらを丁寧にのばしておめかしを終えると
気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

根があるから動くことはできないけれど、首をめぐらせてあたりの景色を眺めることはできる。
とってもいい天気。空は青色。
ひらひら飛んでるきれいな蝶は黄色。
英二が咲いている地面は芝生の緑色。
世界が光でキラキラしていて英二はとても嬉しくなった。

好奇心いっぱいでキョロキョロしていると頭上から
「こんにちは」
と優しい声がふってくる。
見上げるとすぐそばの大きな木の枝に、真っ白な大きな花が咲いていた。
「こんにちは!すっごくきれいな花だね」
「ありがとう。キミもとってもきれいだよ」
「それなんていう花なの?」
「白木蓮だよ」
「白木蓮かぁ。なんか高級そう」
英二の感想に白木蓮は声をあげて笑う。
爽やかに広がる白木蓮の声もその花の姿も背後の青空がよく似合った。
「ね、名前なんていうの?オレは英二だよ」
「大石っていうんだ。よろしくな、英二」



白木蓮の大石と赤いポピーの英二はすぐに仲良くなった。
英二がその日見つけたものや出来事を大石に報告すると、英二より高いところに咲いている大石は遠くの景色の話をしてくれる。
日が昇るのと同時に目覚め 「おはよう」 から始まって、日が落ちるのと同時に 「おやすみ」 と眠りにつく。
毎日毎日いろんな話をしてはたくさん笑う。
英二は大石のことがとても好きになった。
決して派手さはないけれど、白く大きな花そのままの包み込むような笑顔が大好きだ。

「オレも白木蓮だったらよかったのになー」
自分の赤い花もとても気に入っているけど、大石の横に咲けるなら真っ白な木蓮になるのも悪くない。
「英二はその赤色がとても似合ってるよ。・・・でも、そうだな、英二が木に咲く花だったら、もっと近くで話ができたかな」
英二と大石が咲いている高さの距離は2m近くある。
草花と木の花とはいえ、もう少し距離が近ければと、つい思ってしまう。
「あーあ。誰かオレを植木鉢に入れて、大石の横に置いてくんないかなー」
「植木鉢なんかに入ったら窮屈だよ」
「そーだけど」
英二がむぅーと唸っているのを見て大石が優しく笑う。
その笑顔があんまり愛おしそうに自分に向けられるから曲がりかけた機嫌もすぐに直ってしまう。
「ま、いいや。大石の真下で咲いてるんだし」
英二は照れ隠しにエヘヘと笑って見せた。



いつものように太陽が顔を出すのと一緒に目覚めた朝。
英二はなんだか自分の花の色が褪せてきているのに気がついた。
一生懸命頭ををゆすってみても花びらは力なく、開ききることもできない。

あんまり嬉しくて楽しくて、時間が過ぎていることに気がつかなかった。
できることならこのままずっと大石と一緒にいたかったけれど、花は咲いたままではいられないことぐらい英二だって知っている。

「どうしたの?」
いつもと違って元気なくうつむいている英二に大石が声をかける。
「・・・あのさ、オレもうすぐ散っちゃうんだ。なんかくしゃくしゃで汚くなってかっこ悪いよね」
英二は変色し始めた花弁を少しでも整えようと体をゆする。
「そんなことないよ。英二の赤い花はいつもとってもきれいだよ」
答える大石の白の花弁もところどころ茶色に変色してきている。


言葉少なに話す二つの花の間をふわりふわりと風が流れる。


「えっとさ、大石は木の花だから、来年もまたここで咲くよね?」
「うん」
「オレさ、枯れた後に種をいっぱい作ってここに落とすから」

だから、だからきっと。

「そうしたら来年もまた会えるかもしれないよね?」

また一緒に咲きたいんだ。
木の花じゃなくていいから、今のままでいいから。

見上げてくる英二の真摯な瞳を大石もまっすぐ受け止める。
そして安心させるように英二の大好きな笑顔を見せた。

「大丈夫だよ。必ず会えるから」
「ホント?」
「うん、本当だよ」
「よかった・・・」

嬉しそうに、とてもきれいにぱっと開いた英二の花びらは柔らかな風に吹かれて散った。
英二の赤い花びらがくるくると風に乗って大石のすぐ傍まで飛んで来る。
大石はほんの少し自分の花を寄せて、赤い花びらに触ようとした。
その瞬間にパラリと大石の花びらは枝を離れて、さっきまで英二が咲いていたところに静かに落下した。

風がやみ、舞っていた英二の花びらがふわりと落ちたのは大石の白い花びらのすぐ隣。
春の風に大石の声が溶ける。
「大丈夫だよ、英二。必ずまた会えるから。それまでおやすみ・・・」




-end                                                                                                                            (04・05・09)